第9話 後日談の後日談

マラテスタ侯爵夫人とリナ、それにイアンは聞き耳を立てていた。


「契約書でがんじがらめにして……」


「わかりやすいけど、リナとは縁もゆかりもない名前を強制的に名乗らせ、ダッサイ販促グッズの使用を強要して……」


「いつまでもリナに執着しないように、幸せな家庭を作れとか言っちゃって」


「でも、商売に励めと。上りはリナの手元に入りますからね」


セバス、お見事。なんだか変な宗教じみているけど。



イアン王太子は、黄色のシャツの男が、目立ちはするがなんとも下品な色目のノボリや旗といった販促グッズを喜々として持ち帰るさまを、城の窓から眺めていた。


取るに足りないつまらない男なのだ。


だけど、あいつは本気だった。


「俺だって、本気だ」


黄色いシャツが全身全霊を傾向けて金儲けに邁進するなら、イアンも全力を挙げてリナを愛するだけだ。

負けてはならない。

まずはリナを喜ばせるところからスタートだ。シンデレラにふさわしい豪華なダイヤモンドのネックレスや、粋を凝らしたドレス、彼女が目を留めたイヤリングや流行りのお菓子……いやいや、リナはそんなモノでは喜ばないかも。


彼女が喜んで、彼にニコリと笑いかけてくれたら……


イアンの心がビョーンと広がって、ニヤニヤが口元に広がった。


「愛だな。愛」


それが一番だ。


——————————


ところで……


心ここに在らずで王宮から戻ってきたマックスを待ち受けていたのは、義兄だった。

義兄は、ワトソン商会への吸収合併をしつこくマックスに持ちかけた。


「これまでは一人で回せるちっぽけな仕事だった。だから、マックス、お前なんかでもどうにかなったんだ。運が良かったんだよ。だがね、これからはそうはいかない」


ハンナがわざと苦目に淹れたお茶をガブリと飲んで、義兄は顔をしかめた。


「能力ってものを考えたことはないのか。商会を私らに任せなさい。衣住食の心配はいらない。お前のことは面倒を見てやる。まあ、掃除とか、必要な時はパーカー博士に依頼する時なんかは役立つといい」


マックスはリナがらみ以外では冷静な男だった。


マックスは義兄なんか相手にせず、帰してしまった。


姉が泣き落としに来た時は、こう答えた。


「でもね、姉さん。マックス商会の売り上げは、すでにワトソン商会を超えているんですよ」


姉は心底驚いた顔をしていた。

そのあと、真っ青になった。


実は、最近、ワトソン商会は傾きかけていた。


「あんたのせいで……」


「違いますよ。取扱商品がまるで違うじゃありませんか。何を義兄さんに吹き込まれているんです」


マックス商会とマックスリは、伸びて伸びて伸び続けた。


ワトソン商会など、もはや比べ物にもならなかった。


重過ぎるフリージア王家への上納金だったが、王家はたびたび下賜金を返してきた。特に悪い伝染病が地方で流行って、マックス商会がいち早く薬を届けたときなんかは、大金が下賜された。


それだけではない。災害時にも、マックス商会は大活躍した。

マックスリの黄色の旗の下、大勢の商人や冒険者が、協力して、王家の手の届かない地方でも、救援物資や薬が届けられた。


マックスリの黄色の旗を見ると、街道を進む馬車や人がみな道を譲るほどに。


「黄色の旗だ!」


「マックスリの荷馬車だな。食糧を山積にしている。道を譲れ」


マックスリの御者はかたじけないと答えて去っていった。あとから何台も黄色い旗をくくり付けた荷馬車が続いている。



しばらく経つうちに、マックスリの黄色の旗は、色こそ目立つ黄色のままだったが、マックスリの文字は消え、代わりに王妃の名と紋章が入れられた。


「マックスリが来た」


黄色の旗が見えると、人々にとってそれは救いの手が届いた知らせであり、物品を届ける者たちも、マックスリのためには必死になった。


「王妃様の慈悲じゃ」


マックスは黙って、その儲からない仕事をやり続けた。


その昔、王妃と交わした契約書は、マックス商会の本店の応接室に、金の額縁に入れられ、神聖なる社訓として飾られていた。



そして王妃の署名が……今や誰もが知っているその名がサインされていた。

リナ……と。

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