多々良キイロは今年度からやってきた転校生だった。私を含め、全ての生徒が彼女のことを知らなかったわけである。新しいクラスの教室で全く知らない生徒が中央で堂々と座っていたら、近づき難いだろう。それに、その女子生徒が一線を画するほどの美人だとすれば尚更だ。

 そう、多々良キイロは美人だった。

 それに、ただ美しいだけではない。なんと言えばいいのか、彼女は存在感が強い。存在感の強弱なんて意識したこともなかったけれど、そういう表現が最もしっくりきたし、多々良キイロの姿を見ると、意識せざるを得なくなる。

 私は、初めて自分以外の人を美人だと思った。もちろん、テレビや雑誌で見るアイドルやモデルに対してそう思うことはあるけれど、こうして直接目の当たりにした人に対してそう思ったのは、思い出せる限り初めてだった。

 どうせすぐに席替えがあると予想されるけれど、最初の席は名字の五十音順だ。

 名字が多比良の私は、キイロの前の席だった。しかし振り返ることができない。それがとても失礼なように感じたからだ。彼女に軽い気持ちで近づいてはいけない。そう思わせる何かをキイロは持っている。だからこそ、教室に入った時のあの状態だ。きっと他のクラスメイトも漏れなく同じように感じたのだろう。

 そのまま後ろの席を意識しつつ、その席を見れないまま教卓に立って喋る担任教師を固まったように私は見つめていた。そして朝のホームルームが終わると、背中を突かれた。

 驚いて振り返る。右手の人差し指を突き出した多々良キイロと目が合った。

「名字、一文字違いだね」

 彼女は多々良。私は多比良。

「そう……、だね」あまりに普通の、たわいもないことを言われて拍子抜けしつつも私は頷いた。

 それにしても、近くで見ると本当に整った顔だ。どれだけ近くで見ても粗を見つけられそうにない。

 私が顔を観察しているのに気付いてか、キイロは最初に見た時と同じ不敵な笑みを浮かべた。しかし嫌味に感じない、堂々とした表情だった。私は目を離せなくなる。

 ほんの数秒だったと思うけれど、私には何十秒にも感じられた。

「見惚れた?」キイロが机に肘をついて、私に顔を近づけてくる。「私が美人だから」

 私が美人だから。

 同じ台詞を、私は何度も心の内で発している。

 女子に嫌がらせを受けるのは、私が美人だから。

 男子がチラチラとこちらを見ているのは、私が美人だから。

 世界を生きにくいと感じるのは、私が美人だから。

 しかし、口に出して言ったことはなかった。それを彼女はたやすく口にしたのだ。それが当たり前で、何の不思議もないかのように。

 きっと一年後、このクラスでの最後の日に撮る記念写真を見たとして、最初に目につくのは私ではなく多々良キイロだろう。

 そう思った時、私は一瞬だけ心臓を掴まれたような気持ちになった。それがどういう気持ちなのか、考える間もなく忘れてしまうほど一瞬だったのだけれど。

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