砂浜と月の欠片と

亜月

砂浜と月の欠片と


月の欠片を拾った夜、僕は静かな砂浜にいた。


僕は夜の散歩のとき、たまにこの小さな砂浜まで足を伸ばす。ひとりで居たいとか、ちょっと考え事があるとか。なんとなく今日もそんな気分だった。

いつものように波打際まで歩いて行ったとき、月の欠片が落ちていた。僕はそれをそっと拾い上げてじっと見つめた。ビー玉みたいに透き通ってて、ラメは入ってないけどきらきらしていた。街灯に照らすと無色透明になるのに、月明かりの下では濃青や紫色の世界が中に広がっている。


惹きつけられてふわふわしたまま、僕はいつものベンチ——この風景に対してはあまりにも浮いているけど、ちょっとしたお気に入りの場所——に座った。普段なら水平線からやってくる水の流れに思考を委ねるけど、今日はそれどころじゃなかった。拾った欠片をひっくり返したり手元で転がしたり、透かして物を見てみたり、とにかくずっと眺めていた。


しばらくしてその欠片に飽きてきた頃、波の音と蒼さに思い出を掘り返された。少しずつ太陽が逆さまに昇ってきた。



夏の終わりのあの日、この砂浜で、君とたくさん喋った。

この前の模試の成績とか、最近の趣味や推しの話、取るに足らない愚痴から、これからの夢や目標まで。違うようで似た者同士のクールな君との時間は穏やかで暖かい。会話が途切れて生まれるささやかな余白も心の隙間を埋めてくれた。いつまでもこのまま、魔法の時計を使ったように君と海を眺めていられた。けどやっぱり僕はスパイスが欲しくなって、ちょっと海水をかけてやろうと手を振ったときの君の反応は今でも鮮明に再生できる。小学生みたいな僕のイタズラ好きも笑って乗ってくれる。そんな君が大好きだった。


ふと、イタズラされたときの君の顔が浮かんできて、突然心が空っぽになった。足元の砂浜は硬くなり、遠くで聞こえた汽笛は蟋蟀こおろぎの声に変わっていた。冷たくなったベンチの上で僕は膝を抱えた。昨日失くしたはずの涙が沁みて、しょっぱくて傷が疼いた。あの時と同じ風が吹いても余計に渇くだけで、僕が欲しかったのは思い出じゃなかった。


ぎゅっと握り締めていた欠片をもう一回見た。相変わらず小さな銀河があった。ちょっと傾けると僕の顔がちらっと映った。そこには心の僕がいた。

毎朝鏡に映る僕は嘘つきだ。水のりで貼り付けた笑顔でこっちを見てくる。だから鏡を見るのが嫌いだった。

でもここにいる僕は本当の僕だと思った。僕の存在に本当も嘘もないけど、嘘つきの僕はそこには居ない。視界が滲んでいたけど、その姿ははっきりと見えた。


こんなつもりで来たわけじゃないのに。

ぽっと呟いて笑った。ベンチの上で縮こまって体操座りしているのが可笑しく思えた。君の暖かみに触れようとして、結局潮風ですっかり冷えてしまった身体があはれに思えた。満月より少し欠けた衛星はもう高いところにいる。贈り物をして満足したのか、いつもより色白で気取っていた。

僕は涙を大切にしまい込んで深く息を吸った。そして水平線の向こうを見て、ふうっと肺を緩ませた。


今、僕はあの砂浜にいるよ。

君は何をしてるかな。


僕は立ち上がって、欠片をそっと元の場所に置いた。



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