学校ではキイロと一緒にいることが多くなった。

 私は下心が透けて見えるから異性と仲良くするのが苦手だし、同性からは嫌われやすいので孤立している。

 転校してきたばかりで知り合いが全くいない状態のキイロにとっては、ずっと一人でいる私の方が話しかけやすかったのだろう。出来上がった人の輪に入るより使うエネルギーも少ないはずだ。

 さて、キイロと仲良くなったことで変化が起きた。ずっと私を悩ませていた嫌がらせが、一切合切なくなったのである。理由はキイロの存在しか考えられなかった。私より美人のキイロが現れたことで、美人だからという私への嫌がらせの動機が意味をなさなくなったのだ。では私の代わりにキイロが何らかの嫌がらせを受けているかというと、そんな様子はない。

 こちらも理由はハッキリしている。

 位が違うからだ。

 言葉にすれば私もキイロも「美人」だけれど、その位が一桁も二桁も違う。

 所詮私は「手が届きそうな美人」だったわけだ。

 そしてキイロは「手が届かない美人」である。

 私は引きずり落とせそうだから嫌がらせを受けていた。キイロは何をしても及ばないから何もされない。

 それだけのこと。

 やはり母の言うとおり、私は他の女子より垢抜けているだけで、同世代の中で相対的な美人だったというわけだ。高校生になれば、大学生になれば、社会人になれば、私以上の美人なんていくらでも現れるのだろう。

 そして、その最初の一人が多々良キイロだったというだけの話。

 絶対的な美人。

 キイロのおかげで、私はずっと抱えていた悩みから解放された。最近は登校時の足取りも軽い。

 そんなある日、キイロが学校を欠席した。体調不良らしい。特に心配はしなかった。一人で過ごす学校は久しぶりで、どこか寂しく感じられた。少し前まではこれが当たり前だったのに。

 帰りのホームルームで明日の時間割の変更が担任教師から伝えられた。そして、その連絡をキイロに伝えてほしいと、担任は私に頼んだ。キイロと私は何かと一緒にいるので仲が良いと思われたのだろう。しかし、友達と呼べるような関係ではない。何せ連絡先の交換すらしていないのだ。プライベートの関わりなど一切なく、学校内でのみ一緒にいるだけの間柄である。なので私にはキイロに時間割の変更を伝える手段がなかった。

 そのことを担任に話して担任から電話してもらえばよかったのだけれど、私は何も言わずに頷いて、承諾の意を示した。無意識にそうしていたのだ。

 翌日、時間割の変更を知らなかったキイロは、その教科の教科書もノートももちろん持ってきておらず、忘れ物に厳しい先生に強めの注意を受けた。キイロがそんなふうに失態を晒すところを、私は初めて見た。クラスメイトも同じだろう。

「ごめん、連絡先知らなかったから」授業が終わってすぐ、私はキイロが何か言うより先に謝った。

「気にしてないよ」本当に心から気にしていないことがわかる口調と表情で、キイロは片手を挙げて軽く振った。

 この機会に連絡先を交換しようか、という話にはならなかった。正直、私もそうなる可能性は五分五分だと思っていたのでがっかりするようなことはなかった。

 やはり私とキイロの関係はそんなものなのだと、確信することになっただけである。結局のところ、キイロにとって私は大した存在ではなかったのだ。

 三年生になってもろくに友達もおらず一人の私だったから。席が前後だったから。だから話しかけやすかったというだけのこと。キイロも学校で孤立した状態は避けたいと思っていて、そのために私が偶然選ばれたというだけのこと。

 それでも、私とキイロの関係は変わらず続いた。

 やがて、卒業式を待つまでもなく、クラスの集合写真を撮る機会が訪れた。六月の修学旅行である。

 現像された写真を見たとき、最初に目が行ったのはキイロだった。予想通りである。

 キイロがいるおかげで、写真の中の私の存在感は他の女子と同じになっていた。

 私にとって悪い魔女でしかなかった、嫌がらせをしてくる女子と同じになっていたのだ。

 私は嫌がらせを受けなくなった。

 キイロが嫌がらせを受けている様子はない。

 ただ、キイロに時間割の変更が伝わらないようにした私の行為は、言葉にすると「嫌がらせ」にならないだろうか。その考えに至った時、心臓を掴まれたような感覚。それは、キイロと初めて話した際に一瞬だけ感じたものと同じだった。違うのは、今回は一瞬ではなく、じんわりと広がるようにその感覚が続いたことである。

 ようやくこの気持ちが何なのか、私は理解した。

 そして、今まで私に嫌がらせをしてきた女子達に同情の念を抱いたのだった。

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私が美人だから 草村 悠真 @yuma_kusamura

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