8.「お前はもっと可愛くねえ」



「…っていうか今更ですけど、クロナさんソロで行くってマシロちゃんから聞いたんですけど…俺ら一緒でいいんですか?」


「思っきし一緒に来るつもりのくせにマジ今更だな」



とりあえずセーブポイント更新で宿屋に、と案内しようとしたイズミが立ち止まる。それに溜息を入れて返せばあれ?とアカネが覗き込んでくる



「ソロならクロナくんは勝手に動くでしょ?イズミくんの賭けに乗った時点で誘ってるんだと思ったんだけど?」


「その場合お前は誘ってねえな、勝手に割り込んで来ただけだ」


「えぇ〜酷いなぁただクロナくんと一緒にいたいだけなのにねぇ」



クスクスと小さく笑いながら吐かれる可愛らしい言葉…その内面は全くもって可愛くないけどな



「えっ、てことはクロナさん俺とは一緒に動きたいって思ってくれてたってこと!?俺誘われたってこと!?ヤダなクロナさん…やさしく、しt「お前はもっと可愛くねえ」うるっせえですよ!」



ぎゃいぎゃいと中身のない会話をしながら辿り着いた先、冒険者協会の真裏の宿屋。チラリとイズミを見やれば、小さく頷いてカウンターへと向かう。そのやり取りに…へえ、なるほど



「セーブにイェール取るのか」


「宿屋だしね。それに大半のプレーヤーはギルドに参加してる。ギルドの拠点もセーブポイントだから、ギルド参加者は宿屋をほとんど使わないんだぁ」


「随分とギルド贔屓だな」


「…クロナくん、チュートリアルとかストーリー設定飛ばしたね?」


「お前らから説明受けりゃいいだろ」



もう、と頬を膨らますまでいつものこと。俺がまともにチュートリアル受けるよりコイツらから聞くほうが余程分かりやすいんだから



「それで?メインストーリー…は後でいいわ。ギルド贔屓の理由は?」


「この世界はアンリミテッド…言葉の通り制限がない世界。森がどこまで続くか分からず海がどこまで続くか分からず川がどこまで流れているか分からない、無限の世界。で、その無限の"先"を探索するのが私たち冒険者―通称ワールドワーカー

そんな冒険者たちの中でも個人で利益を独占するのではなく、集団で知見を広め、世界を探す者たちを支援するために冒険者協会がある―――っていうのが、"ストーリー的な"理由」


「なんだそのガバガバ設定。ギルド登録してるからって情報独占してねえとは限らねえだろ…いや待て、まさかリアルみたいに調査とか入んのか?」


「んーん、調査はしないよ。なんていうか…皆さんの善意を信じます?」


「うっわ」



素直な感情のままに言葉が漏れ出る。これはゲームだしただの設定だし実際はシステム的理由があるんだろうけど…うっわ…



「気持ち悪い」


「ゲームシナリオに文句言わないのぉ〜ファンタジー系の世界観じゃ追求できないリアルもあるんだよ。機械的なのだったり政治的なのだったり…私たちみたいなのだったり?」



そりゃそう

俺らみたいなのが再現されたら悪夢でしかねえだろうが。



「んで、ギルド贔屓の理由」


「?それくらいだよ。ギルドで皆で頑張りましょうねーって」


「ストーリー的な理由はな。で、システム的理由は?」


「えっとね〜システム側の子たちが言うには、管理が楽だからって。自由度が高い分どこか制限したいんじゃないかーって言ってたよ」



あー…それはそう

何でもありってのは掻き回したくなるんだよなぁ…特にアホバカクズカスゴミ共は。



「って出てる出てる、全部声に出てますってクロナさん!自虐か俺ら宛か分からない罵倒やめましょ!?」


「遅えぞイズミ、宿代いくらだ?」


「800Yっす。あり…ますよね、さっき稼いだはずですし」



俺の身体を使って、なんて気色悪いことを言う頭をパシンと叩いてイェールを送金して部屋でセーブポイント更新…した所で、ふと動きが止まる



「ギルド登録すりゃ拠点でセーブポイントになるんだよな?なんでわざわざ宿屋来たんだ?」


「え、だって…クロナさん時間そろそろじゃないんすか?王都まで多分ぶっ通しですよね?始まりから王都まで…結構かかりません?」


「帰ってきたってマシロちゃんから連絡来たのが12時くらいで、そこからゲームやって…そろそろスリープかな〜って思ってたんだけどぉ」



2人して言う言葉に思わず開いた画面から時間を確認し、首を傾げる。


VR機器が躍進する時代において、技術の進歩とともに1つの懸念が社会問題となった。

それが、VR空間の"浸りすぎ"だ。

ゲーム機器としてだけでなくあらゆる面でVR空間を利用出来るようになったこの時代において、便利すぎるその世界から"戻ってこない"人間が続出したのだ。

VRは五感全てを機械に支配され現実と切り離される。それは別世界を生きる自由を得たようで…けれど、VRに使わない感覚は感じ取れなくなるということ

時に食事を忘れて健康失調になり、時には睡眠を忘れて突然意識を失い、時には排泄を忘れて汚物部屋となり、時には火事に気づかずそのまま……リアルと切り離せるVR空間は何も知らない、何も感じない。だけど外の時間は動いているという当たり前の事実を、人々は簡単に忘れてしまう。


故に、VR機器には時間制限がなされた。VRを起動させてから5時間45分で危険信号が鳴り、6時間経つと強制シャットダウンが行われる。そしてその後4時間VRが使えなくなるのだ。この4時間の間に食事や排泄、風呂、睡眠をしっかりやれ!という理由で。

他にも1日の合計利用時間で警告音が鳴ったりリアルで異常な熱を感じたら警告音が鳴ったり、スマホと接続することで電話やメールを受け取れたり…そんな感じの安全措置がVRには幾つも付けられている。VRが発達したこの時代において、これは法律で定められたれっきとしたルールなのだ。


ゲーム廃人としては煩わしいことこの上ないが…まあ人としての命と尊厳を守るためと考えれば仕方がないものではある……のだが。



「俺帰ってきてから仮眠入って、ゲームまだ3時間ぐらいしか経ってねえけど」



スリープの6時間までまだ余裕のあるプレイ時間を2人に見せれば、驚愕と呆れ



「クロナくん…早速何やらかしたの?」


「初プレイ3時間で王都って…チュートリアル以外にも色々飛ばしてません?」


「は?3時間じゃまだ何も出来てねえわ。適当にアバター作って初期決めてチュートリアル飛ばして突っ走って…あぁ、しいていうならラウル山でモンスターとトラブったか」



あれはレアイベだろうし特殊…けど特殊イベは寧ろ時間割くもんだしな…



「待って、ラウル山?……なんで?」


「?だから、突っ走って来たからに決まってるだろ。まあ危険度が高いからちと逸れはしたけどほぼ直進じゃねえか」



………沈黙

片や苦笑で頭を抱えて、片や静かにマップを開く。そして溜息



「…ねえクロナくん、もしかしてだけど……"突っ走って"って、言葉の通り最初の町出てそのまま真っ直ぐ王都まで来てたりする?」


「だからそうだって言ってるだろ」


「やっぱりwwwさすがクロナさん我らがマスター思考ぶっ飛びwwwそこに麻痺れる憧れるぅぅwww」



途中から笑いを噛み殺して黙っていたイズミがぶふぉっと汚く吹き出す。そのイズミからさりげなく1歩離れたアカネがマップと俺を見比べてはぁぁと大きな溜息を吐いた



「知ってはいたけど…クロナくんってバカだよねぇ」


「どういう意味だおい。手間かかるのスキップして進むなんざお前らだってよくやるだろうが。しかもレベルがないゲームだぞ?道順なんか気にしてられっか」


「レベルなしでの身体の使い方とか、HPのない中でのポーションの使い方とか、街中の施設とか、気にする所は色々あるでしょ…いや無いか、自由度与えた分だけぶっ壊れちゃうのがクロナくんだもんね」



途中からバカにされてる気がしなくもないがその通り、自由度があるなら自由にやらなきゃつまらない。

レベルという今までの概念を取払ったゲームなのだ、今までと違う楽しみ方をしないと!



「そこから休憩もセーブもなしで行っちゃうのがマジクロナさんwwwだってそれ、要は1発ミスったら最初の町まで逆戻りですよね?やっば」


「ってことはお前らちゃんと町回ったのか。危険度低い所とか面白みあんのか?」


「それはまあ、せめてBくらいじゃないと戦った気はしないっすね。てかクロナさん、それなりに距離ある王都までの道を3時間で来れたってことは…接敵、どうでした!?」



ワクワクした様子は隠そうともせず向けられる、キラキラ…というよりギラギラとした目

何が言いたいかはすぐ分かった。だって俺も気になってたし



「"威圧"か?」


「やっぱクロナさんもなりました!?」


「あぁモンスターが逃げ出すやつかぁ私もF相手にはなったなぁ〜」


「…いやアカネのはそりゃ逃げるだろ」



嫌でも脳に残るアカネのプレイスタイルにげんなりと返す。威圧とかそういう問題じゃなくてアカネのプレイはなんていうか……無理



「寧ろF以外のモンスターは逃げねえのか?知能ある系は基本逃げられるだろお前」


「うーん逃げられるっていうか…モンスター見つけて、武器顕現して…どーん?」


「「あぁ…」」



想像つく。武器を持ってないアカネに群がるモンスターと、群がられたことを確認して武器を顕現するアカネ…逃げる暇ねえだけじゃねえか



「まあでも分かるよ、武器あるかどうかでモンスターの反応変わるよね。…俺も槍の時はCランクぐらいまでは逃げるんだけどな…」


「お前が槍使わねえ時はちょけてる時だろ、舐められてんだよ」


「ひっどい!じゃあクロナさんはどうだったんですか!」


「あー…全員逃げた。だからほぼ接敵なし」



ぶふぉっとまたイズミが吹き出して、アカネがぱちくりと目を瞬かせる。あぁうるせえうるせえ、刺さる声も視線も全部うるせえ



「ゲーム初めて、初っ端から威圧できるとかwww自由度与えたクロナさんマジクロナさんwww」


「お前らだってCとかなら出来るんだろ、なら普通だろうが」


「俺らが威圧出来るようになったのはゲームに慣れてからっすwwwさすがに最初は動きに慣れるまでバトりましたよwwwクロナさんのゲームスキルどんだけwww」



バシバシと椅子を叩いて笑い転げるイズミの横で、アカネがそれで?と先を促す。



「全員逃げたけど"ほぼ"接敵なし…それにさっきラウル山でトラブったって言ってたよね。何かあったわけだ?」



その言葉に、数十分前の"あの"邂逅を思い出す。

レベル概念のないバトル、リアルの身体能力じゃ出来ないバトル、ゲームスキルで全てを圧倒出来るバトル…このゲーム初めての、バトル



「レアイベに当たったんだよ、出現条件は知らねえが…ネームドのドラゴンとやった」



すっと、気温が下がる



「へえ…ラウル山でネームドのレアイベかぁ…イズミくん、心当たりは?」


「ない。あそこランクBだし、王都に近くてプレーヤー多いから個人で遊ぶのに向いてないんだよね…でも目撃情報とかもないと思う」


「だよねぇ…クロナくん?」


「最初の町からモンスターに逃げられて接敵なしでラウル山。そこで討伐クエストやってるパーティがいて、そのクエストが終わったらしいタイミングで出現。全員逃げて1人殺られそうだったから割り込んだ。以上」


「やっぱり接敵なしのとこが意味不www」



分かる限り簡潔に状況を纏める…けどなぁ、ゲーム始めたばっかでシステムもよく分かってねえのに出来る説明って言っても、なぁ?



「他のパーティが絡んでるならそっちが条件満たした可能性も?」


「あるだろうな。そもそも先にバトってたのはあっちだし」


「それは…」



嬉々とレアイベに目を輝かせてた瞳が一瞬陰る。んな不満そうな表情されても事実なんだから仕方ねえだろうが。…面白いものを独占したいってのは心底分かるけど



「ま、向こうもなんで出現したか分かってなかったし手も足も出てなかった。即美味しいとこ持ってかれる心配はねえんじゃねえの」


「そもそもクロナさんが見つけたイベントを他の奴が知ってるってのが嫌」



………めんっどくせえなコイツら…んなとこに独占欲持ってどうすんだっての



「はぁ……ま、分からない条件は今は置いとこ、他の皆とも情報共有したいもんね。それよりクロナくん、ギルド作るんだよね?拠点の候補見つけてあるからそっち行こう!」


「そうですよクロナさん!ギルド!他の奴らも呼んでイベント検証しましょ!」



面倒臭いしょぼくれから一転元気に立ち上がる2人に呆れながらも立ち上がって…あ、



「そういやあのドラゴン、ランク表記なかったんだよなぁ…バトルモンスターじゃねえ可能性も微レ存…」


「なんでそういう気になること言うんすかあああ!!!」

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はぐれ者ギルドのギルマスは新しいゲームでとりあえず邪道を遊びます 夜桜未来 @sakurah1me

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