第10話 調査、失敗

 チビと食べ物交換を行った翌日、本来であれば何時もの様に肉を求めて森の奥に移動する予定であった。

 だが今日は違う、朝から森の中で歩きまわって集めた成果が住処である洞窟の前で小さな山を作っている。

 紫色を果実に、毒々しいキノコ、葉先が大きく膨らんだ草の様なモノ、実に様々なモノが集められた光景は八百屋の様にも見えるだろう。


「くるる?」


「食えルモノを探しテいた」


 獣であるチビには言葉が通じないと分かってはいる。

 しかし、お前は一体何をしているの? と言わんばかりの視線をチビに向けられて反射的に返事をしてしまった。

 別に知られたとしても大きな問題はない、単純に食べられるものを増やそうと手当たり次第に森から食べられそうな物を集めてきただけだ。

 供給が不安定な肉に依存せず身近にある果実や草、キノコといった植物が食用になるのであれば非常時に飢える可能性を小さくする事が出来る。

 そう考えて森の中を歩きまわってみればそれらしいものは沢山見つけることが出来たが、少なくとも食べられそうな見た目をしているだけだ。

 実際に食べられるかどうかは分からない、それを判断する為にも集めてきた果実や木の実等が食べられるのかどうか調べる必要があるのだ。 


「……でモ、これ食べレルのか?」


 だが調べるとは言ってもこの場には食品検査装置や分析機などは一切ない。

 となれば古典的な方法として実食するしかないのだが、食べる以前に安全かどうかも分らない物を実食する事に及び腰になってしまうのは仕方がないだろう。

 出来れば森の生態に詳しい先人でもいれば教えてもらえた可能性があったかもしれない。

 しかし生憎と森で過ごした短くない日々の中で人の姿を見かけた事は一切ない。

 最悪の場合、森の近くには人が一人も居らず頼りになる先人がいない可能性が非常に高い。

 そうであれば外部の助力は期待出来ないものと考えて行動する必要がある。

 つまり実食し、その結果から判断するしかないのだ


「食べルしかナいよナ……」


 果実、草、キノコ、毒々しい見た目の物から地味な色合いのものまで姿形は千差万別。

 今更ながら張り切りすぎて集めた事を若干後悔し始めていた。

 それでも実食しなければ食べられるかどうか分からないままである。

 取り敢えずは集めたもの全てに毒が入っていると仮定して、致死量にはならないよう微量に千切った欠片を舌先に載せて実験してみるしかないだろう。


 そうして始まったドキドキ実食試験、栄えある一番手は山ブドウの様な黄色の果実である。

 手に取った果実そのものは小さいが森の中で広い範囲に分布しているため大量に確保しやすい、見た目も一見では毒々しくない色違いの葡萄みたいなものである。

 これが食べられるのであれば肉が手に入らない時の非常食として扱い何とか食つなぐ事が出来ると内心で期待している果実である。


 鋭く尖った爪先で果実を小さく千切る。

 果実の中身は瑞々しく真っ黒や真っ赤といったゲテモノ色ではなく、変な匂いもしない。

 それを見て内心の期待は高まる、そして実食の為に舌先に一欠けらを載せようとし──なんとなく横目でチビを見てみた。


 ──え、お前、それ食べるの? 


 言葉を話せればそう言っているだろう怪訝そうな顔をしているチビが直ぐ傍にいた。

 何というか、その、あんまりな表情をして見ているチビを見て試しにと手に取っている木の実の欠片をチビの鼻先に近づけてみた。


「くるるッ!?」


 するとチビは毛を逆立てて驚き、素早く逃げていった。


「…………食べタことガないから警戒シテいるだけダ」


 口に入れる事に一抹の不安どころか、大きな不安が既に芽生えてしまった。

 だがしかし、それでも確認しなければ何も分からず知る事も出来ないぞ! 

 多分、恐らく、いやきっと食べたことが無いからチビは警戒しているだけだ、そうだ、そうであるに違いないと自分に言い聞かせ自分を鼓舞する。

 震えてしまう指先、不安で逃げ出そうとする心を理性で捻じ伏せて指先に摘まんだ木の実の欠片を震える指先から舌先にチョコンと乗せる。


「ヴッ!?」


 ──不味い、酸っぱい、痛い!! 


 舌先から襲ってくるのは過去に経験が無い程の危険を感じさせる電気信号、味覚がエラーを引き起こし、痛覚を直接刺激したような痛みが襲ってくる。

 熟慮する必要も無く木の実の欠片を舌先から勢い良く吐き飛ばし、同時に手に取った木の実を全力で遠くにぶん投げる。

 そして直ぐに舌先を沢の水で洗い流そうとし──だが行動を起こすには少しばかり遅かったようだった。


「アバばばばぁbababababababa!?!?!?」


 吐き出したのが遅かったのか、即効性の成分が含まれていたのか舌先が痺れ言語が出来ない異常が舌先から全身へ、想定していなかった速さで回っていく。

 身体が痺れ最早身動きすら取れない、呼吸は短く浅くなり呼吸困難になり酸素が不足していくに伴って視界は狭まる。

 襲い来る痛みに有効な対策を行う事も出来ずに意識は段々と遠のいて行き──






 ◆






「くる~?」


 ──いや、困った、どうしよう。


 もしチビが言葉を話せるのであればそう呟いていただろう。

 目の前でヤバい木の実を食べて泡を吹いている奇妙な生物、それは森で死に掛けた自分を助けた上に何故か襲い掛かってこない奇妙な生物。

 それがチビの持つ狼男モドキに対する認識であり、それ以上の物は無い。

 それは細かなこと考えられる知性をチビが持ち合わせていない事が原因であり、成り行きとはいえ関りを持った時間の短さもある。

 それでも目の前で奇妙な生物が死に掛けているのは獣の本能として分かる。

 このまま何もしなければ木の実に含まれた毒が全身に回り近いうちに死んでしまうだろう。


 だが奇妙な生物が死んでしまうのはチビにとっても困るのだ。


 だからチビは奇妙な生物の身体に触れ、何時もの様に身体の中にあるモノをグルグル回す要領で奇妙な生物の中にあるモノを回そうとした。

 そうしてモノが回り始めれば身体が温かくなると同時にお腹が痛みや、苦しみも楽になっていきいずれ収まっていく。

 しかしモノを回す事は良い事ばかりではなく、代償として奇妙な疲れと空腹に襲われる問題がある事をチビの未熟な本能は知っていた。

 それでもチビは動いた、奇妙な生物を助ける為に自分の物ではないモノを回そうと外部から働きかけた。


「くる?」


 だが今まで自分の身体で行っていた様に奇妙な生物の中にあるモノを回そうとしたが回らなかった。

 それは言語化するのであれば固いと言えるだろう。

 奇妙な生物の中にあるモノが自分のモノとは違って回そうとしても全く動かないのだ。

 外部から何度も回そうとして試すが僅かな力を出した程度では回らない程に奇妙な生物のモノはカッチカチに固まっていた。


「く、く、くる―!」


 だが今更中断するわけにもいかない、奇妙な生物の時間があまり残されていない事を本能でチビは感じ取っていた。

 だがいくら回そうと試みても回り出す事はなく、時間だけが過ぎていくばかりであった。

 このままでは奇妙な生物は死んでしまう、それを本能で察したチビはやり方を変えた。

 今迄やったことが無い程に自身のモノを回し、それを奇妙な生物の中に送り始める。

 それは体系化した知識でも技術でもなく、本能に基づいた行動であった。

 自分の中で回るモノの回転に奇妙な生物のモノを巻き込み、奇妙な生物の中にある固いモノを動かそうとした。

 結果として見ればチビの行動は正解であった。

 奇妙な生物のモノが自分に合わせて回り始め、泡を吹いていた身体の震えが少しずつ収まっていくのをチビは感じた。

 また回り始めたのと同時にチビは奇妙な生物の中にあるモノの大きさをなんとなく感じ取った。

 驚くべき事に身体の小さい自分よりも奇妙な生物のモノは小さく、それは回るようになった後でも変わらなかった。


「く~~」


 だがモノの大きさに関心を持つチビではなく、全力でモノを回したせいかチビには疲労と眠気が襲ってきた。

 だが頑張った甲斐もあり奇妙な生物は助かった。

 それを本能で理解したチビは奇妙な生物の身体によじ登り居心地がいい場所を見付けると其処で身体を丸めて眠った。

 チビにあるのは野生動物に準拠した本能だけである。

 それでも森で比較的安全に生存していくために目の前で苦しんでいる奇妙な生物に死んで貰ったら困る、それだけは本能だけしかないチビにも理解できた。

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