第8話 繁殖期

 繁殖期

 四月から通い始めた大学。世の中に急に出た緊張でとても疲れる。人が多くて怖い。高校の時は同級生の中型分身鳥でも怖かったけれど、大学は本当に様々な分身鳥を持つ人が通っているからビクビクしてしまう。そして、皆がチラリと僕のピアスを見て分身鳥のアンクレットを見る。「最高位の保護種だ」「初めて見た」「あれ、なんて鳥? 海外種? 知らないね」と囁く声が聞こえると、悪い事をしているわけじゃないのに逃げたくなる。どうしていいか分からなくて、いつもルイの影に隠れる。ルイはそんな僕を優しく包み込んで、大丈夫だよって伝えてくれる。僕の気持ちが筒抜けみたいで、ちょっと恥ずかしい。

 学部も学科もルイと同じ。一緒で安心する。周囲に声をかけられると、全部ルイが穏やかに対応してくれる。僕のタヒチヒタキは、ルイのオウギワシの足元に居ることが増えた。羽に包まれて温かそう。さすがに外ではオウギワシの頭に乗ることは控えている。


「涼、飲み物買ってくる。すぐ戻るね。座っていて」

 わかった、と返事をして待つ。構内には学生の自由に過ごすスペースがいくつかある。高校の時と違って授業の空きがあるから時間を潰すのに大切な場所だ。履修授業がルイと同じだから、空き時間も一緒。座って待ちながら、周囲をそっと見る。私服で大人っぽい人たち。高校と違う風景。

「珍しいね。一人?」

 急に声をかけられて、驚いて見上げる。大型のオウムを肩に乗せた男性二人。一人のオウムは真っ白だ。

「いつもオウギワシの彼がついているから、可愛い小坂君に声がかけられなくて。よく怖くないね」

 話しながら同じテーブルの椅子に座ってくる。

「あ、あの、ルイは怖くないよ」

 僕のタヒチヒタキをじっと見つめる二鳥のほうが怖くて下を向く。僕の鳥も僕の首元にそっと寄り添ってくる。

「本当に可愛いね。小坂君の鳥は、海外種? 羽、どうしたの?」

「えっと、鳥はタヒチヒタキ。タヒチ島に生存する海外種。羽は、ちょっと事故で……」

「タヒチ島か。フランス領だよね。羽は生まれつきじゃないんだ。それは大変だったね」

 にこやかに心配する言葉をかけられて、この人たち悪い人じゃないかも、と顔を上げる。そっと二人を見る。

「なんていうか、小坂君は中性的な魅力があるよね。引き寄せられる」

 これ、女性を口説くようなセリフじゃないかな? もしかして、僕はナンパされているのかな? ちょっと考えてしまった。

「涼に何か用だった?」

 飲み物を買って戻ったルイ。にっこり穏やかな顔をしているけれど、少し不機嫌。

「あぁ、良ければ友達になれたらと思ってさ」

「そうか。それなら、俺にも声をかけてよ。涼は俺の番鳥なんだ。横取りされるかと勘違いしたら、俺のオウギワシが衝動行為おこしちゃうだろ?」

 ゆっくり優しく、とんでもない事を言う。オウギワシが番を守る衝動を起こしたら、例え殺人をしても許されてしまう。大型オウムを乗せた二人が、顔をこわばらせて「そうだよな、ごめんな。それじゃ」と、立ち去っていくのを見送った。ふと、名前も聞いていない事に気が付いた。

「どうしよう。ルイ、彼らの名前も聞かなかった。友達になりたいって言ってくれたのに。失礼なことしちゃった」

「涼、あれはただのナンパだから」

「やっぱりそうなの? ちょっと女性に言うようなことを言うから、もしかしてって思ったんだ。あれが、ナンパかぁ。僕の両性ホルモンのせい?」

 僕を見て、ひとつ溜息をついてルイが囁く。

「今日は、帰ろう。春は鳥の繁殖期だからね。ちゃんと涼にマーキングしなきゃ、だめだ」

 マーキング? 何? 買って来たばかりの飲み物をそのまま手に持ち、ルイに促されるように大学を後にした。


 自宅に入るなり、ルイに抱き上げられる。そのまま浴室に連れていかれ、二人でシャワーを浴びる。やっぱり、マーキングってエッチな事、なのかな。泡で包まれながらぼんやり考えた。

 僕たちの鳥は、入浴の時には鳥用浴槽に一緒に入ってくるけれど、シャワーだけの時は家の中で遊んでいることが多い。今もきっと脱衣所にいて、脱いだ服で遊んでいる。ガサゴソ可愛い音がする。僕の鳥は服に潜り込むのが大好き。真似してオウギワシが僕の服に潜り込もうとして一着ダメにしたな。あの時の衝撃的にがっかりしているオウギワシを思い出し、笑いが込み上げた。

「こら、一人で楽しそうにして」

 シャワーで泡を流しながらルイが頭にキスをする。

「ほら、僕たちの鳥、絶対服で遊んでいる。前にオウギワシが僕の服に潜り込もうとして失敗したのを思い出していたんだ」

 絶対にルイも大笑いすると思ったのに、今日は違った。

「そうかな? 俺は、今日は違うと思うよ」

 見上げると、ゾクリとするような真剣な目。心臓がドクドクし始める。何だ、コレ。

 シャワーを止めて脱衣所に行き、驚きで静止した。オウギワシが僕の鳥に向かって、頭の上の飾りを振るい立たせ羽を広げて求愛行為をしている。広げた羽の大きさと誇示する迫力に身体が震えた。バサバサ聞こえた音は、羽の音だったのか。

「ほらね。きっと今日は特別だ」

 ルイが僕の背中に、勃起した自分のモノをこすりつける。身体がビクリと反応してしまう。ゆるく腰を動かされて、全身の血液が熱をもってドクドクと駆け巡る。大きなバスタオルで僕とルイをまとめて包み込んで、二鳥

 を見守る。自分の羽を嘴に咥えて差し出すオウギワシ。すぐに嘴で受け取る僕の鳥。その一瞬だった。あっと言う間に僕の鳥に覆いかぶさったオウギワシが、僕の鳥のお尻に自分のその部分をこすりつける。興奮した僕の鳥の心が流れ込む! 胸が高鳴る! これ、交尾、だ。その瞬間、身体の中で何かが弾けた。

「あぁ! ルイ、ルイ! あ、熱い! 何? いや、あぁ!」

 耐えられない疼きとおかしな鼓動に悲鳴を上げて崩れ落ちる。立ってなんていられない。ルイ、ルイ、助けて! ルイに縋り付いた。目の前にある綺麗な大きな勃起。これだ、コレが欲しい。無我夢中で逞しい腰にしがみついたまま口の中に招き入れる。夢中で「おおきぃ、すごい」と咥える。口に入れながら興奮した僕の熱をどうしていいか分からず腰を揺らす。ルイの声がどこかに聞こえる。視界の隅にオウギワシに抱きこまれて洗濯物の上に居る僕の鳥。ドクドクと耳の奥に響く鼓動と熱い身体でおかしくなる。助けて、僕を壊して、お腹が苦しい、ルイに縋り付いて泣き叫んだ。

「くそう! もう限界だ!」

 頭の上で叫ぶような声を聞いた。急に抱き上げられて、ベッドに運ばれる。濡れた肌が気持ちいい。熱がうねり狂うままにルイを求めた。ルイの指が入り込み奥を拓く。舌もねじ込まれて、グポッと鳴るいやらしい音。悲鳴のような嬌声を上げて達していた。でも、足りない。早くちょうだい、早くぅ、と腰を動かしていた。ルイがゴムを着ける間、自分で後ろをいじった。疼きが治まらなくて前立腺への刺激が止められない。気持ちいぃ。前をシーツにこすり付けて、カクカク腰を揺らして「あ~~」とおかしな声をあげた。もう、ワケが分からなかった。

 熱いぃ、早く~~、と叫ぶ声が悲鳴に変わる。ルイが奥まで一気に押し入ってきた。壁にドチっと当たる。全身がビクビク跳ねて、頭がチカチカする。気持ちよすぎる! 

「怖いぃ、あぁ、気持ち、いぃ~~」

 もっと、とねだることを止められない。身体の中を擦られて快感の震えが駆け抜ける。怖くて気持ちいい。混乱する。

 突然、いつものあの場所をルイが突く。身体が痙攣して悲鳴と共に達していた。目の前に星が飛ぶ。強烈な刺激に息が上手く出来ない! いつもは落ち着くまで待ってくれるルイが待ってくれない。ドチっと男子宮を潰すようにソコを突き上げる。

「イってる、からぁ! いやぁあ! もう、もう、やめてぇ!」

 叫ぶ声に、嬌声が混じる。こみ上げるものが我慢できず、プシャプシャと液を噴き上げる。こんなの、知らない。怖い。涙が溢れる。獣のような顔をしてルイが僕を見ている。ゾクリとする。食べられる。ルイから目が離せない。逃げたら、きっと食い殺される。意識が手放せない。ギリギリの怖さと、身体の中でビクビク跳ねる固い存在。怖い。もう、何の怖さか分からず涙が止まらない。身体の震えとビクつきが抑えられない。「怖い……こわ、こわいぃ……」喘ぎ声と泣き声の合間にそれだけを繰り返す。耳鳴りと心臓の速い鼓動。「かわいい、かわいい」とルイの興奮した声がする。

 死んじゃう。

 身体を揺すられて、奥まで入り込まれてルイがスキン越しに射精する。ずるりと抜け出るルイ。終わった。ほっと息をついた、その時。ズンっと急に入り込まれる。

「やぁぁぁ!」

 悲鳴を上げて、上に逃げようとする僕を押さえつけて、ルイが押し入る。あまりの刺激に、意識が揺れる。「あ~~~」とおかしな声が喉から洩れる。

「ごめんね。あと少し」

 ルイが何か言っているけれど、よく分からない。奥まで行かずに動かれると前立腺を強く擦られて苦しい。

「もう、もう、出ないからぁ、やめてぇ」

 言葉に出来ていたかも分からないけれど、必死でルイにお願いする。もう、イキすぎている。辛い。お腹が痙攣する。もう耐えられない。「苦しい、よぉ」たまらずに泣き言が漏れた。

 ジワリとお腹に温かい感触。何だろう。

「ごめんね。涼の浅いところに射精した。奥じゃないから妊娠しない。これでマーキングできたから、しばらくは大丈夫」

 僕を撫でながら、今度は優しい顔で話すルイを見上げる。優しいいつものルイの顔だ。安堵の涙がほろりと流れた。そこで、意識が途切れてしまった。


 「あ、あんなのは、もう嫌だよ」

 気が付いたらルイが身体を拭いてくれていた。お腹の奥がズキズキして背中を丸めて訴える。

「うん、ゴメン。初めて俺たちの鳥が交尾したし、当てられた。ちょっと押さえが効かなくて。発情期で普段より涼に引き寄せられる者が多くなるから抑制したかったんだよ。これでしばらく俺のフェロモンが混じるから変なのが寄ってこない。俺のオウギワシより強い鳥はいないから」

 そっと頭にキスをしながらルイが話す。そういうものなのか、と聞いていると耳元で囁かれる。

「ね、たまには今日みたいなエッチもしたいよ。涼が誘ってくれるのも、限界までしてみるのも、すごく気持ちよかった」

 耳元の声にゾクリとする。思い出して、顔が熱を持つ。

「し、しばらくは、無理」

「分かっているよ。マーキングも初夏までの発情期だけで大丈夫だと思うから」

 恥ずかしくて言葉が出せず、コクコクと頷く。

「お風呂に入ろう」

 優しくキスをしてルイが抱き上げてくれる。けれど、抱き上げられて後ろからドロリと垂れる感覚。

「あ、待って! 待って!」

 慌てて右手で押さえようとしても、抱き上げられた姿勢で届かない。

「なに?」

 分からないという顔のルイ。言わなきゃ、伝わらないかも。恥ずかしい!

「う、後ろ。垂れちゃう……」

 厚い胸に顔をうずめて、小さな声を出す。

「え? あ! 掻き出したけど、残ってたのか」

 シーツで身体を包んでくれて少しほっとする。

 脱衣所に行くと僕の服でオウギワシが巣を作り上げ、足の間にタヒチヒタキを抱き込んでいた。がっちりホールドされて動けない状態の僕の鳥。何となく気持ちが伝わってきた。そうか、お互いに大変な思いをしたね。目を合わせて気持ちを分かち合う。そしてまた僕の服か。

「涼、服買いに行こう。ほんとゴメン」

 ルイが空気を読んで焦っている。僕の鳥と目を合わせて笑ってしまう。ルイはオウギワシにとても甘い。身体が大きいオウギワシはルイの子供みたいだ。可愛いよね、と僕の鳥に伝えると「結構かっこいいんだよ」と返してくる。そっぽを向いて照れている僕の鳥に吹きだして笑ってしまった。

「え? どうしたの?」

 ルイが驚いて僕と二鳥を見る。

 幸せそうな鳥たちを見たら、発情期エッチも、まぁいいかと思えた。

 ルイにキスをして「大好き」と伝える。ルイがしたいなら、今日みたいなのもいいよ、そっと囁くように伝えた。

     <完>

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分身鳥の愛しい恋番 小池 月 @koike_tsuki

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