別世界の生者

ナナシリア

別世界の生者

(煩わしい学校が終わった)


 彼は家に到着して早々、机の上で充電器に繋がれているスマホに手を伸ばした。


 彼はどう考えてもインターネット依存症だった。


 スマホの画面上では、いわゆる放置ゲームと呼ばれるゲームのチャット画面で、会話が繰り広げられていた。


 同盟がどうだ、競売がどうだ、抗争がどうだ、ゲーム内のチャットでは当然ゲーム内の話が飛び交う。


(でもそれが心地いい)


 彼にとって、リアルの話は気持ちのいいものではなかったから、ゲームの話だけしていればよかった。


 彼はまるで、別世界に生きているようだった。


 彼の精神はリアルになかった。彼の興味の中心は常に、"インターネット"という別世界にあった。


(周囲の人はもしかしたら俺を"インターネット廃人"と呼ぶかもしれない。でも俺は、インターネット廃人というわけではなくただインターネットの世界に生きているだけ)




 いくらインターネットにしか興味がないにせよ、美味しいご飯は美味しいし、腹は減る。


 母親の、夕食が完成したという知らせを受けて、彼は部屋を出た。当然ゲーム内のチャットには夕食なので一旦落ちるという旨を送信した。


「いただきます」


 食事を三十分も経たないうちに美味しく頂き、リビングを退室する。


「ごちそうさま」


 食事の前後の挨拶をしているだけ一般的なインターネット廃人よりもマシであるという風に見える。


 しかし、日常生活の中で彼がリビングに姿を現すのは食事のときくらいで、彼の生活の中心はすでにインターネットとなっている。


 よって、彼はインターネットに一日のほとんどの時間を割いている。結果的に、勉強をする時間が無くなってしまい、彼の成績は壊滅的だ。


 具体的には、学年下位十パーセントに入るほどの実力を秘めている。


「勉強もしなさいよ~」


 母親の呼びかけに、返事はするものの実際に教科書やノートを開いたことはこれまでに一度あったかどうか程度だ。


 彼はすでに成績への興味もほぼなくなっていた。


 成績が上がればお小遣いが上がるという中高生にありがちな制度を、彼の親も取り入れてはいるのだが、彼のお小遣いの使い道はせいぜいが軽度の課金。


 現状お金が余っているので、お金に対する執着もなく、彼の両親が定めた制度は形骸化してしまっている。


(いつかはやろう、今はとりあえずゲームだ)


 彼は食事を終えてすぐ、ベッドに横になってスマホを開いた。


 彼の生活の中心はインターネットであり、インターネットを象徴する場所がこのベッドだった。


 彼は夢中になってゲームをやり続けた。


 夜に始まり夜遅くに終わるイベントにフルタイムで参加し、同盟の味方たちと協力して抗争に参加し、逆に今度は同盟の味方たちと敵になって競売し……。




「そろそろ起きなさ~い」


 彼の母親はのんびりとした人柄だ。


 しかし、いくらのんびりとした人柄だろうと、朝の喧騒と焦燥に勝つことはできなかったようで、焦れて彼を起こしに来た。


 だがここでインターネット廃人の弊害が出る。


 彼らは深夜までインターネットの世界に沈み込むため、朝が辛い。


(頭がぼうっとしてる……。これから十時間ぐらい学校か……)


 彼は学校の始まりを憂鬱な気持ちで知る。


 朝食ものどを通らず、何も食べないで学校へと向かう。


 その頭にあるのは、どれだけ長く続くのか予測することしかできない日々への疲れとストレスだけだった。


 まるで、私たちが、自身の世界から突然別世界に放り込まれたかのような混乱が渦巻いていた。

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別世界の生者 ナナシリア @nanasi20090127

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