第10話 黄色い旗の下で

月日が流れ、マックスリと黄色の旗は、もはやG退治の薬屋ではなくなっていた。


人が住む以上、どんな田舎にも必要な品を売る店はある。そのわずかばかりの商品の販路を通じて、王国全土に網の目のように情報と伝手は広がっていた。

マックス商会なら、どんな場所でも、なんとかたどり着くことが出来る。


「あいつは御用商人だ。わいろで王家の威光を借りて商売している」


ワトソン商会のバートは批判した。


バートは、義理の弟の躍進をずっと苦々しく思っていた。

早い時点で否応なく吸収合併して、利権を奪っておくべきだったのだ。

あんなデブデブで、意志の弱そうなマックスみたいな男に甘い汁を吸わせておくだなんて、許せない気分だった。


「本当なら、俺が伯爵になっているはずだった。あいつは、人気取りのために、災害地にわざとらしく物資を運んだりしている。王家も汚い真似をする。真っ正直に商売している我々には、許せない存在だ」


ワトソン商会は、以前ほどの勢いはなかったが、いまだに大商会の地位を保っていた。


「利権だ。分散してほしいものだ。特に生き戻りの秘薬とか、万能のドリンクなどを独占的に扱っている。あれは酷い。そのどちらかの権利だけでもいいので、分配してほしい。トレードマークのG退治の薬は、マックスリ独占でも構わないから」


だが、マックスは人嫌いで有名で、頑固でもあった。

義兄が、あちこちの商売仲間に、不公正だと言って回ることに関して、特に反論しなかった。相手にしなかったと言う方が当たっているけれど。


それでいい気になったのか、バートを信じたのか(何しろバートはマックスの義兄だから事情を知っていると思ったのかもしれない)一部の商人たちが、マックス商会は、利権を独占して上前をハネていると王家に訴えた。



「うぬらは、災害時に荷馬車を出せるのか?」


嘆願書を出してきた商人たちに、国王は尋ねた。


商人たちは、思いがけない質問にうろたえた。


「そ、それは私どもには荷が勝ちすぎまする。マックス商会は、大儲けをしています。だからこそできる話であって、私どもには無理でございます」


商人たちは口々に訴えた。


「マックス商会の帳簿は王家が確認している。いつも赤字ギリギリだ。大儲けに証拠はあるのか?」


え?


「マックスは公正な男だ」


イアンが言った。


「マックスリ伯爵は、尊敬に値する人物だ。彼以上に王国に尽くせると言うのか」



王家は領主の土地には入れない。領主に支援物資を渡しても、必ずしも被災民のもとに届くとは限らない。受け取りを拒まれることすらあった。だが、もはや伝説になりつつあるマックスリの黄色の旗は、どの領主も拒むことはできなかった。


マックスは自ら陣頭指揮を執った。


野外で過ごすことが多く、年とともに身体には負担になる。健康を損ねることが増えたが、彼は頑固で手を抜くことがなかった。


そしてある日倒れた。


「マックス様が!」


「ご無理をなさるから!」


マックスは元々頑丈ではなかった。

若い頃はただのデブだった。


周りには、この事業に賛同する者たちが大勢集まっていた。


「急ぎ王都へマックス様を運ぶのだ。ここでは治療もままならぬ。早く!」




マックスは荷馬車の上で目を覚ました。熱がある。倒れた時に、落馬して足の骨を折ったらしい。もともと体調は悪かった。このところ、ずっとだった。だから、覚悟はしていた。


もうだめかもしれない。こんな自分のために荷馬車を占拠するのはもったいない。近くの村でおろしてもらおう。幸い薬だけならあるはずだ。


だが、声が出なかった。荷馬車が急停車して、彼はその衝撃で気を失った。



次に目が覚めた時、彼は、粗末な宿のベッドに寝かされていた。


だが、不思議なことに熱が引いていた。足も痛くない。ずっと楽になっている。


誰かが自分の上に身を乗り出している。


マックスは目だけ動かした。


……リナ様


見間違いようがなかった。


かわいらしかった少女は、ずっと年を取って、相変わらず美しいけれど、顔には厳しい線が入っていた。

それでも、すぐわかるのは、彼が王妃殿下の肖像画や絵姿の徹底的なコレクターだからだ。


細くて白い手が自分の額にかざされていた。


「こんなになるまで、どうして放っておいたのですか?」


ああ。あの人だ。


「妃殿下……」


私は義務を果たしたかったのです。


マックスは心の中で言った。あなたが課された私の使命。

それは、最初はただの推し活だったのかもしれない。だが、年月とともに変化した。

私には、あなたの考えがわかる。


いつだって妃殿下は一生懸命だった。だが、それだけではなかった。方策を考え、効果を考え、全体を考えていた。全部、人のためだった。

あなたの前に私はひれ伏す。その目的は崇高だった。ずっとついていこうと思ったのだ。


「自分を大事にすることもあなたの義務です」


「あなたは厳しい方だ、妃殿下」


やっとのことでマックスは声を出した。


「どちらか一つしかできなかった。任務を追求するか、体を大事にするか」


妃殿下の目が潤んだようだった。


「あなたは存在するだけでよい人になりました。マックスリの黄色の旗は全土に知られるようになった。だから、生きている方が今は大事ですね。その心は国王陛下の心すら動かしましたから」



夢のようだった。王妃様が彼に話しかけている。


マックスは、身体のことを忘れて、起き上がろうとした。


「妃殿下! 私は……」


その瞬間に、マックスは眠りに落ちた。リナが眠らせたのだ。


天使が女神になった日だった。



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「え。死ぬとこだったけど、生き返らせた?」


イアン陛下は、愛妻からゴメンネと言われて目を剥いた。話が……異常?過ぎる。


「うーん。仕方ないな。マックスリは便利なんだよね」


国王のイアンは言った。


「死んでもらっては困るからね。あんな気が狂ったみたいに働くことないのに」


ワーカーホリックにも程がある。

王家が過労死させたと言われても困る。


「でも、そのストイックさが、尊敬を勝ち得ているんですもの」


「ほんと、仕方ないな。でも、女神ってちょうどいいよね。そうそう降臨できないだろうからな。今度、事故ったら、俺が行ってやるから」


何もできないくせに?


「励ましてやるよ」


それって、意味あるのだろうか。


「早く結婚すればいいのに。いつまでもリナ、リナって。そうだ。王命で嫁探しのパーティを開いてやろう。大サービスだ。妻が付けば、嫁さんが気を付けてくれるだろうし」


夢見がちでストイックな黄色のシャツと、どこまでも現実的なイアン。


ま、結婚相手はイアンでよかったかもしれない。結婚生活は、現実そのものだから。



そのころ、マックスは、王妃殿下の侍女のハンナを質問攻めにしていた。


さすが女神様、聖魔法が使えたのかとか、空を飛んでここまで来られたのに違いない、降臨するまでの時間は短すぎるとか、微妙に当たっているようないないような質問ばかりで、ハンナは弱り切った。


空間をつなげるドアを無理やり作ったのは間違いないし、死者でもあまりのまずさに生き返る薬も聖魔法と言えなくはないかも。


「また、会えないだろうか……また、瀕死になったら……」


マックスに死なれては困るので、ハンナは手紙をしたため、イアンは渋面になった。


「会わせてくれないと死ぬそうです」


コイツ変わってねぇな。


「クソ。調子に乗りやがって」


その後、年に一度、王妃様と陛下との業務報告会が持たれることになった。


いつもは寡黙で人を助けることしか考えていないはずのマックスが、人間が変わったように、満面の笑顔でけたたましくリナ様に話しかけ、キャッキャッと笑っている。

完全に無視され、リナが返事に困って、曖昧に微笑んでいる様子に、監視のために同席したイアンは心の底からムカついた。


「コイツ、全然変わってねえ。学習という言葉は、脳内にないのか」


イアンは嫁集めのパーティーを敢行することを決めた。


題して『生贄発見パーティー』


盛大?なパーティーが開催され、大方の予想に反して、マックスは結婚した。


おめでとう。


めでたく子どもも生まれ、今は嫁が彼の健康を司っている。


「パーティー開催から三年も経ってから結婚して……」


「しかもパーティー参加者からではなく、手伝いの小娘の母親と結婚するだなんて。俺の努力はなんだったんだ」


マックスはマックス。


マックスの妻は、彼の、日に三回の王妃様への礼拝を温かく見守ってくれているという。さすが再婚の子持ちだけある。


「人の数だけ人生がありますわ」


王妃殿下の言葉に国王陛下は、眉をひそめた。


なにそれ。うまくまとめたつもりなの?


「良いではありませんか。暴走を止めてくれるよく出来た奥方ですわ」


手間が省ける。言外にそれを感じ取ったイアンは渋々うなずいた。


これからも、ずっと王家のために働いてもらおうじゃないか、マックス。


めでたしめでたし


—————————


某サイト様で公開しましたところ、

どうしても、マックスリの黄色い旗は、黄色と黒のマツモ◯キヨシのロゴや、真っ黄っきのケロ◯ンの洗面器を思い出すと言われました。

そうかな?

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シンデレラ・パーティ~番外編 buchi @buchi_07

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