第2話 鎧の中身
え?
どういうこと?
なんで男物の鎧を美少女が着てんだよ。
いや、そんなことはどうでもいい。
今は応急処置だ。
うつ伏せになっている目の前の少女の長い金髪を掻き揚げて、首元にナイフの形をしたシルバを押し当てる。傷つけないように気を付けつつ。
これである程度、体の事が分かるはずだ。
「どうだ?」
「脈は正常。呼吸も問題ありません。意識は現段階ではありませんが、低体温症と見られる症状も特にありません」
「ホントに低体温症でもないの? 川の中から這い上がってきたように見えるんだけど?」
「はい。間違いありません。低体温症ではありませんが、川から這い上がってきたのも間違いなく事実かと思われます。まだ足の一部が川に浸かっていますし。鎧も大小さまざまな傷が見られます。流されてきたと判断していいかと」
まあとりあえず、大怪我はしていないみたいだし、そこは安心した。
しっかしなんでまた、桃太郎みたいに川に流されてこんなところまで?
この森で師匠以外の人を見るのも初めてだし……動いた!?
「……ぅ」
一瞬、ナイフを当てている首元が動いたかと思ったら、小さな唸り声が聞こえたような気がした。
「マスター。意識が戻りそうです」
おお。とりあえず良かった。
このまま寝かせとくわけにもいかないしね。
苦しそうに彼女の瞼が動き、目が開かれた。
その薄い青色の瞳と目が合う。
うわ。滅茶苦茶顔のパーツ整ってるな。
神の手によって形を整えて作られたフィギュアみたいだ。
そんな彼女の顔は恐怖で歪んでいく。
え? なんでそんな怯えて……ちょっと待て。
俺は今ナイフに変化したシルバを彼女の首元に当てている。そうしないと脈とか測れないし。
おまけに、さっきフユシカの血抜きをしたせいで全身血まみれだ。
全身血まみれの男がナイフを首に当てている、と……。
完全にヤベェ奴じゃねえか!
はいッ!
すぐナイフ首元から離す!
ナイフを手から離して雪の上に落とす!
両手を挙げる!
どうだ! 完璧な無害アピールだろこれ!
「こ、こんにちは。俺は危害を加えるつもりはないし、そんな度胸もな……ブゴォ!」
顎に彼女の渾身のアッパーが炸裂する。
俺が無害アピールしてる間に立ち上がってたんかよ!
ヤバい。
頭がガンガンと揺れる。脳が強烈なSOSを発令、同時に強烈な吐き気。
絶対脳震盪だろこれ。
完璧に入っちゃってる。フラフラして立ってられない。
だが、痛みも吐き気も一瞬で消え去る。
『マスター。脳震盪の治療完了です』
地面に積もった雪に少し埋もれたナイフから、シルバが
『サンキュー。さっすが』
『上段。剣での攻撃、来ます』
剣!?
何にも持ってなかったじゃん!
俺目掛け、猛烈な勢いで剣が振り下ろされる。
ヒュッ!
風を切る音が聞こえる。
なら、右手に魔力を纏って……片手版真剣白刃取り!
俺は何とか右手で高速で振り下ろされた剣を掴むことが出来た。
……ちょっとだけ手に当たって血が出た。痛い。
あっぶねぇ。
今の動きは素人じゃ無いだろ。
そんな剣術を見せつけてくれた彼女ともう一度目が合う。
俺が剣を掴んでるし、かなり至近距離で。
俺の手を剣から離す為にかなり力を入れているみたいだが、剣を掴んだ俺の右手はビクともしない。
どうやら、彼女はまだ戦うつもりらしい。
流石に6ヵ月前のヒョロガリ貧弱高校生の俺とは違うのよ。
魔力纏ってるし、そこそこ筋肉ついたし、力じゃ負けるつもりはない。
そもそも!
俺戦うつもりはないのよ!
俺はパッと剣から手を離した。
そして両手を挙げる。
「おい、俺に交戦の意思はないぞ。その剣、おろしてくれないか?」
俺は自分の意思を伝えるが、彼女は剣を下す素振りは一切見せない。
どころか、睨みつけるように鋭い視線を見せ、その剣を振ろうと身構える。
「ちょ、ちょっとくらい話聞けや!」
「……何が話よ。あなたと話すことなど何ひとつ無いわ。そうやって私を油断させて捕らえるつもりでしょう?」
はぁ?
なんで俺が初対面の人間捕えなきゃいけないんだよ。
こいつ美人だから甘やかされて生きて来ただろ。
……こんなこと本人に言う度胸はないけどね。
流石にムカついてきたけど、平和的いこう。
「捕らえてどうすんだよ? この森で生きていくのにお前捕まえるメリット一個も無いだろ?」
「とぼけないで!」
彼女は何が気に障ったのかよく分からないが、大声を張り上げて怒鳴った。
近くの木で一休みしていた鳥たちが慌てて飛び立つ。
……ちょっとビビっちゃった。
「そうやって騙して! あなたも追手なんでしょ!」
「マジで何の話してんだよ! 怪しい格好してナイフを首元に当ててたし疑われるのは仕方無いけど、話くらい聞けよ!」
ヤバい。キレそう。
『マスター。冷静さを保ったままでいましょう。どうやら、彼女は何か勘違いをしているようですから』
一回、大きく深呼吸だ。
「ふーーー」
『ありがとシルバ。ちょっと落ち着けたわ』
マジ惚れそう、シルバに。
それに比べて……この目の前の女はまだ剣を構え、俺を睨みつけている。
「もういいわ。あなたと話すことなんて何ひとつ……」
グゥゥゥ!
大きな音が彼女の話を遮る。
……何の音?
お腹が鳴ったような音が聞こえた気がするけど……。
いや、俺かなりお腹減ってるんだけど、俺じゃない気が……。
もしかしてと思って彼女を見てみた。
すると、彼女は茹でたタコのように真っ赤になった顔を隠すように俯き、剣はプルプルと震えていた。
「プッ!」
俺だって必死だった。一生懸命笑いを堪えようとしたんだが…無駄な足搔きに終わってしまった。
……ざまぁなんて思ってないですからね? ホントだよ。
「……殺す」
物騒なことを呟いた彼女は、プルプルと震えながら涙目になってしまっていた。
あらやだ、なんかカワイイ……。
ってちょっと待て。俺ってSだったのか……!?
『マスター、最低ですね』
『しょうがないだろ! 不可抗力だ!』
おっと。シルバと楽しくおしゃべりしてる場合じゃない。
彼女、今すぐにでも俺に切りかかって来そうだ。
もう話し合い出来なくね?
全く……。
しょうがない。
こうなったら俺が折れるしかないな。
「あーあ! どうしよっかなぁ!」
俺は彼女に背中を見せ、先ほど狩ったフユシカを指差しながら、大声を張り上げた。
「こんな大物を仕留めたのに、とてもじゃないけど一人じゃ食べきれないよぉ!
誰か一緒に食べてくれる人いないかなぁ!」
チラチラ彼女の様子を伺う。
『……マスター、信じられない程の棒読みです。演技は絶望的に下手ですね』
『うるせえ! ンな事は分かってるっての!』
シルバめ。小言が多い。
だが、彼女にはかなり効果があったみたいだ。
よだれを垂らしながら「……肉」と呟いたかと思えば、首をブンブン横に振り「駄目よ!」と誘惑を振り払おうとしていた。
『……マスター。なぜか効果は抜群のようです』
なんであんな棒読みで効いてんだよ。
言った本人の俺が一番驚いてるよ。
まあでも、相当腹減ってるってことか?
腹の鳴る音もとんでもないボリュームだったしな。
よし。最後の一押しだ。
俺は、雪の上に落としたナイフの姿であるシルバを拾い上げる。
「よーし。今からこのナイフで内臓取り出そうかなぁ? ついでに、このシカの血抜きの時に体に付いた血も落とさないとなぁ」
さて。これで彼女に言い訳を聞かせることが出来たわけだが……。
恐る恐る様子を伺うと、彼女はゆっくりと剣を雪の上に置いた。
「……一人で食べきれないのなら、その肉を食べることに協力しても構わないわ」
なんで上から目線なのかという疑問は一旦飲み込んで、とりあえず剣を置いてもらうことに成功した。
全く取り付く島もないって状態よりはだいぶ良くなったな。
「ただし、まだあなたのこと信用したわけではないわ。勘違しないことね」
「へいへい。分かりましたよ」
俺はフユシカを担ぎ、川で洗いながら内臓を取り出す作業を始めたんだが……なんか視線を感じる。
「……何か言いたい事でも?」
水に触れかじかんだ手を息で温めながら、俺は彼女に問いかけた。
「言いたい事なんて無いわ。私の事を気にする暇があったら、手を動かした方がいいと思うのだけれど?」
こいつどんだけ腹減ってんだよ。
いや、俺も起きてから何も食ってないから減ってるんだけど……。
もしかしたら、彼女何日も飯食ってない可能性あるかもな。
しょうがない。寒いけど集中してさっさと捌くぞ。
シルバのアシストもあったが、内臓を取り出すのに想定していたよりも時間がかかってしまった。今回はかなりの大物だったし、内臓の大きさも量も桁違いだ。
そんなフユシカの腹部は、内臓を取り出した為に大きな空洞になっていた。
最後にその空洞部分を川の水で綺麗にしたらおしまいだ。
よし。とりあえず内臓の処理はオッケー。
んじゃ、焚火まで運びましょ。
俺は巨大なフユシカを背負う。
「すぐ近くに火を起こす場所がある。そこで焼くから、付いてきてくれ」
「わかったわ」
彼女はぶっきらぼうに返事をすると、俺からかなり離れた後方から付いてきた。
キャンプ地と言っても、焚火が出来るように石を適当に並べてあるだけで他には特に何もない。
しかも川からは50メートルほどしか離れていない。歩いてすぐにたどり着いた。
季節が冬なせいで、火を起こす場所は雪で覆われていた。
まずはこの雪をさっさとどけないといけない。
もちろん使うのは
雪はスーッと溶けて消える。これは気持ちいい。
さてと。準備はOKだ。調理開始ィ!
俺の脳内には、平日のお昼に昔からテレビで放送されている某料理番組の音楽が流れだした。
あーあ。異世界にもマヨネーズとタラコがあればなぁ。
残念ながら、そんなものは無い。どころか、この森じゃまともに塩も手に入らない。
いつも通り、適当に丸焼きでいいでしょ。
まずは、ササっと皮を剥ぐ。
こいつの皮に生えている毛はかなりもふもふで、冬を乗り切るには貴重な資源だ。
服に加工するもよし、そのまま布団として使うもよしと用途も多岐にわたる。
だが、今は調理優先。
背後から早くしろという謎の圧をひしひしと感じているところだ。
太めの木に皮を剥いだフユシカの前足、後ろ足をそれぞれツタで硬く結ぶ。
もちろんツタも植物で、冬には手に入らないから、夏に大量に確保しておいた。
まあ、この森では、夏と言っても6日前だけど。
そして、2本の木を交差させたものを二組準備し、フユシカの足を縛った木を慎重に乗せる。
後は焼くだけだ。
適当に集めた小枝を燃やし、その上の煙が当たるように吊るしたシカを置く。
今回の獲物はかなりデカいな。吊るす木は、いつも使うものより太めのものを使ったが、途中で折れないか心配だ。
とりあえずこれでOK。あとは待つだけ。
「煙しか当たっていないようだけど、本当に火が入るの?」
「大丈夫だ。こうしないと中に火が通る前に周りが焦げだらけになっちまうからな。どうせなら全部美味しくいただきたいだろ?」
「そう。ならいいけど」
だからなんでコイツは上から目線なんだマジで。
えらい高そうな鎧来てたし、どっかの貴族か?
「まだ焼きあがるまで時間かかるぞ」
俺は焚火のそばに座り込む。
かじかんだ手を焚火に近付けると、だんだんと心地よい感覚に包まれていく。
ハーっと吐かれた息は、すぐに白くなって溶けた。
彼女の方は……まだ俺を警戒してか、離れたところに突っ立っている。
「寒いだろ。こっちに来て温まったらどうだ?」
「……そうさせてもらうわ。ただし、まだあなたの事を信……」
「はいはい。信用してないんでしょ」
俺が言葉を遮ると、ぶすっとした顔をしながら、彼女は焚火を挟んだ俺の対面にゆっくりと腰を下ろした。
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