第50話「選択肢を提示される」
──数日後──
「いらっしゃいませー」
「こ、こ、こ、こんにちはっ!」
数日後。
バイト先で仕事をしていたら、
以前と同じように、
また、ひとりで抜け出してきたらしい。
「こ、ここここんにちは。こ、今回もお、おすすめを」
「
「そ、そそそそ、それで!」
「ありがとうございます。お支払いは現金で?」
「ん!」
震える手で、一万円札を突き出す八重垣織姫。
今回は
彼女も、慣れてきたみたいだ。
「て、店員さん!」
会計を済ませてから、彼女は、
「少し、お時間をもらっても、いい、ですか?」
「はい?」
「は、はい。ボクはトキシンさんと────」
だだだだだだだだっ!
「……い、いえ、違います。店員のあなたと、その……お話がしたくて」
ん? 休憩室から、みのり先輩が飛び出してきたような気がしたんだけど。
振り返っても誰もいない。気のせいかな……?
俺は八重垣織姫に向き直る。
彼女は頬を
「あなたは、ボクの憧れの人を知ってるんじゃないかと思ったんです」
「俺の
「うん。待ってる」
「人目につかない席をご用意します」
八重垣織姫がうなずくのを確認して、俺は天井をあおいだ。
彼女を甘く見てたみたいだ。
そうだよな。八重垣織姫はBランクの異能者だもんな。
八重垣織姫なら、ブラッド=トキシンの正体に気づいても不思議はないんだ。
「…………うーん。君って、意外と
期間限定の
「側にいると気配や、身体の動きでわかるんだ。君がその……ボクが尊敬する、あの使い魔の人だって」
「本当に……?」
「うん。まじに」
なんてことだ。
仮面とローブを着けてても、わかる人にはわかるのか……。
「あと、ボクに向かって『ハンバーガー』って言っちゃったのは
「
「七柄は気づいてなかったから、人によると思うんだけど──」
そう言って、八重垣織姫はハンバーガーをトレーに置いた。
それから、俺に向かって、深々と頭を下げる。
「そういえば、事件のときはごめんね。ボクの部下のせいで、君たちにも迷惑をかけちゃった」
「あなたのせいじゃないですよ」
「わかってる。でも、ボクはあの子の上司だったんだよ」
八重垣織姫は、唇をかみしめる。
目には涙がにじんでいる。
彼女も俺と同じように、転移事件の真実を知ったんだろう。
ショッピングモールの転移事件を起こしたのは、八重垣織姫の部下の
彼は八重垣織姫に仕えることに不満を感じていた。
独立するために、自分のチームを作ろうとしていたんだ。
チームの構成員は、Eランク以下の異能者たち。
『危険地帯にデリバリー呼んでみた』の動画を
彼らは六曜の協力を得て、あらゆる手段で動画をバズらせようとしていた。
けれど、うまく行かなかった。
成果を上げてから独立しようと思っていた六曜は、
だから彼は、『配信者ギルド』以外の動画配信サービスを利用することを考えた。
それが『ディープ・マギウス』だった。
六曜が登録すると『ディープ・マギウス』からは新たな動画のコンセプトと共に、魔術具が送られてきた。
それを『結界用の魔術具だと偽って、部下に使わせるように』という指示も。
人々を魔界のショッピングモールに転移させた後、六曜が
他の誰にもできない方法で、人々を救う。
それが六曜の計画で、『ディープ・マギウス』の提案だったそうだ。
六曜はチームの連中にも、正体を隠していた。
だから転移事件を起こした連中の証言からも、六曜のことがわからなかった。
結局、八重垣家の調査によって、六曜が『ディープ・マギウス』と接触していることと、外部に自分のチームを作っていることがわかった。
六曜司は捕らえられ、裁判を受けることになった。
八重垣家も、ホームページに謝罪文を掲載することになった、というわけだ。
「……ボクも、しばらくは活動
八重垣織姫は、アイスコーヒーに口をつけた。
「でも、ボクはこれからも魔界を消すために戦いたいと思ってる。許可がもらえたら、また魔界に入るつもりだよ」
いい人だな。八重垣織姫は。
配信者としては蛍火よりも人気があるのに、少しも偉そうじゃない。
ただ、町のことを考えて、『攻略配信』をやってる。
部下の六曜ことは……不運だったと思うしかない。あれが八重垣織姫のせいじゃないとしても、上司として、責任は取らなきゃいけないんだろう。
「もし、ボクがソロで『攻略配信』をやることになったら、手伝ってくれないかな」
八重垣織姫はうつむきながら、そんなことを言った。
「トキさ……ううん。君の人気を利用するつもりはないよ。あの姿じゃなくてもいいんだ。ただ、君が側にいたら、安心して『攻略配信』できるような気がするんだ」
「そうなんですか?」
「『ポラリス』には、ボクからお願いしてみるよ。考えておいてくれないかな」
そうして、話をしているうちに、休憩時間は終わりになった。
俺は仕事に戻り、八重垣織姫はカウンターに手を振りながら帰って行った。
……八重垣織姫とパーティを組んで、『攻略配信』か。
『ブラッド=トキシン』の姿じゃなくていいなら、できるかもしれない。
もちろん、契約があるから、蛍火とアルティノに話を通す必要があるけど。
八重垣織姫は……妙にほっとけないところがある。
俺は隙が大きいそうだけど、八重垣織姫だって相当なもんだ。
堂々と俺に会いに来て、頭を下げてみせるんだから。
彼女のファンが近くにいたら大変なことになるところだ。まったく。
そんなことを考えながら、俺は仕事を続けるのだった。
バイトを終えてアパートに帰ると……手紙が来ていた。
差出人を見ると──『配信者ギルド』だった。
……なんだろう。
心当たりがまったくないんだけど。
『配信者ギルド』から手紙が来るのはわかる。
あっちには俺の本名と住所を伝えてあるからな。
金銭のやりとりが発生するからには、個人情報を渡しておく必要があったんだ。
だけど、普通だったら連絡は『ポラリス』経由で来るはず。
俺の方に手紙が来る理由がわからない。なんだろう、これ。
封を開けてみると、A4サイズの紙とパンフレットが入っていた。
手紙に書かれていたのは──
『大学への
ブラッド=トキシンとしてのご活躍、およろこび申し上げます。
「配信者ギルド」は、あなたの異能者としての能力を高く評価しております。
『魔界ショッピングモール』における誘拐事件の解決には、あなたに多大な功績があります。
よって、桐瀬さまには攻略配信者『Cランク』を授与することが決定しました。
それにあわせて、桐瀬さまには
特典は次の通りです。
・授業料の免除
・入学試験の簡易化 (筆記試験を免除します。試験は面接のみとなります)
・
以上です。
なお、所属する学部は、基本的には異能者育成学部となりますが、一般向けの学部を選ぶことも可能です。
当大学には一般の学生も入学しております。
ですが、学長・職員ともに異能者です。
異能を持つ皆さまも、安心して学べると考えております。
質問事項につきましては、「配信者ギルド」にお問い合わせください。
また、推薦入学には所属している魔術組織の許可が必要となります。
そのため魔術結社『ポラリス』の
どうか、前向きにご検討ください。
「配信者ギルド」福利厚生係』
「……大学への、推薦入学?」
しかも、授業料は免除。
Bランク以上になれば、寮費も免除……って。
……進学できるのか? 俺が?
学費がないから、大学には行けないと思ってたのに。
『攻略配信』で成果を上げたから、進学できる……ってこと?
いやいや、待て待て。
『配信者ギルド』から案内が来たってことは、その大学は異能者を育てる場所だ。
一般の学生も入学してるとはいっても、異能者向けのところに違いない。
俺はずっと『攻略配信』を続けるわけじゃないからな。
いつかは、どこかの会社に就職しなきゃいけない。
履歴書に、異能者が行く大学の名前を書くのは……どうなんだろう。
異能者育成学部卒って、就職活動にどれくらい役立つんだ?
「パンフレットには『私立
なんとなく、パンフレットを開いてみる。
最初に飛び込んできた文字は──
「校舎はふたつ。異能者育成校舎と……普通校舎!?」
異能者育成校舎にあるのは、当然だけど、異能者を育成するための学部。
そして、普通校舎にあるのは──文学部、理学部などの、一般的な学部だった。
異能者が通うこの大学には、普通の学部がある。
そこに入学すれば、俺は……当たり前の人のように、大学生になれる。
高校を卒業して終わりじゃない。
進学して、
しかも、学費免除で。
「…………いや、飛びつくのはあぶない。あとで『やっぱり異能者学部に入れ』とか言われるかもしれない。だけど……」
気づくと俺は、大学のパンフレットを読み込んでいた。
目の前に現れたのは、思いがけない選択肢だった。
進学するのか、しないのか。
異能者としての道を選ぶのか、一般人としての道を選ぶのか。
予想外の道が、俺の前に開けている。
今まで自分でなにかを選べるなんてこと、なかったのに。
……一般人として、生きていいのか?
異世界エルサゥアの戦いは終わってる。
俺はあっちの世界で、7年間の経験と、スキルと護身術を身につけて戻ってきたけど、そんなものに未練なんかない。いらない。使う必要がなければ、ずっと使わないでいられる。
そうすれば、いつか、自分にスキルがあることなんて忘れるかもしれない。
異世界のことも、実際にあったかどうかもわからなくなって、普通の人間として生きるようになるかもしれない。
「…………だけど」
この世界には、魔界がある。
異形の魔物がうろついていて、変な異能者が実験を行っている、魔界が。
放っておいて消えるものじゃない。
誰かが、あれを消さなきゃいけない。
……たぶん、俺が一般人に戻ったあとも、蛍火やアルティノや八重垣織姫は、魔界を消すために戦い続けるんだろうな。
『魔界攻略』は配信されるから、俺もそれを見ることになるはず。
俺が『攻略配信』をやめたあとも、彼女たちは戦っていて、そのうち『特異点』なんてものも出てきて……。
「…………ああもう。しょうがないな」
魔術結社『ポラリス』との契約は、まだ残ってる。
生活費も稼がなきゃいけない。
もうしばらくは『攻略配信』を続けよう。
で、この推薦入学の案内をどうするかだけど──
「…………決めた」
進学する機会を逃したら、たぶん、後悔する。
だから進学するのは決定で、あとは学部を選ぶだけ。普通科か、異能者育成学科か。今決める必要はないけれど、俺のやりたいことはもう、決まってる。
俺は自分がどうして、異世界に召喚されなきゃいけなかったのか、知りたい。
もう一度、異世界エルサゥアに行って、自分のしたことの結果を見たい。
そんなことを考えながら、俺は同封されていた願書を再確認。
改めて『推薦には魔術組織の許可が必要』の文字を読んで、スマホに手を伸ばす。コール2回目で電話口に出たのは蛍火だった。後ろでレーナ=アルティノの声も聞こえる。
俺は、願書の文字を再確認。
それから、ゆっくりと深呼吸して。
「──進路のことで相談があるんです」
そうして俺は、自分が選んだ選択肢を、蛍火とアルティノに伝えたのだった。
──────────────────────
ここで、このお話は一区切りとなります。
ここまでお読みいただきまして、ありがとうございました!
異世界帰りの俺が、美少女異能配信者の使い魔になった件 -異能バトルと魔界攻略、配信します- 千月さかき @s_sengetsu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます