第11話 森の先輩

 身体の内側から焼かれるような痛みが駆け巡る。

 呼吸をしようにも胸郭は持ち上がらず空気を取り込むことが出来ない。

 それは言い表すとすれば水の中に溺れてしまうような感覚だろう。

 地上でありながら存在しない水を掻き分けようと両手は宙を泳ぐ。

 勿論、 掻き分ける水など存在しないから無駄な行動である。

 だが、酸素が途絶えかけた頭では碌に思考する事は出来ず、本能に、無意識に従うまま身体を動かしていた。

 そして僅かに残った酸素も無駄な行動に費やした結果、視界は黒く染まり意識は深い闇の底に沈んでいき──。


「アー!?!?」


「くるる!?!?」


 自分の出した大声で目を覚ました。

 先程まで感じていた息苦しさから逃れる様に胸が膨らんで空気を取り込んでいく。

 そうして何度目かの呼吸を終えて漸く物事を冷静に考えるだけの余裕が取り戻せた。


「生きテル、死んデなイ?」


 自分の身体を触れば其処には確かに熱を持つ毛むくじゃらの身体が存在する。

 死んで幽霊になった訳ではない、生きてまだ実体を保っている事を認識すると安堵のため息が自然と口から零れた。

 正に九死に一生を得る、と言う他ない。

 それを我が身で実感するとは思いもしなかった。

 いや、これは単なる言い訳でしかない。

 馬鹿だった、どうしようもなく自分が馬鹿だっただけなのだ。

 文字通り死に掛け……、いや一回死んだのではないかと錯覚する程の苦しみであった。

 だが助かったとはいえ腑に落ちない、正直に言えば毒で苦しんでいる最中に超えてはいけない線を踏み越えてしまったような気もしたのだ。

 だが死んではおらず、気が付けば身体の上でチビがぐっすりと眠っていて自分の大声でたたき起こされると自分の巣に戻ってしまった。

 分からない事ばかりである、どうして助かったのか、意識がない間に何かが起こったのか。


 だが現状でも分かる事が、すべき事が一つだけ分かっている。


「ウラァァアアアアアッ!!」


 必死こいて集めた木の実、自分を死の淵へ追いやった忌々しい木の実を全力で空へと投げ捨てた。

 自分でもちょっと信じられない程の勢いで空へ投げ飛ばされる木の実を見て内心の憤りは少しだけ軽くなった。

 だが集めた木の実や草は未だに大量に残っている。

 本心としては全てを森の奥深くに向けて投げ捨てたいが、どれも調査していないものだ。

 もしかしたら残った全てが投げ捨てた木の実の様に猛毒しかないのかもしれない。

 だが、中には食べられる物が存在しているのかもしれない。

 そもそもとして飢えから逃れるために食べられるモノを探そうという試みなのだ。

 たった一度の失敗で諦めれば遠からず飢えに襲われる、それを避けるのであれば試みを続けるしかないのだ。

 だが間違った行動によって死の一歩手前まで逝きかけたのは事実。

 ならば同じ失敗を繰り返さない為にも今回、学べた自らの考えの浅さを自覚すると共に教訓をしっかりと胸に刻み込んでいかなくてはならない。


 だが此処で大きな問題がある。

 食べられる物は知りたいが確証も保証もない中で危険だと疑われる物を口には可能な限り入れたくない。

 そんな矛盾する問題に対し短くない時間を考え抜いて導き出した答えが一つ。

 それは、先達に教えを乞う事である。


「おねガイしまス、せンぱい」


「くるる?」


 ──お前は何言っているんだ? 


 と言わんばかりの顔をしているチビだが背に腹は代えられない。

 こう見えてもチビは森の生活においては自分より先駆者である。

 野生動物として食べられるモノ、食べられないモノが何であるのかを本能と経験で既に知っている可能性が高いのだ。

 逆説的に言えば食べられる物を知っていなければ森で生き抜く事は出来ないのだ。

 ならばチビの行動から学ぶのが理に適った安全な方法であろう。

 そして自分の考えは当たっていた。

 森で集めてきた木の実や草をチビに差し出せば食べられないものは小さな手で弾き飛ばし、食べられる物は小さな口で齧りついたのだ。

 その光景は自分の考えが間違っていない事の証明であった。






 ◆






 あれから森に出かけるときはチビ共に行動する事で多くの事が分かってきた。

 チビは元から雑食性であったのか、森の中で集めてきた様々な木の実や草、キノコ等実に様々なモノを食べていた。

 それらを恐る恐る口に運べば毒に苦しむ事は無く、自分でも食べられる食用植物であると判明した。


「ええ……、それ食べルの?」


 そしてチビは植物に限らず虫も食べた。

 腐った倒木から掘り出したのは丸々と太った芋虫。

 うねうねと元気に動く姿は食欲をガンガン削ってくるがチビは気にしていないのか無心で食べていた。

 恐らく自分も食べられるとは思うが昆虫食に対する抵抗は大きく、それでも貴重なタンパク質には違いない。

 チビも黙々と食べている事から本能で必要な栄養があると分かっているのだろう。

 文句を言える立場でもないので、摘まんだ芋虫をなるだけ視界に入れない様に口から胃へ流し込んだ。

 その時の食感と味は記憶からなるべく思い出さないようにしている。

 そうしてチビの行動を観察した甲斐もあり最低限の食べ物を確保できる様にはなり、満腹には程遠いが餓死することは避けられた。

 また最近になってから死骸を見付ける事も滅多に無くなり、早めに食用植物の確保に動き出して正解だったと実感した。


 ──だが、問題が何一つ無かったというわけではない。


「くるる~~♪」


 一つはチビが自分の方が偉いと勘違いして頻繁に身体によじ登ってくるようになった。

 加えて最近になって栄養状態が良くなったのか身体が大きく重くなったせいで地味に負担が大きい。

 それでも食料探しには欠かせない相棒なので邪見にする事が出来ない。

 そのせいでチビは益々調子に乗ってきている──ように感じる。


 もう一つは身体から感じる異変。

 人間だった頃に感じた体力が余っている時の感覚とは異なる、今迄感じた事の無い感覚。

 それが何なのか分からず異変に気が付いても暫くはどうしようもなかった。

 だが感覚を持て余してから暫くしてそれは解消された──力の発現と共に。


「まじカ……」


 目の前に浮かぶのは身の丈を優に超える岩──ではなく指先程度大きさの小石、それが目の前にゆらゆらと浮いていた。

 しかも小石を自分が思った様に動かせるのだ! 

 最初は驚き、その次には興奮した。

 規模が小さすぎるが見間違いではない超能力の発現を目の当たりにしたのだ。

 この世界で自分だけが超能力(仮称)を使える! 

 その思い込みが齎す全能感に自分の身体が無意識に震え──、しかしそんな甘っちょろい考えは直ぐに消え失せた。


「でも、森ノ生物に比ベレばショぼい……」


 森に来てから気にしないようにしてきたが薄々何かおかしいとは思っていた。

 その最たるものが遠目に見える森の生き物たちが摩訶不思議な現象を起こしていたことだ。

 突然何の前触れもなく不意に突風が吹き荒れ、森の生物の口から炎が吐き出され、地面が何時の間にかぬかるんでいる。

 森の生物達の戦いは数える程の回数しか見ていない。

 それでも度々どころか常に発生する不可解な現象は一部の個体が持つ特殊な器官を用いた物理現象だと考えていた、そう思い込んでいた。

 だが今この瞬間理解した、今迄頑なに特異な物理現象だと思い込んでいた摩訶不思議な現象の正体はコレだと。

 この超能力じみた力は森で生きる生物全てが持っている可能性が高く、この力を使って森の生物達は日夜戦っているのだ。


「クソじゃン……」


 端的に言ってクソである。

 つまり、この異世界は異世界でも魔界とか地獄といったモノに準ずる場所である事が判明してしまった。

 そんな新しい発見は何の救いにもならず、非情であり無常な世界に対する怒りと悲しみとその他様々な感情を新たに沸き上がらせる追加情報でしかなかった。


「どうしヨ……」


 前触れも無く身体が様変わりした事にも驚いたが、まさか超能力じみた事も出来るようになってしまった。

 これだけでお腹が一杯なのに目の前にある現実は容赦なく私を追い詰めていくのが好きなようである。

 そんな事を寝床としている洞窟の中で自分は考えていた。 






 最後に一つ、私、二足歩行から四足歩行になりました。

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人獣伝 @abc2148

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