第一話:守り人の休息 ――午前の部――

「外出許可証とドッグタグの確認お願いします」

「おなしゃーす!」

「ちょっと……! 二人とも出すの早すぎ! ――あ、あった! お願いします!」

「……お願いします」

 土曜日。今日は学校が休みの日ということで、親友と友人達とで文字通り外出をするために寮前のゲートにいる警備員さんに外出許可証とドッグタグ型通行証を提示します。

 看守さんは、私達が身につけているアクセサリーを見ると

「――《ライザー》……専用機持ちか……?」

「え、えぇ……。そうですけど……な、何か?」

 戸惑う私。警備員さんはそう呟くと真剣な目になり、続けて

「その体もそうだが、《ライザー》は替えの効くものじゃない。十分注意して行動するようにな……行って来い」

「あっ、はっはい!」

 と私達が身につけているアクセサリーもとい《ライザー》に関しての注意をしながら、外出許可証に承諾のサインをする警備員さん。


 しばらくして

「よし……これで全員か。気をつけて行ってくるんだぞ?」

「「「「はいっ」」」」

 確認が終わると、再三の注意を促してくる警備員さん。

「じゃあ、行こっか!」

 そう嬉しそうに話すのは他でもない親友である舞弥まいやさん。舞弥さんは確認が終わるやいなや私達の先頭に来ると振り返り、微笑みます。

「えぇ、行きましょうか」

「やっと窮屈から開放される……まぁ半日だけだけど」

「……開放……ついてくですよ」

 私の返答に追随するように友人2人も返答し、それぞれここ――学校での愚痴をこぼします。

(まあ、今日はいい天気だし、外出には十分もってこいですしね)

「――あっ! ちょっと待って!!」

 いざ外出といこうとした刹那、わたしを含めた3人を文字通り静止させる、友人の一人である未悠さん。

「忘れ物……しちゃった……」




 ◆




「……あっ、いた!! ――ごめええええん!! 待たせたよね!?」

「未悠さん、おかえりなさい」

「お! おかえりー! 大丈夫〜」

「みゆ姉、おかえり」

 およそ十分後、第一目的地のバス停に着き、待っている最中に未悠さんと合流します。

「何忘れたの?」

「えーとね……除菌ジェル。ノンアルコールの」

「あーそりゃ大事だわ。未悠潔癖だもんね〜」

「殺菌、大事……」

 そんな会話を背景に、私は

(久しぶりの外出……)

 春風がまだ肌寒く感じるこの絶妙な季節ですが、この期間でしか売っていない限定品もあるので、それの下見や購入に行くのが私達の今回の目的です。

「桜那〜? また考え事かな〜? 久しぶりだもんね〜」

「――え? あっごっごめんなさい! ……えぇ、久しぶりなので緊張しちゃって……」

 隣りに座っている親友に桜那――それが私の名前です――と呼ばれた私は、バス停の椅子の角に座ったまま、そう皆に話します。

「えー! 緊張なんてしなくていいじゃん! もっと「楽しみー!」とか思ったらいいのに! ねぇ沙姫さき?」

「うん。桜那、緊張……よくない」

 緊張をほぐそうと、大袈裟に言う未悠さんと、それに便乗するもう一人の友人の沙姫さん。私は

「そ、そうなんですけど……」

 と、若干困惑しながら答えます。

(せっかく皆が楽しんでるのに、失敗したくない……なんて言えない……)

 外出したてのこのいい雰囲気を壊すわけにも行かない。だから――

 不意に、ぐいっと柔らかい感触と一緒に左に引っ張られると、ぽすっという、これまた柔らかい感触に包まれます。

「――ま、舞弥さん!?」

 この嗅ぎ慣れた香りは間違いなく、親友である舞弥さんの香り。

 親友――舞弥さんは私と目を合わせると

「久しぶりだもんね〜。実は私も少し緊張してるし? なんなら胃がキリキリしてるまであるよ〜?」

 と、私に合わせるように言うと、私の頭に自身の頭を近づけ、頬擦りをしてきました。

「〜〜!!」

 もちもちとした感触――舞弥さんの頬が私の頬にあたり、すり……すり……と優しく擦られる感覚。

 沸騰しそうな頭を下に持っていくと、いつの間にかお互いの手が繋がれていました。

 お互いの手のひらを合わせ、指を指と指の間に絡ませるこの握り方は、こ、ここここここここここ恋人繋――

「あっまたイチャコラしてるー!」

「度し難いですねぇ……」

 今まさに沸騰が最高潮に達すると思った刹那、他の2人から野次が飛んできます。

 舞弥さんは、それまでしていた頬擦りをゆっくりとやめると

「いいじゃん別に〜。桜那のほっぺ柔らかいしさ〜」

(そ、そういう問題じゃないと思いますけど……!?)

「じゃぁ私も桜那ちゃんのほっぺ触りたい!」

「僕も」

「えっ、えぇ!?」

 困惑する私に見向きもせずに2人が私の前に来、私の頬を触ります。

「ぁ……えっ……ちょっ……。――んんっ」


 つんっ……ぷに……


「ホントだ……柔らかい……」

「気になる、化粧水」

「え、えっと……」

(使ってないなんて言えないわ……)

 ――化粧水等は偶に舞弥さんからお裾分けされて使う時があるくらいで、それ以外だと全く使ってないのが私の肌事情です。

 その後どうしたらいいか迷い、言葉に詰まっていると


 キィィイイ――


「……お! バス来た〜! ――しかも誰も乗ってない感じじゃない!? ラッキー!」

「あっホントだ! 乗りまーす!」

「……」

 と、バスが来たことを知らせる舞弥さんと、意思表示をする未悠さん。沙姫さんも小さく手を振っています。

(な、ナイスタイミング……!)

 私は恋人繋ぎをしている相手である舞弥さんから半ば緩んだ手を解くと、みなさんと同じように立ち上がります。

「わっ私も乗ります……!」




 ◆




「”青防区商業エリア”にとうちゃーく! ってかあったかくない!? 服装間違えたかなぁ……アレだったらカーディガン脱ぐかぁ……」

「――みゆ姉、後ろ詰まってる。早く出て」

 学校前のバス停からバスに揺られること10分ほど。青防せいぼう第一特別養成学校と同じ青防市内にある商業エリアに到着した私達は、その商業エリアと先程までいた学校付近との温度差に驚きながらバスを降り、歩き始めます。

「よーし、今日は何買おっかなぁ……!」

「浪費は良くない。ちゃんと計画立てて」

「うっ……わ、わかってるってば! 沙姫こそ、「あれ買って」とかこの前みたいに言わないでね!」

「むぅ……」

 そんな会話を繰り広げる未悠さんと沙姫さん双子姉妹をよそに、私と舞弥さんは

「やっぱりいつ見てもすごいですね……ここ……」

「だよね~。最近の話だとまた開発が進んだらしいからね〜」

 と街の外観を見ながらそう話します。

 眼の前に広がるのは商業エリアに相応しい店の数々。その種類は眼前に見えるものでも数十にも及びます。

 舞弥さんはスマートフォン端末を履いているスキニーパンツのポケットから取り出すと、マップを展開し、たたたっ、と何やらチェックをはじめます。

「えーと……」


 ちなみに、私達四人の服装はそれぞれです。舞弥さんはラフなオフショルダータイプのフリル付きのトップスと、ボトムスはスキニーパンツの組み合わせ。沙姫さんは黒のタートルネックインナーに上から同じく黒のロングワンピースを着、その上にパーカータイプの上着――こちらも同じく黒色――を羽織り、そしてその首にはリボンチョーカーをアクセントに加えた、レイヤードを意識した服装で、未悠さんは赤色のタートルネックのセーターに黒のニットカーディガンを着たシックな服装です。


「ねぇ、あの金髪の子、背高いしすっごい綺麗……。どこのモデルさんかしら……」

「隣りにいるパーカーの子も背高くて美人じゃない!? それに服は控えめだけどセクシー……」

「お、おい、あの赤い服の子、めっちゃ可愛くね……?」

「いや、その奥の子も結構良いと思う……服装もあの中じゃ結構タイプだし……」

 私達の容姿を見るやいなや、ぶつぶつと、まるで珍しいものを見るかのようにつぶやく方々。

(うぅ、目立ってる……)

 そんな通過する市民の方々の視線の一部は、私のコンプレックスの根源の一つである胸に注がれていました。

 私の服装は、シンプルな黒のオーバーサイズのパーカーにスキニーパンツという恰好なのですが、メンズ用のパーカーを着てもなお目立っている胸には驚きを隠せません。

 それに加えて、他の皆さんとは違った単調な服装なので、そういう意味でも目立っているのかもしれません。

「桜那〜? ちょっといい〜?」

「……ひ、ひゃい!?」

 不意に舞弥さんに尋ねられ、素っ頓狂な声を漏らす私。先程の方々の目を、まるで気にしていない――流石という他無いです――素振りの舞弥さんは、縮こまるわたしを見るとふふっと笑い

「また考え事かな〜? ――あ、でね。桜那はどこか行きたい所あるかな? それを聞こうと思ったんだけど」

「行きたい所……ですか」

 私がそう言うと、舞弥さんは「うんうん」と頷き

「そうそう、ちなみに私はロゴスの新作見たいし、他の服とかも皆それぞれで自分達のを見繕ってもらいたいから、この前と同じく”アッシュ”に行きたいなぁって。それに未悠と沙姫はそこは初めてだしさ」

 

 アッシュ


 舞弥さんと一緒に、この商業エリアに遊びに行くときに決まって行く女性用アパレルショップの一つで、私や彼女のように身長の高い女性でも問題なく着れる服が多く取り揃えられているのが特徴です。

 ちなみに先程舞弥さんが言っていた”ロゴス”とは服のブランドのことで、彼女が着ている服がそれにあたります。

(私はこの胸のせいで着れる物も少ないんですけどね……)

 着れる物がないということはないのですが、それでもお腹が見えてしまったり、不自然な格好になってしまうのがあるので、結局メンズ服――それもオーバーサイズのラフなもの――頼りです。

「私は……特にはないので皆さんに合わせます」

「え、そう? ならいいけど……じゃあまた何か、行きたいところとかあったら言ってねー!」

 私の答えに少し不満げな舞弥さん。舞弥さんはその後沙姫さんと未悠さんの方を向くと、先程私にしたように話します。

「桜那はそんな感じらしいけど2人はどう? なにかあるかな?」

「その””って所に行くのは構わないよ! けど、その後とかはどうするの? その場で決める感じ?」

「僕も気になってた」

 未悠さんは舞弥さんの意見に賛同しますが、同時に疑問をこぼします。――どうやらそれは双子の妹である沙姫さんも一緒のようです。

 舞弥さんはコクリと頷くと

「うん。事前に計画とかしてなかったからさ、偶にはそんな感じのプランでもいいかなぁって。――もちろん、時間には帰れるようにしてさ」

 その返答に未悠さんは、先程の舞弥さんと同じく若干不満げにしながらも頷き

「まぁ、解った。――偶にはそんな感じでも良いかもしれないのは賛成!」

「……同じく」

 その答えに舞弥さんは頷き、同時にパンっと小気味の良い音を立てながら手のひらを合わせ

「――よしっ、決まり! じゃあ行こっか!」

「”あっしゅ”、初めてだから楽しみかも」

「みゆ姉、さっきからイントネーションおかしい……絶対”アッシュ”だと思う」

「こ、細かいなあ沙姫はー!」

 そんな皆さんに私は微笑しながら、コツコツと靴の音を立てながらついていきます。




 ◆




 しばらく歩いていくと、歩道の脇に並ぶ店の中に、小さく書かれた”レディースアパレルショップ”の文字と、洒落たフォントで書かれた”ASH”という名前の店が現れます。

「――ここが例の”アッシュ”だよ。ね、桜那」

「えぇ。ここが私達の行きつけの――行きつけって言ったらおかしいですけど、そんなお店である”アッシュ”です」

 私と舞弥さんが若干芝居がかったセリフでそう言うと

「凄いお洒落……! こんな店あったんだ!」

「……おぉ」

 とそれぞれが違う、良いリアクションをとります。

(驚くのはこれからなんですけどね……)

 事実、外装だけで驚いてしまってはここに来た意味がありません。

 何故ならここは――




「いらっしゃいま――まぁ結城さん! それに呉石さんも!」

「おひさでーす!」

「お久しぶりです、みどりさん」

 柔和な声を嬉しそうにして答えるのは、この”ASHアッシュ”のオーナーである翠――名字を八代やつしろという――さんです。

 翠さんは肩甲骨辺りまであるブロンドの長髪をなびかせ、こちらに向かって足早に歩いてくると、何やら不思議そうな顔をします。

「あら? そちらのお二方は……?」

 その視線は、今もなお目を輝かせている、本日初入店の双子姉妹に注がれていました。

 視線に気づいた双子の姉は態度を改め

「あ……えっと……はじめまして! 如月未悠って言います! よっ、よろしくお願いします!」

「……初めまして。沙姫です」

 と、緊張した趣でそう答える未悠さんと相変わらずのテンションの沙姫さん。私は、緊張している双子の姉である未悠さんを見ると心のなかで同情します。

(緊張しますよね……)

 本音を言うと私自身も緊張しています。何故なら眼の前にいるのは、私と同じ、高身長かつ豊かな肢体を持つ人物だからです。

 そこに異国情緒あふれるブロンドの長髪とおっとりとした目元も合わさり、まるで職人によって精巧に作られたお人形さんのような、そしてシスター様のような神聖な雰囲気があるのが、ここのオーナーである翠さんの特徴です。

 すると翠さんは「ちょっとごめんなさいね」と言うな否や私と舞弥さんの間に入り、若干前かがみで双子姉妹に近づくと

「あら可愛い……それに市松人形みたいに綺麗……」

「えっ……ちょっ、あの……」

「隣の貴方もとても綺麗……顔は似てるけど双子かしら……?」

「うむ……双子なのですよぉ」

 二人をジロジロと見、観察する翠さん。未悠さんはそんな翠さんの行動にどぎまぎ

 し、沙姫さんはマイペースに返答します。

「ちょ……これ……どういう状況なの……舞弥……」

「あー……通過儀礼?」

 うまく状況が理解できていない未悠さんの反応に、ぽりぽりと頬を指で掻きながらそう答える舞弥さん。

(私の時より良いほうだと思うんですけどね……)

 初対面のときに同様のことをされた際に、いきなり胸を鷲掴みにされた時のことを思い出し、胸を片手で隠す仕草をする私。同時に今通過儀礼を受けている双子姉妹が、所謂スレンダーな体型なのを羨ましがります。

(まぁ、コレにはちゃんとした意味があるのよね……)


 しばらくして

「……よし! 決まったわ!」

 翠さんはそう言うと前かがみを直し、所定の位置に戻ると

「じゃあコレ、いつものねっ♪」

 と言いながら腰にあるポーチから縦長の、一部に[No.31]と書かれたストラップを取り出します。

「それじゃあ、色々”集めてくる”から、店内なかでゆっくりしてて〜。」

 そう言い放つと同時に足早にその場を後にする翠さん。理由を知っている私と舞弥さんは大丈夫ですが、理由を知らない他の2人――沙姫さんと未悠さんは、ぽかん、という音が聞こえそうな表情をしています。

 私と舞弥さんは目を合わせるとふふっと笑い

「――驚くのはまだ早いですよ……? ――ですよね? 舞弥さん?」

「そうだよ〜? ここのオーナーの翠さんは、たしかに見掛け上品だし個性強いけど、コーデに関するスキルは一流なんだから」

 と、翠さんを棚に上げるようなセリフを言いながら店内を物色します。

 店内の外装は小ぢんまりとしていますが内装には奥行きがあり、窮屈さを感じさせません。店内は二階建てで、1階では各種衣類を、2階ではショーツやブラなどのランジェリー類を展示・販売しています。

「さてと……ロゴスロゴス……っと……あっ、あった〜」

 店内を物色していると早速、舞弥さんがお目当てのもの――ロゴスの新作を見つけたようです。見つけた件の新作は、白いワンピース。

「これを……っと。――どう? 似合うかなぁ?」

 舞弥さんは、自身の来ている服の上からワンピースを重ねると、私達に尋ねてきます。一見普通のワンピースのようですが、所々に精緻な刺繍が施され、とても上品な雰囲気に仕上がっており、そこに舞弥さんの西洋人形のような美貌と、シャープな体型も相まって、とても華やかに見えます。

「わぁ……! 凄い似合ってるよ舞弥! ねぇ桜那!」

「えぇ……! とても華やかで……!」

 そんな舞弥さんに最上級の褒め言葉で返す私と未悠さん。隣を見ると、沙姫さんも、ウンウンと頷き右手でサムズアップをしていました。

「ホントー!? じゃあリストに入れとこっと!」

「――え? 買わないの?」

 そう言うとポケットから端末を取り出し、たたたっと手慣れた手つきで打ち込む舞弥さん。

 そんな彼女の思いがけない行動に、きょとんとする未悠さんを舞弥さんは見ると

「……うん。だって今持ってる貯金では買えないしね……。」

 舞弥さんはそう言いながら、自身の持っている”ロゴス”の新作のワンピース――そのハンガーに記載されている値段を私達に見せてきます。

「うわ……高……」

「まぁ……そうですよね……」

「ブランドモノ……恐るべし」

 その値段に驚愕する私達。その価格は学生の私達には手が出せない――と言ったら大げさですが――値段で、逆に舞弥さんが今着ている”ロゴス”の服はどこで入手したのか気になってなりません。

「――って、こんなことしてたら翠さんの”セレクト”が終わっちゃう……」

 そう言うと、持っている服を元に位置に戻す舞弥さん。

「”セレクト”が終わる前に未悠と沙姫に店内を案内しないと……」

 この”ASH”に来るのが文字通り”初見”な未悠さんと沙姫さんに、店内の案内をまだしていないことに気づいた舞弥さんは、私達の方に向き直り、ぱんっと両手を合わせると

「さて! 沙姫と未悠は来るのが初めてだし、今から案内してあげる!」

 言うと彼女は「こっちこっち!」と言わんばかりな大仰な仕草をしながら歩き出します。るんるんと歩くその背中にはまるで彼女の所有する専用機の、鳥の翼のような推進機関がついているような、そんな感覚を覚えました。

(舞弥さん、楽しそう……)

 親友が楽しそうにしているのは、私としてもとても心地が良いことです。

(それにさっき試着してた舞弥さん、可愛かったなぁ……)

 普段着はいつもボトムス系の舞弥さんの、制服以外ではお目にかかれないスカート姿。彼女の色白かつ日本人離れした美貌とスレンダーな体型にとてもミスマッチしたその姿は、彼女の特徴でもある”やんちゃな笑み”も相まってとても愛くるしく見えます。

 そこにあの高身長が合わさり、愛くるしくも大人びた雰囲気を醸し出していま――って

(何を考えてるの私……! 可愛いだなんて……!!)

(確かに舞弥さんは可愛くて美しくて、でもどこか悲しげで守ってあげたいけど……ってそうでもなくて……!!)

「――桜那、顔赤い。具合悪い?」

「へっ!? ――ッ!」

 はっと我に返ると、そこには、前下がりのボブヘアに右側の一部分をサイドテールにした童顔の少女が心配そうにこちらを見上げていました――沙姫さんです。

 沙姫さんは首を傾げながら

「なにか、考えてた?」

 と私に向けて問いかけます。私は彼女に赤くなっていると言われた顔を気にしながら

「い、いえっ。なんでもないです! ほ、ほらっ、いきましょっ!!」

 頭を振り、そう言うと沙姫さんを先に行った二人を追わせるようにしながらついていかせ、そこに自分も続きます。



「へぇ〜、こんなのもあるんだ〜! あっ、これもある!! これも!!」

「うんうん。このへんだと結構付け心地いいのあるから探してみるといいかもよ〜」

 二階のランジェリー系統を展示・陳列しているコーナーにつくと、眼の前で未悠さんと舞弥さんが品定めをしていました。彼女たちの前にあるのはいくつものショーツやブラ、はたまた寝間着類など様々です。

 すると、とてとてと彼女たちに向かって歩き出す沙姫さん。私もそれにならって歩きだすと、それに気がついた舞弥さんがわたしたちに向かって手を振ってきます

「あ、こっちこっちー!」

 と、満面の笑みで手を振る舞弥さんを見ると、先程のことが思い出されてまた顔が熱くなってくるような、そんな感覚を覚えます。

「ごめん、下にいい服あったからそれ見てて遅れた」

 沙姫さんはそう言うと私を見やり、何かをで伝えます。

 私はそのメッセージを自分なりに受け取り

「あ……そ、そうなんです! 沙姫さんが解らなそうにしてたので教えてて!」

 と、嘘を付く罪悪感に苛まれながら眼前の二人にそう伝えます。

「なんだ〜。まぁ確かに沙姫と未悠はここに来るの初めてだし、さっきの件のもそうだけど、解らないことだらけだもんね〜」

 舞弥さんの表情は明るく、なんの変哲もありませんでしたが、そんな所にとても罪悪感を感じ、心のなかで気まずくなります。

(ごめんなさい……)

「……みゆ姉?」

 ふと、隣から聞こえるか細い声――沙姫さんです。周囲を見渡すと、確かにその声の通り彼女の姉君である未悠さんの姿がありません。

「舞弥さん、未悠さんがいないです……」

 私はその声に反応するやいなや、すぐさま先程まで一緒にいた舞弥さんに話しかけます。

 舞弥さんはぎょっとしながら

「――え?! あれ、未悠!?」

 と驚きます。私は居ても立っても居られなくなり、二人に聞こえる声で

「探しましょう!!」

 そう言うと頷く二人。そして今まさに動き出そうとした刹那――

「うわぁっ!!」

 店の奥から聞こえる声。その声の主は間違えることのない、ある一人を指していました。




 私達がそこ――同じ階の試着室前に着くと、そこではカーテン越しに

「これもいいわね……あっこれも!」「ちょっ……くすぐったいですよぉ!」「サイズは……そうね……こっちかな?」「きゃははっ!!」

 などという掛け合いが繰り広げられており、下からかすかに見える足もとが、何かいかがわしいことをしているように思え、私はほのかに顔を赤くしながら、舞弥さんは呆然としながら、沙姫さんは心配そうにしながらそれぞれ呆気にとられていました。


 しばらくして

「まぁ! なんて可愛い!! 選んで良かったわぁ!」

 という声が聞こえると、カーテンを手で掴み、ひょこっと顔を出したのは案の定というべきか、翠さんでした。翠さんはその艷やかな口元をにこっと笑みを浮かべながら

「(沙姫ちゃん? 入って?)」

 小声で私の左隣にいる沙姫さんに声をかけます。件の沙姫さんは特徴的なポーカーフェイスで

「うむ」

 と恐れることなく試着室の中へと入っていきます。その行く末を見ながら

「何着てるんだろうなぁ……あと買うのかなぁ……。――ねえ桜那?」

 と舞弥さんが色々考えながら呟きます。それに私は頷きながら

「買うかどうかはわからないですけど、絶対似合ってると思いますよ?」

「だねー! あの翠さんが選んでくれたものだもの、似合わないわけがないよね!」




 ◆




「おぉ……」

 試着室内。三人も入るには手狭な空間で沙姫が目にしたものは、姉である未悠の普段の服装の好みからは検討もつかない服装で、それはとてもカジュアルで、それでいてスマートな――所謂ストリート系ファッションであった。トップスに春の暖かい風には丁度よい、七分袖の黒のカットソーが、ボトムスにはゆったりとした白のサルエルパンツを着用した、自身とうり二つな顔を持ち、同時に姉でもある未悠。その姿に「みゆ姉……」と思わず感嘆とした声が漏れる。

「ど、どう……? 沙姫……?」

 彼女はそう言いながら、照れ隠しのつもりなのか、はたまた眼前の沙姫に見せるためなのか、彼女は狭い試着室の中で器用にくるりと一回転する。すると

「あっ……」

 ここでふと沙姫は気づく。彼女――未悠の身長が若干高いのだ。そこで沙姫は眼前にいる自分の実姉の足元を見る。するとそこには――

「あ、気づいたかな? ――そう、厚底スニーカーを履かせてみたの!」

 そんな沙姫の反応を見、はしゃぎ気味に答える翠。未悠の足には厚底のスニーカーが履かされており、また普段のコーデでは見ることのない光景に、沙姫は文字通り呆気にとられる。

「――どう? 沙姫ちゃん? この服、小柄な未悠ちゃんなら似合うかもって思って”セレクト”してみたんだけど?」

 翠はそう沙姫に話しかけると、「小柄なのもそうだけど、何よりも顔立ちが中性的だから、それを際立たせようと思ってこれにしたの。」と言葉を付け足す。

 確かに姉である未悠は、舞弥や桜那、そしてクラスメイトにも言われることがあるほど、愛嬌ある中性的な顔立ちをしている。

 おそらく自分もそうなのだろうとは思いつつ――実際に沙姫自身も言われたこともあるが――も、同時にコンプレックスに感じていた。だが

(みゆ姉……かっこいい)

 予想打にしない服装であるストリート系の服装を選択してくるということは、即ち”この翠という人物が持つスキルは本物”なのだろうと、彼女は瞬時に考えた。

 ふと桜那から聞いた、”シンデレラ”という、遥か昔の人が書いたとされる”童話”たるものがよぎる。眼の前の光景はまさにその通りで、沙姫からみた翠の姿はさながら”服装だけで姉を別人に見えるほどに仕立て上げた魔法使い”のように見えた。

「……似合ってる。翠さん、凄い」

 沙姫のその言葉に「よかったぁ!」と、嬉しそうに身体を弾ませる翠。「着慣れないから違和感あるけど、こういう服も良いなぁ……」と言う未悠を見、「実は言ってなかったんだけど、この服装、この店にあるものでも安価なもので組んだから財布には優しいと思うわ」と、首から下げている携帯端末スマートフォンを手に取り、たたたっ、となにかを操作する。操作音からして、おそらく電卓アプリの音だ。

「ほらっ! お安いでしょっ?」

 その音を聞きながら、「高っ!」という未悠の声を予想していた沙姫だったが、その声は思ったものとはまるで正反対だった。

 なんと予想を遥かに下回る値段だったのである。

「これなら買ってもいいかな……」「僕もそう思う」

「なら決定ね! ――新鮮な空気、吸うのも悪くないでしょっ?」

 翠はそう言うと、「みんなにも見せてもいいかな?」と未悠に。

「恥ずかしいけど……ううん、行ってみます!」

 そう言うと「三、二、一で開けるわね」と彼女に促す翠。そして――


「三、二……一!」




 ◆




「ん? あれ? 三人共〜? どうしたのー?」

(何かあったのかしら……?)

試着室前。私と舞弥さんは、突如として聞こえなくなった、中にいる三人の声に、心配そうに目をそのカーテンに向けます。すると


 シャアアァァ……!


「舞弥! 桜那ちゃん! どっ、どうかな!?」

すると、勢いよく開かれるカーテン。出てきたのは沙姫さんと翠さんと――


 一人の、”かっこいい”という言葉が似合う女性。


「〜ッ!!」

(未悠さん!?)

そうなのです。一瞬こそわかりませんでしたが、その愛嬌のある中性的な顔立ちは、紛れもなく未悠さんの顔に違いありません。

着ている服は先ほどとは打って変わって、トップスに黒のカットソー、ボトムスはゆったりとした白のパンツ――なんていうのかしら……――で構成されており、胸元に下がっているシルバーネックレス型の《ライザー》が、彼女の存在をより際立たせていました。

「わぁ……!! めちゃ似合ってるよ未悠! ねぇ桜那! そう思わない!?」

「え、えぇ! とても可愛らしいといいますか! とにかくすごく似合ってます!!」

舞弥さんの絶賛する声とその声にもじもじと体を動かす未悠さん。先程までは未悠さんが好きと言っていた、赤を基調とした服装に身を包んでいた事もあって、それとは正反対の現在の服装に私は思わず

「(可愛い……いいなぁ)」

と羨ましく声が漏れてしまいます。

「も、もう! 可愛いだなんて桜那ちゃんも冗談がうまいなぁー!!」

「ご、ごめんなさいっ。でもいつもよりも可愛く見えて! そ、それに下のゆったりした感じも、すごく似合ってて素敵です!」

誘っているように聞こえたらごめんなさい……と心の中で不安になりながら、未悠さんに重ねるように、早口でそう話す私。未悠さんは「ホント!? ありがとうっ!!」と喜びを露わにすると、にぱっと、舞弥さんとは違う、"純粋な笑顔"を私と舞弥さん、そして沙姫さんに表します。


「――気に入ってくれてよかったわぁ!」


ぱんっ、と両手を合わせ、喜ぶ翠さんの声。その顔には彼女の性格を体現するかのような”柔和な笑顔”が浮かんでおり、その反応に「うむ……翠さんの言ってること、本当」と、言葉を重ねる沙姫さん。

「――じゃあ、今から沙姫ちゃんにも用意してくるわね!」

すると、翠さんは「良い服装が閃いてたから、ちょっと待ってて!」と言いつつ、たっ、たっ、たっ、と足早にその場を後にします。




「まぁ可愛い〜!!」

「ん……」

約五分後、服を持ってきた翠さんに促されるように、試着室に入る沙姫さん。そして、本でいう閑話のような時間が過ぎると、しゃああぁぁ……とカーテンの開く音が響きます。

「「わぁ……!」」

沸き起こる舞弥さんと未悠さんの声。そこには

「わ……!!」

中から出てきたのは、黒をまとった男装の麗人……ではなく沙姫さん。性格にはトップスに袖の短いシャツのようなものの上に、これまた半袖かつ、そして明るめの黒――何ていうのかしら……?――のジャケットを羽織った彼女の姿がありました。

ボトムスは恐らくカーゴパンツで、そして、彼女が好きと言っていた”黒”をふんだんに使ったコーデは、彼女のクールかつ中性的な顔立ちにとてもマッチしていました。

「どう……? 桜那? ……舞弥、みゆ姉も」

彼女は手のやり場に困ったような素振りを見せると、次の瞬間には「こう……?」と、びっ、と所謂”かっこいいモデル立ち”をします。

「可愛いですしかっこいいです!! 特にジャケットの着こなしとか上品で……!」

この状況で持てうる最大限の語彙力を精一杯使いながら、そして、うまく伝わってるかしら……と心配になりながら、私は眼の前にいる沙姫さんを見据えます。

「うむ……ありがとうですよ」

すると「ふふっ……」とかすかに口元を緩め、その感情を表すかのように体を揺らす沙姫さん。友人の思いがけない表情に私は一瞬、どくん、と心が高鳴り、思わず顔を背けてしまいます。


「――ていうか沙姫〜? ジャケットの中ってどうなってるの?」

そして閑話のような時間が流れると、聞こえる疑問気な声――未悠さんです。未悠さんは首を傾げながら、「ジャケットと同じ感じー?――ねぇ舞弥?」と傍らにいる舞弥さんに話しかけます。

「確かに、袖の長さ気になるよね」

すると沙姫さんの横にいる翠さんは、「袖……」と呟く沙姫さんの顔を見、「沙姫ちゃん、見せても大丈夫かしら?」と、彼女の肩に手を優しく添えながら微笑みます。すると――

「ん」

「「「!」」」

彼女らしい思い切りの良い脱ぎ方。ジャケットを脱いだ先にあったのは――


――その先にあったのは、一枚の黒い。流石に中に何かしらのインナーは着ているとは思うものの、それでも私達女性の中ではかなり思い切った服装をしていました。


実はタンクトップには、単純にコーデが難しいというだけではなく、二の腕や脇のラインが露出するため、ある程度の覚悟が必要というものがあります――ここでの覚悟、というのは何も、”自分の中での決意”ではなく、人目や周囲の反応に対するものです――。


「すーすー……する……」

すると、それまで着ていた洋服やジャケットがないためか、それまであった上着の袖を探すように片腕をさする沙姫さん。片側を結ってサイドテールにし、かつ前下がりのボブヘアーと、彼女の中性的な顔立ち、そして黒いタンクトップに同色のカーゴパンツを着ている彼女の今の姿は、とてもワイルドなかっこよさを出しつつも、普段着ているところを見ない服装なだけあって、私の眼にはとても新鮮かつ上品に映りました。

「皆、そんなに見ないでほしい……」

と、相変わらずのポーカーフェイスで淡々と話すと同時に、ぷいっと顔を背ける沙姫さん。頬はわずかに上気しており、私は沙姫さんの、その内側の”嬉しい”という感情を察して「ふふっ」と再度微笑みます。


「お買い上げ、ありがとうございます!」

そう言うと、「じゃあね」と屈託のない笑顔で手をふる翠さん。がちゃり……とお店のドアを閉めると、くぐもった鈴の音をバックに、私は傍らにいる舞弥さんに「紹介してよかったですね」と話し始めます。

「だねー。ふたりとも嬉しそうだし、良かったよね!」

そこまで言うと、後方にいる双子姉妹を見つめる舞弥さん。「むふふんっ♪」「ふふっ」と、満足の行く買い物ができたからなのか、ハミングのようなリズムを取る未悠さんと沙姫さんに微笑むと、私も思わず微笑みが溢れてしまいます。

(――皆さん、楽しそう)


そんな楽しそうな三人を見ながら、一人、小さな幸福感に浸っている私なのでした。

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 交彩 ――青防の守り人 外伝―― 雪瀬 恭志 @yuzuriha0605

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