なつ
伊賀崎 あたりめ
読み切り
海のように深い晴天の夏空、夏の風物詩とも言える蝉の音。8月も中盤、日が伸びてるせいか夕方とは思えないほどの暑さで目眩がした。
額に滲む汗を拭い、最寄りの無人駅に停車する電車に駆け込む。高校3年の夏。部活も引退したさなか、遠い親戚の女の子が死んだとかで、僕は片田舎の式場へと来ていた。
人気の無い10両編成の3号車。外気の熱とは反対に寒いほど冷えた車内では、電光掲示板がその日の熱中症患者が記録史上最多人数を更新したことを知らせていた。いつもはあんなに鬱陶しく感じる蝉の声が今日はそこまで気にならなかったのはこの猛暑のせいかもしれないと思った。
そんな事を思案しながら電車に揺られること約1時間、空もようやく赤みを帯びてきた頃、乗車駅と比べ、より年季の入った無人駅に着いた。都会と田舎のちょうど間の、よく言えばバランスがよく生活しやすい、悪く言えば都会ほど便利ではないし田舎ほど温かみを感じもしない、そんな所だ。
日が落ちてきてもなお外の熱気は凄まじく、意図的に乗り過ごしてしまおうかと思う程だった。ギリギリまで電車の冷気を享受しようと続々と降車していく人を横目に見ていたが、発車ベルがなったので諦めて無骨なコンクリート製のホームへと降りた。
もう19時になるというのに、外の気温は25度を軽く越していた。
「あっついなぁ」
そうこぼして立ち止まった僕の横を、恐らく僕と同じ考えのもと車両に残っていた乗客達がぞろぞろと通り過ぎていく。
「██さん。何してるんですか」
背後から聞こえた鈴のようなきれいな声に思わず目を向ける。
「ホームでいきなり止まったら危ないですよ?」
そう優しく注意して笑いかけてくる少女に僕は一言、こう言った。
「誰だお前…?」
文字通り、話したことはおろか見たことすらない知らない制服姿の少女。その少女と目が合うのと同時に脇腹に経験したことが無いような熱さが鈍痛となって僕を襲う。
「ツッっ…」
とっさに刺されたところを押さえながらよろめく。押さえたところから赤いものがどくどくととめどなく滲み出てくる。その少女はまるで旧友との再会を喜ぶかのような可愛らしい笑顔で、動けなくなって蹲っている僕をホームから突き落とした。
文化部だったこともあり比較的細い僕は、広く開いた列車とホームのあいだに転げ落ちた。
ちょうどゆっくりと動き初めた電車の巨大な車輪が僕を無惨にひき潰していく。列車は10メートルと進まずに停車したが、生憎僕の体は腹のところで真っ二つになっていた。
意識がだんだん薄れていく中、僕を襲った少女の優しい笑顔が何故か頭から離れなかった。
あの子…どこかで…
なつ 伊賀崎 あたりめ @atarime0403ika
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