第12話「法と訣」

 たしか、手をこう組んで……


 南無大師遍照金剛

 南無大師遍照金剛

 南無大師遍照金剛


 オン マユラキランテイ ソワカ

 オン マユラキランテイ ソワカ

 オン マユラキランテイ ソワカ


 タケゾウは高知駅前に戻っていた。

 見様見真似で覚えたての孔雀明王法を使いパチンコ屋で台を探している。


「これかな!?」

 他の台と反応が違う。


 一撃必殺というわけにはいかないが、高確率で当てることができた。

 俺、このままパチプロになろうかな?

 ビジネスホテルに泊まり高知駅前でパチンコを打つこと五日、タケゾウは勝ち続けていた。


 ❃


 「あ〜〜っ、また負けた!」

 もう、お金がないよ。

 がっくりとしている五十歳くらいの女性。

「お兄さん、調子良いわね。でも、背中についてるわよ。除霊したかったら良い人知ってるわよ」

 隣りに座っている女性が話しかけてきた。


 タケゾウには心当たりがあった。

 孔雀明王法を使ってから、自分でも何かに取り憑かれているのを感じていた。


「これ、あげます!」

 タケゾウがドル箱を一箱(約1500玉)、女性に差し出した。

「えっ、なに? 気前いいわね! あたしに気があるの? ハッハッハッハ!」


 タケゾウは係員を呼んで自分の出玉を両替した。


 孔雀明王法を使うとパチンコには勝てるんだが、妙に何かに取り憑かれるようだ。どういうことなんだろう?


 高知駅前をぶらぶらしていると、『ひろめ市場』があった。たしか、ガイド本に乗っていたな。

 入ってみるとカツオのタタキ、唐揚げ、餃子など、店舗がずらりと並んでいて広い。もちろん食事もできる。

 

「あら、お兄さん。アタシのことを待っていてくれたの? あれからすぐに当たったのよ!一時間は出っ放しだったわ。あんたの念力が残ってたのかもね?」

 パチンコ屋でドル箱をあげた女性である。


「念力なんて使ってませんよ……」

「あたし、そういうの詳しいのよ。でも、あなた、危ういわよ。制御ができてない」

 女性の言う言葉に反応するタケゾウ。

 女性もタケゾウを見て、やっぱりなという顔である。


「あたし酒井ワカコって言うの。お兄さん、一緒に呑もう! おごるわよ!」

 女性はタケゾウの背中をバンバンと強めに叩いた。

(あっ! いま背中を叩かれたら体が軽くなった。なんだろう?)


 ひろめ市場の名物、厚切りのカツオの塩タタキ、ウツボの唐揚げ、土佐文旦チューハイなど、ワカコさんが持ってきてくれた。

「あなた、お遍路さんね? なんとなくわかるわ、この厚切りのカツオ、凄いでしょう!他の県の人は驚くのよね!」


 タケゾウは、お遍路の道具は連泊しているビジネスホテルに置いてあり、普段着の姿である。


「本当に厚切りですね。俺の地元では、この3分の1くらいかな?」

「そうでしょう。ウツボの唐揚げも珍しいのよ!」

「ウツボってなんですか?」

 タケゾウはウツボを知らなかった。

「ウツボはね、ウミヘビみたいに長くて狂暴な魚よ。ほら、食べてみて」

 ワカコさんは、タケゾウの口にウツボの唐揚げを入れる。


「カリカリして旨いですね」

「そうでしょう。ところで、あなた危ないわよ。あたしの母親は、除霊をしているの。自分でも気づいてると思うけど、気になるようなら連絡して」

 ワカコさんは名刺をくれた。


 ❃


 ビジネスホテルの部屋に帰り眠るタケゾウ。部屋の中には魑魅魍魎ちみもうりょうでいっぱいである。

 これらは、別に悪さはしないが、タケゾウの上にも乗っかている。


 一晩中動き回る魑魅魍魎に悩まされ、朝になっても寝た気がしなかった。

 日が昇ると魑魅魍魎は消えている。


「霊媒師の所にいってこよう」

 昨日もらった名刺を見て、ホテルの部屋から電話をすると「すぐに来なさい」と言われ、行くことにした。


 ❃


 霊媒師の部屋。


「娘が言ってた人ね。何かの能力を使ったの?」

「孔雀明王法を……」

「よく知ってるわね。密教でも秘法よ!」

「漁船の船長がやってるのを見て、見様見真似です」

「それでパチンコで荒稼ぎしたのね? 真言はちゃんと習わないと危険なのよ。あなたに憑いている魔物の除霊と孔雀明王法の正しい使い方で10万円。現金で払える?」


「あっ、はい。大丈夫です」

 タケゾウはバッグから銀行の紙の封筒を出した。一万円札が50枚くらい入っていて、10万円を渡した。

「ずいぶん稼いだのね。札所の大師堂にお賽銭を入れないと、また取り憑かれるわよ」


 霊媒師は八十歳くらいの老婆で、タケゾウをうつ伏せに寝かせた。


 南無大師遍照金剛

 南無大師遍照金剛

 南無大師遍照金剛

 と、三度唱えると、手のひらをこすり合わせてからタケゾウの背中、腕、足を布団を叩くような感じで叩いた。


「はい、これで除霊は完了。あとは孔雀明王法ね。これは、三十年くらい前に、熱心な一般の信者に密法を教えた人がいたのよ。あたしも、その人に教わったの」

(三十年前と言えば、おやじも、そのころ高知市に来ていたといってたが……)


「今のあたしと同じくらいの歳のお遍路さんだったけど、正体は山伏か阿闍梨あじゃりじゃないかって言われてたの、結構わからなかったけどね。高知市辺りにいたみたいよ」

「徳島県でも孔雀明王法を使う人がいました」


「たまに徳島にもいってたみたい。あなた、密法に縁があるみたいね。孔雀明王法は習っても使える人はほとんどいないの、見様見真似でできるものではないのよ、普通はね」

「そうなんですか……」


「じゃあ、教えるわよ。孔雀明王の印の結びかたは、手を組んで人差し指から薬指は羽ね。親指は伸ばして合わせて頭、小指も伸ばして合わせて尾を表しているの」

「はい。こうですか?」

「そうね。手のひらは開ける時と閉めるときがあるんだけど、その使い方によってちがうの、強い魔物に対しては閉めて使って」

「あっ、ここ、閉めるんですか……」


「閉めると力が強くなるから、取り憑かれるのも強くなるわよ」


「あっ、それなんですけど、孔雀明王法を使うと取り憑かれるような気がするんです」

「それは、取り憑かれるわよ。秘法だから。別の世界とつながるみたいね。だから、みんな滅多に使わないのよ。パチンコなんかに使ったら取り憑かれて生気を吸い取られるわよ。秘法にはほうけつがあって、法は本を読めば分かるんだけど、訣は直接伝授されないとわからないの」


「やはり、見様見真似ではダメなんですね……」


「孔雀明王法は、お大師様にお願いして使わせてもらうから、札所の大師堂にお賽銭を、それなりに払らわないと、お大師様が怒って、魑魅魍魎が出て来るのよ」


「お大師様が怒るんですか?」

「怒るわよ。お大師様は怖いんだから」

「そうだったんですか。お大師様は優しい人だと思ってました」

「普段は優しいわよ。でも、物に執着したり、人に怒りをぶつけたり、欲張りな人には厳しいわね」

「俺は、欲張りですね……」


「そうね……孔雀明王法の真言は『オン マユラキランテイ ソワカ』だけど、ランディとかランデイと、微妙に変える人もいるの。真言には掛詞かけことばがあって、同じ発音でも意味が全く変わってしまうことがあるので、頭でちゃんとイメージしてから言わないと大変なことになるわよ」


「イメージですか……ただ真言を唱えるだけではダメなんですね」

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足心官道・タケゾウ。 ぢんぞう @dinnzou

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