第50話「選択肢を提示される」

 ──数日後──




「いらっしゃいませー」

「こ、こ、こ、こんにちはっ!」


 数日後。

 バイト先で仕事をしていたら、八重垣織姫やえがきおりひめがやってきた。


 以前と同じように、野球帽やきゅうぼう目深まぶかかぶってる。

 七柄ななつかの姿はない。

 また、ひとりで抜け出してきたらしい。


「こ、ここここんにちは。こ、今回もお、おすすめを」

酒粕さけかすマグロバーガーのセットでよろしいですか?」

「そ、そそそそ、それで!」

「ありがとうございます。お支払いは現金で?」

「ん!」


 震える手で、一万円札を突き出す八重垣織姫。

 今回は紙幣しへいわしづかみにしてない。

 彼女も、慣れてきたみたいだ。


「て、店員さん!」


 会計を済ませてから、彼女は、


「少し、お時間をもらっても、いい、ですか?」

「はい?」

「は、はい。ボクはトキシンさんと────」



 だだだだだだだだっ!



「……い、いえ、違います。店員のあなたと、その……お話がしたくて」


 ん? 休憩室から、みのり先輩が飛び出してきたような気がしたんだけど。

 振り返っても誰もいない。気のせいかな……?


 俺は八重垣織姫に向き直る。

 彼女は頬を紅潮こうちょうさせて、緊張した表情で、


「あなたは、ボクの憧れの人を知ってるんじゃないかと思ったんです」

「俺の休憩時間きゅうけいまで、あと5分ありますけど」

「うん。待ってる」

「人目につかない席をご用意します」


 八重垣織姫がうなずくのを確認して、俺は天井をあおいだ。

 彼女を甘く見てたみたいだ。

 そうだよな。八重垣織姫はBランクの異能者だもんな。


 八重垣織姫なら、ブラッド=トキシンの正体に気づいても不思議はないんだ。






「…………うーん。君って、意外とすきが多いよ?」


 期間限定の酒粕さけかすマグロバーガーを手に、八重垣織姫は言った。


「側にいると気配や、身体の動きでわかるんだ。君がその……ボクが尊敬する、あの使い魔の人だって」

「本当に……?」

「うん。まじに」


 なんてことだ。

 仮面とローブを着けてても、わかる人にはわかるのか……。


「あと、ボクに向かって『ハンバーガー』って言っちゃったのは致命的ちめいてきだったよ。気をつけた方がいいよ」

すきだらけなんですね。俺って」

「七柄は気づいてなかったから、人によると思うんだけど──」


 そう言って、八重垣織姫はハンバーガーをトレーに置いた。

 それから、俺に向かって、深々と頭を下げる。


「そういえば、事件のときはごめんね。ボクの部下のせいで、君たちにも迷惑をかけちゃった」

「あなたのせいじゃないですよ」

「わかってる。でも、ボクはあの子の上司だったんだよ」


 八重垣織姫は、唇をかみしめる。

 目には涙がにじんでいる。

 彼女も俺と同じように、転移事件の真実を知ったんだろう。


 ショッピングモールの転移事件を起こしたのは、八重垣織姫の部下の六曜司ろくようつかさだった。

 彼は八重垣織姫に仕えることに不満を感じていた。

 独立するために、自分のチームを作ろうとしていたんだ。


 チームの構成員は、Eランク以下の異能者たち。

『危険地帯にデリバリー呼んでみた』の動画をっていたのも、その仲間だ。

 彼らは六曜の協力を得て、あらゆる手段で動画をバズらせようとしていた。


 けれど、うまく行かなかった。

 成果を上げてから独立しようと思っていた六曜は、あせった。

 だから彼は、『配信者ギルド』以外の動画配信サービスを利用することを考えた。


 それが『ディープ・マギウス』だった。

 六曜が登録すると『ディープ・マギウス』からは新たな動画のコンセプトと共に、魔術具が送られてきた。

 それを『結界用の魔術具だと偽って、部下に使わせるように』という指示も。


 人々を魔界のショッピングモールに転移させた後、六曜が颯爽さっそうと現場に現れて、『魔界化コア』を入手する。

 他の誰にもできない方法で、人々を救う。

 それが六曜の計画で、『ディープ・マギウス』の提案だったそうだ。


 六曜はチームの連中にも、正体を隠していた。

 だから転移事件を起こした連中の証言からも、六曜のことがわからなかった。


 結局、八重垣家の調査によって、六曜が『ディープ・マギウス』と接触していることと、外部に自分のチームを作っていることがわかった。

 六曜司は捕らえられ、裁判を受けることになった。

 八重垣家も、ホームページに謝罪文を掲載することになった、というわけだ。


「……ボクも、しばらくは活動自粛じしゅくすることになったんだ」


 八重垣織姫は、アイスコーヒーに口をつけた。


「でも、ボクはこれからも魔界を消すために戦いたいと思ってる。許可がもらえたら、また魔界に入るつもりだよ」


 いい人だな。八重垣織姫は。

 配信者としては蛍火よりも人気があるのに、少しも偉そうじゃない。

 ただ、町のことを考えて、『攻略配信』をやってる。

 部下の六曜ことは……不運だったと思うしかない。あれが八重垣織姫のせいじゃないとしても、上司として、責任は取らなきゃいけないんだろう。


「もし、ボクがソロで『攻略配信』をやることになったら、手伝ってくれないかな」


 八重垣織姫はうつむきながら、そんなことを言った。


「トキさ……ううん。君の人気を利用するつもりはないよ。あの姿じゃなくてもいいんだ。ただ、君が側にいたら、安心して『攻略配信』できるような気がするんだ」

「そうなんですか?」

「『ポラリス』には、ボクからお願いしてみるよ。考えておいてくれないかな」


 そうして、話をしているうちに、休憩時間は終わりになった。

 俺は仕事に戻り、八重垣織姫はカウンターに手を振りながら帰って行った。


 ……八重垣織姫とパーティを組んで、『攻略配信』か。

『ブラッド=トキシン』の姿じゃなくていいなら、できるかもしれない。

 もちろん、契約があるから、蛍火とアルティノに話を通す必要があるけど。


 八重垣織姫は……妙にほっとけないところがある。

 俺は隙が大きいそうだけど、八重垣織姫だって相当なもんだ。

 堂々と俺に会いに来て、頭を下げてみせるんだから。

 彼女のファンが近くにいたら大変なことになるところだ。まったく。


 そんなことを考えながら、俺は仕事を続けるのだった。







 バイトを終えてアパートに帰ると……手紙が来ていた。

 差出人を見ると──『配信者ギルド』だった。

 ……なんだろう。

 心当たりがまったくないんだけど。


『配信者ギルド』から手紙が来るのはわかる。

 あっちには俺の本名と住所を伝えてあるからな。

 金銭のやりとりが発生するからには、個人情報を渡しておく必要があったんだ。

 だけど、普通だったら連絡は『ポラリス』経由で来るはず。

 俺の方に手紙が来る理由がわからない。なんだろう、これ。


 封を開けてみると、A4サイズの紙とパンフレットが入っていた。

 手紙に書かれていたのは──



『大学への推薦入学すいせんにゅうがくのご案内



 桐瀬柳也きりせりゅうやさま。

 ブラッド=トキシンとしてのご活躍、およろこび申し上げます。

「配信者ギルド」は、あなたの異能者としての能力を高く評価しております。


『魔界ショッピングモール』における誘拐事件の解決には、あなたに多大な功績があります。

 よって、桐瀬さまには攻略配信者『Cランク』を授与することが決定しました。

 それにあわせて、桐瀬さまには提携大学ていけいだいがくへの推薦入学の権利が発生します。


 特典は次の通りです。



・授業料の免除

・入学試験の簡易化 (筆記試験を免除します。試験は面接のみとなります)

学生寮がくせいりょうに入る権利(Bランク以上の場合、寮費りょうひが免除となります)



 以上です。

 なお、所属する学部は、基本的には異能者育成学部となりますが、一般向けの学部を選ぶことも可能です。


 当大学には一般の学生も入学しております。

 ですが、学長・職員ともに異能者です。

 異能を持つ皆さまも、安心して学べると考えております。


 質問事項につきましては、「配信者ギルド」にお問い合わせください。

 また、推薦入学には所属している魔術組織の許可が必要となります。

 そのため魔術結社『ポラリス』の代表取締役だいひょうとりしまりやく、レーナ=アルティノさまにも、同様の案内をお送りしております。


 どうか、前向きにご検討ください。



「配信者ギルド」福利厚生係』




「……大学への、推薦入学?」


 しかも、授業料は免除。

 Bランク以上になれば、寮費も免除……って。


 ……進学できるのか? 俺が?

 学費がないから、大学には行けないと思ってたのに。

『攻略配信』で成果を上げたから、進学できる……ってこと?


 いやいや、待て待て。

『配信者ギルド』から案内が来たってことは、その大学は異能者を育てる場所だ。

 一般の学生も入学してるとはいっても、異能者向けのところに違いない。


 俺はずっと『攻略配信』を続けるわけじゃないからな。

 いつかは、どこかの会社に就職しなきゃいけない。

 履歴書に、異能者が行く大学の名前を書くのは……どうなんだろう。

 異能者育成学部卒って、就職活動にどれくらい役立つんだ?


「パンフレットには『私立 銀晶ぎんしょう大学』ってあるけど……」


 なんとなく、パンフレットを開いてみる。

 最初に飛び込んできた文字は──


「校舎はふたつ。異能者育成校舎と……普通校舎!?」


 異能者育成校舎にあるのは、当然だけど、異能者を育成するための学部。

 そして、普通校舎にあるのは──文学部、理学部などの、一般的な学部だった。


 異能者が通うこの大学には、普通の学部がある。

 そこに入学すれば、俺は……当たり前の人のように、大学生になれる。

 高校を卒業して終わりじゃない。

 進学して、選択肢せんたくしを増やすことができるんだ。

 しかも、学費免除で。


「…………いや、飛びつくのはあぶない。あとで『やっぱり異能者学部に入れ』とか言われるかもしれない。だけど……」


 気づくと俺は、大学のパンフレットを読み込んでいた。

 目の前に現れたのは、思いがけない選択肢だった。


 進学するのか、しないのか。

 異能者としての道を選ぶのか、一般人としての道を選ぶのか。


 予想外の道が、俺の前に開けている。

 今まで自分でなにかを選べるなんてこと、なかったのに。


 ……一般人として、生きていいのか?

 異世界エルサゥアの戦いは終わってる。

 俺はあっちの世界で、7年間の経験と、スキルと護身術を身につけて戻ってきたけど、そんなものに未練なんかない。いらない。使う必要がなければ、ずっと使わないでいられる。

 そうすれば、いつか、自分にスキルがあることなんて忘れるかもしれない。

 異世界のことも、実際にあったかどうかもわからなくなって、普通の人間として生きるようになるかもしれない。


「…………だけど」


 この世界には、魔界がある。

 異形の魔物がうろついていて、変な異能者が実験を行っている、魔界が。

 放っておいて消えるものじゃない。

 誰かが、あれを消さなきゃいけない。


 ……たぶん、俺が一般人に戻ったあとも、蛍火やアルティノや八重垣織姫は、魔界を消すために戦い続けるんだろうな。

『魔界攻略』は配信されるから、俺もそれを見ることになるはず。

 俺が『攻略配信』をやめたあとも、彼女たちは戦っていて、そのうち『特異点』なんてものも出てきて……。


「…………ああもう。しょうがないな」


 魔術結社『ポラリス』との契約は、まだ残ってる。

 生活費も稼がなきゃいけない。

 もうしばらくは『攻略配信』を続けよう。


 で、この推薦入学の案内をどうするかだけど──


「…………決めた」


 進学する機会を逃したら、たぶん、後悔する。

 だから進学するのは決定で、あとは学部を選ぶだけ。普通科か、異能者育成学科か。今決める必要はないけれど、俺のやりたいことはもう、決まってる。


 俺は自分がどうして、異世界に召喚されなきゃいけなかったのか、知りたい。

 もう一度、異世界エルサゥアに行って、自分のしたことの結果を見たい。


 そんなことを考えながら、俺は同封されていた願書を再確認。

 改めて『推薦には魔術組織の許可が必要』の文字を読んで、スマホに手を伸ばす。コール2回目で電話口に出たのは蛍火だった。後ろでレーナ=アルティノの声も聞こえる。


 俺は、願書の文字を再確認。

 それから、ゆっくりと深呼吸して。


「──進路のことで相談があるんです」


 そうして俺は、自分が選んだ選択肢を、蛍火とアルティノに伝えたのだった。



──────────────────────


 ここで、このお話は一区切りとなります。

 ここまでお読みいただきまして、ありがとうございました!





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異世界帰りの俺が、美少女異能配信者の使い魔になった件 -異能バトルと魔界攻略、配信します- 千月さかき @s_sengetsu

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