第3話 肉は心の架け橋

 肉を焼いている焚火を挟み、俺の対面に座った彼女の顔をもう一度よく見てみる。


 彼女は美しい金髪で、その瞳は透き通るように青かった。

 顔のパーツは完璧に整っている。

 身長は俺と同じくらいか少し低いくらいかな。


 あーあ。せっかくの美少女なのに、好感度は最悪だな。

 異世界来たら、何やっても褒めてくれる美少女がいるんじゃないのかよ。


『マスター。彼女に事情を聴いてみては? 会話をすることで情報も手に入りますし、不信感も払拭されることが期待できます』


『それもそうだな』


 俺は素直にシルバの助言に従うことにした。


「で? なんで川から流れて来たの? しかもそんな男物の高級そうな鎧なんて着ちゃってさ」


「その質問に答える必要あるのかしら?」


 どうやら向こうはちっとも友好的に思ってはくれていないみたいだ。

 もう無理だろ、これ。

 

「確かにお前の言う通り、答える必要は必要ないな」


 押してダメなら引いてみろ。なんて言葉を聞いたことがある。

 そもそも俺女子と話すの得意じゃないし。

 肉を食って機嫌よくなったところでもう一度話すことにしよう。


『にしてもどっから来たんだろうな? こんな危険なだけで何も無い森に』


『様から学習した情報によると、この森はエクスランテ王国とベルゲニア王国に挟まれるように位置しているようです。恐らくは、そのどちらかから来たのではないかと予想されます』


『なるほどなぁ』


 まったく。もうすぐ試験だってのに。

 失敗したらもう一ヶ月サバイバル生活だぜ?

 厄介ごとは勘弁して欲しい。


「ねぇ」


「は、はひ」


 急に声かけんなよ!

 ビックリしちゃったじゃないか!

 もう話さない流れだったじゃん!


「あなたは何者なの? 高ランク冒険者も滅多に入らないこんな森で、一体何をしているの?」


 こ、こいつ、俺の質問には答えないくせに、質問しやがった。


 眉毛がピクピクと痙攣するが、ここはキレてもしょうがない。

 しっかり答えてやろう。


「ユウジだ。今はこの森で修行をしてる。もう6ヵ月になる。いろいろトレーニングしながら生活してる感じだな」


「修行? 一人で?」


「いや。シル…師匠はいるが、今は一人だな」


 ヤベ。シルバの事白状しかけた。


 師匠が言うには、シルバはこの世界でもとんでもない性能してるらしいからな。絶対に言わない方がいいのは目に見えてる。


 俺の言葉を聞いた彼女は「そう……」と呟くと、なにか考え込むようにそれっきり口を開かなくなった。

 ていうか、しばらく経ってから、めっちゃこっち見てくる。

 なんか言いたいことがあるなら言えばいいのに。

 

 あ、もしかして、次俺の番みたいなことか?


「今度は俺が質問してもいいか?」


「……ええ。構わないわ」


 どうやら俺のターンになっていたようだ。


「んじゃ、質問を返すようだが、あんたは何者なんだ? 何のためにこの森に?」


 彼女は難しい顔をして少しうつむく。

 だが、すぐにその透き通った青い瞳を俺に向け、話し出した。


「イザベルよ。エクスランテ王国から来たわ」


 エクスランテ王国……さっきシルバが言ってたこの森に接している2つの国のうちの一つだな。


「目的は……ベルゲニア王国に向かうこと」


 なるほど……。イザベルはエクスランテ王国からベルゲニア王国に行くことが目的ね……。

 でも、違和感しかないな…。


「なんでわざわざ森を通っていく必要があるんだ? 俺は森の外の世界はイマイチ分からんけど、国と国をつなぐ街道ぐらいあるんじゃねーの?」


 異世界の発展度合いは、大体中世くらいのイメージなんだがどうなんだろうな。

 あんなコテコテの、ザ・中世ヨーロッパみたいな鎧着てたし。


「ええ。もちろんあるわ。でも、事情があって使えないの。だからやむを得ずこの森を通ってベルゲニアに向かおうと思ったのよ」


 なるほど。街道が通れない状態にあったと…。

 なんか面倒なことが起きてそうだな。


「あなたさっき、森の外の世界はよく分からないって言ってたけど、どういうこと? あなたは修行中なんでしょう? ここで生まれ育ったというなら修行中なんて言葉は出てこないでしょうし、どこからこの森に修行に来たの?」


 ヤベ。しくじったか。

 素直に異世界から来たって言うか? そもそも、異世界から来た人間って普通にいるのか?

 いや。この世界の情勢がよく分かっていない状態に加え、この信用が無い中で怪しくなるようなことは言いたくない。


「……島国だ」


「なんて名前かしら?」


「……言っても分からないような国だ」


 俺がとぼけた瞬間、彼女の目は鋭く光った。


「いいから言いなさい」


 ヤベェ。まあ、そりゃ国の名前聞くわな。

 考えてなかった。


『シルバ! ヘルプ!』


『……マスターがこの世界に来る前に暮らしていた国の名前は何と言いますか?』


『日本だけど……。いや、この世界には絶対ないだろうから言っても意味ない気が……』


『いえ。それをそのままで大丈夫です』


『いや、でも……』


『回答が遅くなれば怪しくなってしまいます。信じて下さい』


 シルバがここまで言うんだ。

 なんか考えがあるはず。


「二ホンだ」


「二ホン……」


 イザベルは、何かを思い出そうとしているのか、しばらく黙っていた。


「ニホンと言うのは聞いた事がないのだけれど……もしかしてニッポンのこと?」


「そ、そうだ! なんで知ってるんだ!?」


「古い文献で見たことがある気がするのよ。島国だってね。詳細はよく覚えていないのだけれど……。確かに、普通は知らないというのも頷けるわね」


 何とかなった……。


『シルバはもしかして、こうなるって分かってた?』


『ええ。師匠様がマスターを異界の者と呼んでいたのを憶えていますか? おそらくマスターと同じような状況の人間がいたからこそ、そんな呼び方が存在していたのだと思います。なので、マスターと同じ国の人間がこの世界にいる、もしくはいた可能性は高いと判断しました。古い文献とのことなので、おそらくはマスターと同じ国の人間がいた。ということになりそうですね』


『お前……天才だぁ』


 流石だわ。

 シルバ様様。心の中で手を合わせておこう。


「でも、島国から来たというなら、どこからこの森に入ったの? エクスランテ王国から? それともベルゲニア王国から」


「それは……師匠が転移魔法の使い手でな。気づいたらこの森に放り込まれてたんだ。だから、この森の外の状況が分からないって感じだな」


「転移魔法の使い手……。かなり珍しいわね」


 イザベルは納得したのか、数回頷いた。


 ふぅ。なんとかごまかせたみたいだ。


 そうこう話し込んでいるうちにかなり時間が過ぎていたらしい。目の前の肉からかなり香ばしいにおいが漂ってきた。


「そろそろ平気かな」


 さてと。俺は立ち上がって、ナイフになっているシルバを何回か肉に刺す。焼き加減を確かめた感じ、もういい感じに火が入っている。


 よし。ます、フユシカの後ろ脚の蹄に近い部分を掴む。そして…ぐるんと胴体と後ろ脚の付け根の関節を回す。

 ゴキンと鈍い音がする。

 いやー。かなりの大きさだ。

 後ろ脚は筋肉質で脂は乗ってはいないが、臭みが少なく食べやすい部位だ。骨も付いているし、持ちながら食べれるのもいい。


「ほら。もう食えるぞ」


 俺はこんがり焼けた後ろ脚をイザベルに突き出す。


 だが、イザベルはヨダレを垂らしながらも、受け取るかどうか悩んでいる様子。

 もしかして、毒が盛られてるかどうか気になってるとか?

 

 じゃあ、毒味してやるか。


「いただきます」


 肉持ってて両手を合わせられないのは勘弁してもらいたい。

 俺は、ナイフで後ろ脚の肉の一部を削ぎ落とし、口の中へ放り込む。


「うんめぇ」


 ワニの臭みだらけの肉とは大違いだ。


「ほら。食わないなら、俺が全部食っちまうぞ」


 そう言うと、イザベルは俺から後ろ脚を受け取った。


「あなたがさっき言っていた、いただきますって言うのはどう言う意味なの?」


「言葉どうりの意味だよ。頂く命に感謝しろって事だな。俺の国だと言うのが当たり前と言うか、文化だけど、別に言わなくてもいいと思うぞ」


「いえ…言わせてもらうわ。いただきます」


 そう言うと、イザベルは恐る恐る肉をかじった。


「……美味しい……美味しい」


 イザベルは号泣しながら、貪るように肉にかぶりついた。


 ビックリだ。

 さっきまで怒りまくっていたのに、泣き出してしまった。

 それに、泣きながら肉を食べてる人間を見るのは初めての経験だ。

 

 もしかしたら彼女は、この森に入ってから食糧にありつけなかったのかもしれない。温かい物を食べれなかったのかもしれない。俺はシルバが居たから1人じゃ無かった。でも、彼女は? 寒い森で一人。どれだけ心細かった事だろうか? 俺には想像出来ない。

 そんな事を考えてしまったからだろうか、泣きながら肉にかぶりつく彼女を笑う気になれない。

 それに、美味しそうに食ってもらえると、こっちとしても嬉しいしね。


 さて。俺も食うか。


 もう一つの後ろ脚を胴体から引き離し、思い切りかぶりつく。


 さっきも言ったが、脂の少ない部位だ。だが、筋肉質な肉は噛めば噛むほど上質な肉の甘みが口いっぱいに広がる。

 塩は振っていないにもかかわらず、しっかりと味がする。炭火焼きのおかげで香ばしさがgood。

 多少の獣臭はするが、むしろいいスパイス代わりになっている。


 長々と語ったが、要はめちゃくちゃうめー。


 俺が夢中で肉にかぶりついていると、だいぶ泣いたのか、目元が真っ赤になったイザベルが恥ずかしそうに頬を赤く染めながら、俺の肩を叩いた。


「…その…お、おかわり貰えるかしら…」


 美少女が上目遣いでお代わり要求してくる…。夢かこれ…。

 不覚にも、可愛いと思ってしまった。

 上目遣いのお代わり要求断れるやついる!? いねえよなぁ!


『……マスター。もしかしてマスターはチョロい男ですか?』


『これは仕方がない! ギャップ萌えってヤツだ! 抗える男はいないだろ!』


 一番美味しい部位である肩ロースをくれてやるッ!

 

 俺はササっと肩ロースを切り分け、大きな塊のまま彼女に手渡した。


「…ありがとう」


 そっぽを向きながら小声でそう言った彼女は、小走りで自分の席に戻り、再び夢中になって食べ始めた。


 その後も何回かのおかわり要求に応えながらも、俺自身も十分にお腹を満たす事が出来た。


「ごちそうさまでした」


 手を合わせて一礼する。

 本当に命に感謝だ。これで俺は今日も生きられる。


「……ごちそうさまでした」


 彼女も慣れない様子で、俺の真似をする。


「ごちそうさまでした…これはどういう意味があるの?」


「これも、命に感謝するみたいな感じだな。いただきますとセットで使われてる」


「そう。……素敵な言葉ね」


 とびきりの笑顔でそう言われた俺は、不覚にも少しだけ顔が熱くなってしまった。


 美少女のお礼ってやつは破壊力がえぐいものだ。

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