第9話 ヒメの過去

「ハル君とアイちゃんってどんな関係なの~?」


 俺たちがドワーフの集落に向かって洞窟の奥へと歩を進めていると、ニヤニヤとした顔でヒメが俺の近くに来て耳打ちしてきた。


「なんだよ急に?」


「だって気になるじゃん?異世界で出会った男女が二人で旅してるんだよ?何もないわけないよね〜?」


 ヒメは含み笑いを浮かべながら、肘で俺の体を小突いてくる。

 酔っ払いのおっさんかよ、こいつは…。


「何もねえよ。俺とアイリスは色々あって、一緒に行動してるだけだ」


「色々…ねぇ。あ、ていうか気になってたんだけど、アイちゃんの服って日本のでしょ?あれなんで?」


 ヒメは前を歩くアイリスの姿を見ながら、そう尋ねる。

 まあ同じ日本人ならアイリスの服がこの世界の物じゃない事に気づくのも、疑問を持つのも当然だろう。

 俺はエルデリアでアイリスに出会って一緒に死んだこと、二人とも日本に転移させられたこと、神々に気に入られてアイリスがこの異世界転移ゲームの参加者になったことをヒメに伝える。

 ヒメは俺の話を黙って聞いた後に、なぜか顔を赤くする。


「ア、アイちゃん…。男の人の家にも上がって、お買い物デートまでしちゃっているの…?」


「え?俺の話聞いて最初に思う事がそれ?」


 ヒメはアイリスをどこか尊敬の眼差しで見て、時折何故か悔しそうに歯噛みしながら、ブツブツと小声で何事かを呟いている。

 一体なんだと言うのだろうか。


「あのさ、ハルトとヒメはさっきから何をコソコソと話してるの?」


 声に気づくと、前を歩いていたアイリスが振り返って俺たち二人を見ていた。

 どうやらアイリスは俺たちの話に耳を傾けていたようだ。


「あぁ。俺とアイリスが一緒にいる事情をヒメに説明してたんだよ」


「……ふーん。何でも良いけど、そんなにくっついて歩いてて転んでも知らないからね」


「ん?お、おう。なんかごめん」


 アイリスはそう言って再び前を向き、スタスタと歩いていく。


「ハル君何かしたの?アイちゃん怒ってるように見えたけど…」


「いや、俺もアイリスを怒らせた覚えはないんだけどな…」


 アイリスとはそれなりに仲良くなったと思っていたんだが。

 その後、俺はよく分からない気まずさを感じながら歩みを進めた。


 ………

 …


「着いたぜ。ここが俺たちが作った地下の街『ノムル』だ」


 ダリンが案内してくれた場所は、洞窟の奥に広がる大きな広場だった。

 天井はかなりの高さで、壁を掘るようにして大小様々な建築物が作られていた。

 壁面には松明の明かりが点々と並んでおり、洞窟内の暗闇を照らしている。

 広場の中心には井戸があり、ドワーフたちによって水を汲み上げられているようだった。

 俺はダリンに連れられて街の奥へと向かう。


「すげえ…洞窟の中だとは思えないな」


「当たり前だぜ。一族が何百年もかけて作ったんだからな」


 俺はダリンの話に驚きつつ辺りを見渡す。

 ドワーフは皆背が低く、筋骨隆々とした肉体を持ち、男性的な美しさを持っている者が多い。

 女性も美醜の差こそあれど、皆逞しく力強さを感じる容姿をしている。

 子供たちも屈強そうな体付きをしていた。

 彼らは皆、俺たちに視線を送りつつも作業の手を休めない。

 その視線は決して友好的とはいい難く、中には俺を睨み付ける者もいるほどだった。


「知らねぇ顔を連れてやがんなぁ、ダリンよぉ」


 広場の端の方にいるドワーフの一人が声を掛けてくる。

 他にも複数のドワーフが斧やハンマーを持ち、今にも襲い掛かってきそうな雰囲気だ。

 ダリンは俺たちを庇うように前に立ち、


「こいつらは俺が連れてきた客人だ。何か文句でもあんのか!!」


 その体格に似合わない大声で叫ぶ。

 周りのドワーフたちは気まずそうに目を逸らす。

 どうやらダリンは街の中で立場のある人物らしい。

 ダリンはドワーフたちを威嚇するように睨み付けた後に、


「おい、こっちだ」


 と俺たちを促して歩き始める。

 その後について行き、それなりに大きな建物の前にたどり着く。


「ここが俺の家みてぇなもんだ。中に入れ」


 ダリンに促されて家の中へと入った。

 一階は広間になっており、中央には炉がある。

 炉には火が入れられているようで、パチパチと炭が燃える音が響いていた。

 家の中には数人のドワーフがいて、それぞれ武器やら道具やらを片付けている様子だった。


「ダリンは鍛冶屋をしているのか?」


「俺が、というよりはこの街全体がそうだな。最近は特に忙しいぜ」


 ダリンはそう言って奥の扉へと向かう。

 そして扉を開け、中から誰かを呼び出した。

 出てきたのは小さな女の子だ。

 肩に少しかかるくらいの焦茶色の髪と頭に着けたゴーグルが特徴的な、整った顔立ちをした可愛らしい少女だ。


「ソニちゃん!ただいまー!」


 ヒメが少女に駆け寄り、頭を撫でる。

 少女はそれを少し迷惑そうな顔で見上げて、


「お帰り、ヒメちゃん」


 挨拶を交わす。ヒメとは顔見知りらしい。

 少女は俺とアイリスの顔を見て、不思議そうに首を傾げている。


「…ダリン兄ぃ、この二人は?」


「こいつらは俺の連れてきた客人だ。俺は少し仕事が残ってる、先に客間に案内してくれるか?」


「分かった。こっちだよ」


 ダリンの指示で少女は俺たちを二階へと案内する。

 少女は階段を昇りながら俺に声を掛けてきた。


「あんたは人間で、そっちは…半獣人?またダリン兄ぃは珍しいのを連れてきたもんだ」


 少女はやれやれ…といった表情でため息をつく。

 そんな様子よりも、少女の言葉に気になって仕方ない台詞がある。


「あの…一つ聞きたいんだが、なぜ君はダリンをダリン兄ぃって呼んでるんだ?」


 俺は困惑しながら少女に問いかける。

 きっとあれだ。ダリンの兄貴!的なノリなんだろう。

 そうに違いない。


「……?ダリン兄ぃはダリン兄ぃだよ。血の繋がった兄をどう呼ぶかはアタシの勝手だろ?」


「…そうだな。何でもない、忘れてくれ」


「……フフッ、クフフッ……」


 俺の様子を見て、ヒメは笑いを抑えられないでいる。

 多分こいつも会った時に同じことを考えたんだろう。

 俺だって、まさかこんな可愛らしい少女が、髭面で筋骨隆々なダリンの妹だとは思わなかった。

 異世界では何があるか分からないものだなと、改めて実感した。

 階段を上がった俺たちは少女…ダリンの妹に客間へと通された。

 部屋には大きめのテーブルとソファーがあり、中央にガラス製の花瓶に色鮮やかな花が活けてある。


「まあ座んなよ。アタシの名前はソニアだよ。あんたらの名前は?」


「俺の名前は神崎春斗。こっちは…」


「アイリスだよ。よろしくね」


 俺とアイリスはソファーに座り込んで自己紹介をする。

 ソニアは客間の扉の前に立っている。

 少女の身長は、座っている俺が少し見下ろすぐらいだ。

 それが年齢の幼さによるものか、ドワーフの特徴によるものなのか判断が難しい。

 ソニアは俺とアイリスの顔を交互にじっと見つめた。


「ハルトにアイリスだね。とりあえずお腹減ってるだろ?なんか作ってきてやるから、ここで待ってな」


「ハルト、この子めちゃくちゃ良い子だよ」


「あぁ。俺もこんな妹が欲しかった…」


 ソニアは俺たちの反応に機嫌を良くしたのか、笑顔で小さくガッツポーズをしながら部屋から出て行った。

 俺とアイリス、そしてヒメは顔を見合わせてソファーに腰掛ける。

 アイリスもドワーフの街に入って少し緊張していたのか、ソファーに腰を降ろすと小さく息を吐いた。


「今日は何だか色々あって、少し疲れたね」


 アイリスはそう言って俺に笑いかける。

 俺は彼女の笑顔を見て、なんだかほっとしたような気分になった。


「そうだな。転移初日でこれだと先が思いやられるよ」


「私はハル君達とも出会えたし、何だか少し安心したな〜」


 俺の言葉をヒメが引き継ぐように言う。

 彼女は相変わらずニコニコとした表情を浮かべていた。


「ヒメは随分と気楽だな。もしかして俺たちと違って、ロキから何か能力を与えられてるのか?」


「いや、全然。あたしも何の能力もない、か弱い女の子だよ。1回目の転移の時なんて、すぐに魔王に捕まってたし」


「魔王に捕まってた?どういうことだ?」


 俺はヒメの言葉が気になり、疑問を投げかける。

 彼女は困ったような表情で俺を見た後に俯いた。


「あ、悪い。思い出して気分が良い話ではないよな…」


「いや、いいよ。この際だからあたしの事もちゃんと話すよ」


 そう言ってヒメは俺達に自分のことを話し始めた。

 彼女の年齢は23歳で、普通のOLらしい。

 ある日、交通事故に遭って命を落とし、俺と同じようにロキに召喚されて異世界に転移したようだ。

 転移した場所はエルフが住む森で、最初は凄く警戒されたが、だんだんと打ち解けていったらしい。


「異世界も結構悪くないじゃん。そう思ってた時に、あの男がやって来たんだ…」


「…魔王か」


「うん、たくさんの魔物を引き連れてね。多分、ハル君達が出会った魔王とは違うやつだよ。連れてた魔物は肌が緑色した小人とかおっきな犬とか、他にも色々いたよ」


 ヒメは自分の体を抱きしめるようにして震えている。

 恐怖の記憶が思い出されているのだろう。

 俺が無理しなくていいと言うと、ヒメは大丈夫と言って話を続ける。


「最初は何とか凌いでたんだけどね。徐々にエルフの数が減っていって、最後にはあたしと数人の女のエルフが連れ去られて…」


 ヒメの辛そうな表情を見て、俺は何も言えなかった。

 隣に座るアイリスはヒメの様子を心配そうに伺っていた。

 ヒメは悲痛な表情で言葉を紡ぐ。


「あたし達は洞窟の中の地下牢みたいな場所に閉じ込められたの。それからエルフのお姉さん達が、順番に地下牢から連れて行かれた。……戻ってきたお姉さん達は何も言わなかったけど、その表情を見たら何をされたかは何となく分かった…。すぐにお前の番だ。そう言ってあの男は笑ってた」


 ヒメの瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。

 俺は胸が締め付けられるように痛み、何も言えなくなる。


「……でも、私は男の所に連れて行かれることはなかったの。一人のエルフのお姉さんが、連れて行かれた時に地下牢の鍵を盗んできてね。それでみんなで逃げ出したんだけど、おっきな犬の魔物に追いつかれて、それで…」


「もういいよ。辛かったね、怖かったよね」


 アイリスはヒメを抱きしめ、彼女の背中を撫でる。

 ヒメはアイリスに抱きついたまま静かに涙を流した。

 俺はその姿を見て、拳を握り、怒りに震える。

 魔王は俺が必ず殺す。

 ヒメの話を聞いて、その思いが一層に強くなるのを感じた。


 救わなくては、必ず、俺が救う、この世界を、苦しんでいる人は、必ず助ける。

 絶対に、ゼッタイだ。


「だからね、あたしは同じ境遇のハル君とアイちゃんに会えて嬉しいんだ」


 ヒメは涙を拭いながら、俺たちを見る。

 そして安心したように笑って、


「魔王なんて放っておいてさ、二人もここで仲良くずっと暮らそうね!」


 そう言った。

 俺は一瞬、ヒメが言った言葉の意味が理解できなかった。

 魔王を放っておく?

 そんなはずないだろう。

 俺は魔王を倒しに行く。

 だって、それが…俺の……。


「いや、ヒメ…俺は魔王を……」


 俺が言いかけた時、客間の扉が勢いよく開いた。


「お待たせ〜!!ソニアちゃんがご飯を持ってきてやったぞ〜……ってなんか取り込み中だった?」


「ううん、何でもないよソニちゃん!!ハル君達と色々お話しして仲良くなってたんだ〜!」


「……そっか、仲良くなるのは良いことだな!」


 ソニアは俺たちの様子に何か言いたげだったが、それ以上何も言わずにテーブルの上に料理を並べる。

 その後すぐにダリルが部屋に入ってきて、五人で食事をすることにした。

 テーブルには豪快な肉料理と蒸した芋のような食べ物が並んでいる。

 食事の間はソニアとヒメが和気あいあいと喋っており、ダリンはそれを横目で見ながら黙々と料理を口に運んでいた。

 アイリスも楽しそうに料理を食べている。

 そんな中、俺はさっきのヒメの言葉が頭から離れないでいた。


 ……

 …


「掃除もしてねぇし、ちと狭めぇが男だし気にしねぇだろ?」


「あぁ、助かるよ。ダリン」


 食事が終わった俺たちは、ダリンの家に泊まらせてもらうことになった。

 俺はダリンの家の空き部屋を使わせてもらい、アイリスはヒメが使っている部屋で寝泊まりするようだ。


「ハルト。おめぇには明日から俺の仕事を手伝ってもらう。俺はタダ飯食らいを置いとく気はねぇからな」


「分かった。食わせてもらった恩はきっちり働いて返すよ」


「へっ、期待してるぜ」


 ダリンはそう言ってニヤリと笑うと部屋を出て行った。

 部屋はベッドが一つ置いてあるだけの質素なものだった。

 俺はベッドに腰を掛け、そのままバタンと仰向けになり、大きく息を吐き出す。


「あぁー、疲れた」


 今日は何から何まで濃い一日だった。

 ドラゴンに襲われて地底湖に落下したり、ダリンとヒメに出会ったり、もう一人の魔王の話を聞いたり。

 ……ヒメにはもう一度、ちゃんと話をしないといけないな。

 今日の出来事を振り返っていると、眠気が俺の意識をすぐに奪っていった。


 ………

 …


 最初に視界に映ったのは、棚に並んだ戦隊モノのヒーローの玩具だった。

 フィギュア。変身ベルト。音のなる剣や銃。

 それを見ていると、どこか懐かしくなる。

 そして、苦しくもなる。


「…なんだ、ここは?」


「なるほど。こんな感じになってるんだねぇ〜」


 背後から声がする。

 振り返るとそこには一人の少年が立っていた。


「やあ、来ちゃった」


 少年は飄々とした様子で俺に声を掛ける。

 妙に胸がざわつく。

 こいつは、居てはいけない場所に存在している。

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無能力者の俺がチートあり魔王3人に、残機×4で勝てますか? キリンネコ @kirinneco

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