5.お姉さんに……

 凛が口を開くのを待っていたらひょっとしたら夜が明けてしまうかもしれない。だが茜はそれでもかまわないと思っていた。この年代、夜更かしするのに抵抗を覚える物はあまりいなくてむしろ夜の『魔性』に心惹かれるものが多い。


 ただ、それを自己表現と勘違いしてしまう怖さが裏に潜んでいる事を学んでおかないと後々困った事になる。しかし若さはそんな後悔など逆に希望に変換出来る勢いを持っていて一度や二度転んだところでそれは何ら障害にはならないのだ。失敗して転ぶのは有る意味若者の特権でもありその証明でもある。


「あの、あ、茜さん……」

「はい?」

「その」


 さっきから同じ言葉を繰り返す凛、そしてそれに嫌な顔をせず、その都度付き合う茜。はたから見れば少し妙な光景に見えるかも知れないが、凛が言い淀んでいる意味はそれだけ重大な事を打ち明けようとしている、それがわかるから茜も彼女に付き合うのだ。


 無限ループは果てしなく、まるでエンドレステープの様に同じ時と言葉を繰り返す。しかし茜は信じていた、終わりは必ず来ることを、そしてテープの終端はやって来た。


「あの、つまりその」

「うん……」

「茜さん、ぼ、僕の……」

「うん」

「お、お姉さんになってもらえませんか」

「うん……って、え?」


 茜の目が点になる……


 一瞬時間が止まりすべての音が消え去った様に感じたがブラックアウトは瞬時に回復して時間は再び流れ始めた。そしてあかねは悟った、自分がふられた事を。ただ、一般常識的なふられ方では無くてかなり個性的なふられかただと感じた。


「おねえ……さん?」


 凛は小さく頷いて見せる、その瞳の奥に複雑な感情を混ぜ込みながら。茜にはその複雑な感情が何となく理解出来た。凛の左の薬指に輝く指輪は揺るぎのない物の証であり、決してそれを裏切る事は無い。だが、彼女の心は自分の方にやや傾き始めていた筈なのだ。しかし、それを逆転させてしまった理由が良く分からない、彼女を引き戻した理由がなんであるのか、茜の興味は何故かその一点に集約された。


「どうしてお姉さんなの?」

「うん、なんて言えばいいのかな、僕、茜さんと一緒に居ると物凄く安心出来て」

「安心出来て?」

「良いところも悪いところも全部曝さらけ出しちゃいそうなんだ、それって……」

「それって?」


 凛は一度言葉を区切る、そしてにっこりと微笑んで見せた。


「それって、姉と妹の関係なんじゃないかって思って」


 茜のきょとんとした目つきと視線に凛はちょっとしたすまなさを感じたが自分の思いは素直に正直に伝えるべきと勇気をもってく言葉を紡ぐ。


「その、何と言うか、恋人とか奥さんには自分の良いところだけを見せたいって思うんじゃないかな、だから覆い隠してしまう部分が有ってそれが溜まって齟齬そごに発展して更にすすむと別れが来て……でも、姉妹の関係ってそう言う事が無くてお互いの裏表を包み隠すこと自体が出来なくて、だから、極端に仲が良かったり悪かったり、そう言う事なのかなって……その、思って」


 肩の力がするすると抜けて行く感触に茜は何も言うことが出来なくなった。交際を断る時の常套句じょうとうくと言えば『仲の良いお友達でいましょう』つまり他人の関係でいましょうと言うのが一般的で、実はその手で言い寄って来た男子に対して何人かお断りを入れた経験が有る。しかし凛の言葉の意味はそうではない、少なくとも関係を断ってくれでは無くて逆に深い関係になってくれともとれるその発言に茜の心は波間で揉まれる木端こっぱの様に揺れ動く。


「あの、凛君……私、あなたが言いたい事が良く分からないのだけれど」


 何時もはお姉様然とした態度で接する茜が見せた戸惑いの表情に凛も正直どうして良いのか分からなかった。しかし、素直に心の中身を吐き出すのが今一番必要な事だと凛は思ったのは、それが姉と妹の関係に近づく一歩だと考えたからだった。


「僕は茜さんの恋人にはなれないんだ」

「……どうして」


 凛は左手の薬指を茜に見せる。それが視線に入ったであろう瞬間、茜は何か含むところが垣間見える複雑な表情をしながらちょこんと小首を傾げて見せる。


「でも、完全に関係を断ってしまう気にもなれないんだ……なんかこう、物凄く都合の良い話に聞こえるかも、いや、聞こえるけど僕の本心なんだ」


 微妙な呆れ顔を見せながら茜は右掌を頬に当てながら少し冷えた視線を凛に送る。


「八方美人は嫌われる元よ、虐めに繋がるかも知れないし良いやり方とは思えないわ」


 否定的な話をし始めた茜に対して凛は自信無さげにこう言った。


「そこなんだ……けどさ、敵味方を態々わざわざ区別する必要ってあるのかな……って思うんだ、僕……」


 目を細めていぶかしげに凛を見詰める茜の視線の圧力が凛にかなり強めのプレッシャーを与える。しかし、ここで怯んでしまったら一生後悔しそうに思われ、茜との関係を一生繋ぐために必要で大切な関門なのだと思った。気分はまるで嵐の太平洋のど真ん中を小さなヨットで単独航海している冒険者の様で、それは凛が初めて体験する気持ちの高鳴りだった。

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かしましくかがやいてⅡ-それからの物語- 優蘭みこ @YouRanmiko

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