ズレアクエスト~お父さんがクソゲーしか買って来ない~

秋犬

ながいたびがはじまる・・

「雨は夜更け過ぎ~に~っと!」


 ぼくは最近テレビでよく流れてくる歌を歌いながら、枕元にあった大きな包みを開けていた。


「やったあ! ファミコンだ!」


 今年のクリスマスにサンタにお願いしたのは「ファミコンとドラクエⅣ」だった。こうしてサンタは無事に願いを叶えてくれたんだ。本当はスーパーファミコンの方がよかったけど、周りの友達はまだファミコンしか持ってない奴の方が多かったから別にファミコンでも構わなかった。


「お父さん! サンタがファミコン持ってきた!」


 ファミコンの箱を抱えて、ぼくはお父さん――じゃなかった、サンタに直接お礼を言いに行った。


「そうか、よかったな」


 うちのサンタはコーヒーを飲みながら照れくさそうに笑っている。ぼくはサンタが親だって言うことは知っているし、親だってわかっていると思う。ただそういうことにしたほうがクリスマスは盛り上がるってことにしているだけだった。


「やったあ! これでみんなとドラクエの話が出来るぞ!」


 ぼくはカセットだと思われる小さな箱の包みを開けた。


「……なんだこれ」


 それは『ドラゴンクエストⅣ』なんかではなく、『元祖西遊記スーパーモンキー大冒険』という見たことのないソフトだった。


「ねえお父さん! ドラクエじゃなかった!」


 ぼくはサンタに苦情を言いに行った。お父さんはドキリとした顔をして、ぼくから視線を反らした。


「そうか、サンタさん忙しくて間違ったのかな?」


 白々しいことを言うサンタに、ぼくは畳みかける。


「ねえ、本当にサンタにお願いしたの? ちゃんとドラクエくださいって言った?」

「サンタが……きっとそのゲームも面白いからやってみろってことなんじゃないかな」


 ぼくはそれ以上お父さんを追求するのを止めた。どうせゲームソフトなんか何でも一緒だと思ってるに違いない。お父さんはそそくさとファミコンとテレビを繋ぎ始めた。


「ほら、やってみろ。きっと楽しいぞ」

「それならお父さんも一緒にやろうよ」

「俺はいいよ」


 お父さんはそう言うとどこかに行ってしまった。これは逃げたな。


「ま、いいか。ゲームなら何でも面白いよね」


 ぼくはゲームのカセットを入れて、電源を入れた。


「ながいたびが、はじまる、だって」


 クリスマスの朝、ぼくは天竺までの旅を始めることになった。


***


 梅の花が咲く頃、ぼくはもうファミコンをしまい込んでいた。


「マサル、最近ファミコンはやってないのか?」


 ぼくはお父さんの口からファミコン、という言葉を聞いてお父さんを睨み付けた。


「やるわけないだろ! あんな面白くないゲーム!」


 お父さんはムッとしたようだった。確かにファミコンは今となってはテレビの下の台に入れっぱなしになって、埃を被り始めている。


「面白くないとは何だ! 物事を途中で投げ出すな!」

「じゃあお父さんやってみてよ!」


 ぼくは怒りながらファミコンに『スーパーモンキー大冒険』のカセットを入れた。


「ながいたびがはじまる、だって。面白そうじゃないか」

「じゃあお父さん全クリしてよ」

「わけないわけない、こう見えてお父さんは根気強いんだ。物事を途中で投げ出したりするものか」

「途中で投げ出さないでね」


 ぼくはゲームを始めたお父さんを置いて遊びに出かけた。友達の家でドラクエⅣをやらせてもらって、家に帰ってくるとお父さんはゲームをしないで相撲を見ていた。


「あれえ? お父さん途中で投げ出さないんじゃなかったんですかあ!!?」


 お父さんはぼくにそう言われて顔を真っ赤にしている。そりゃそうだ、あんなゲームどこが面白いのかって話だ。


 ぼくだって最初は一生懸命クリアしようとした。だけど、歩き回ってるだけでわけがわからないうちに死ぬし、村みたいなところに行っても村人はいないし敵が襲ってくるだけだし、何をすればいいかよくわからないし本当に何をすればいいのかよくわからない。しかもお父さん、多分ケチって中古のカセットを買ったものだから説明書も入っていない。ないないないで訳がわからない。年が明ける頃には『スーパーモンキー大冒険』で遊ぶことはなくなっていた。テレビは外国の大統領がどうのこうのというニュースばかりだったが、くだらない西遊記より面白かった。


「マサル、父さんが悪かった。そこで、今度こそお前の好きなゲームを買ってやろうと思う。もうすぐ誕生日だしな」

「やったあ! 今度こそドラクエ買ってね! ドラゴンクエストⅣだからね!!」


 ぼくはお父さんに念押しをした。お父さんは「任せておけ」と小さく呟いた。


***


 そしてすぐに僕の誕生日がやってきた。


「マサル、10歳おめでとう」


 ぼくはファミコンのカセットが入ってる箱の包みを開けた。そこに入っているのはドラゴンクエストⅣであるはずだった。


「……なにこれ、お父さん」

「ドラゴンのゲームって言っていただろ? 店員さんにも聞いたんだ、最近出たドラゴンのゲームはどれかって」


 お父さんは自慢げに言うけれど、カセットのタイトルはどう見ても『ドラゴンズレア』だった。


「……ありがとう」


 ぼくは何も言えなくなって、俯いてお父さんのそばから離れた。泣いているところを見られたくなかった。別の部屋に行ってひとりでしくしく泣いていると、お母さんが何か怒っている声が聞こえた。お父さんが怒られているとわかると、それはそれでまた申し訳なくなってきた。


「まあ、面白いかもしれないし」


 その日の夕飯の後、ぼくはドラゴンズレアのカセットをファミコンにセットした。電源を入れると、すぐにゲームは始まった。


「今度のはスーパーモンキーより絵がきれいだな」


 しばらくすると、城門の前に男が立っている絵が現れた。このキャラを操作して敵を倒しながら進んでいくゲームなのかな。友達の家で見た「魔界村」みたいだ。これは面白いかもしれない。ぼくはとりあえず城に入ろうとした。


***


「どうだ、ドラゴンズレアだってやってみると面白いだろう? 西遊記より綺麗な絵じゃないか」


 開き直ったお父さんがやってきて、ぼくは思わず怒ってしまった。


「面白いかどうか自分でやってみろよ!!!」


 お父さんはぼくが突きつけたコントローラーを受け取ると、キャラを操作して城門に入ろうとした。落とし穴に落ちて死んだ。そして敵にやられて死んだ。また敵にやられて死んだ。また落とし穴、また敵、今度は敵の火。10分経ってもお父さんは城の中へ入れそうになかった。目の前に城門があるのに、全く入れない。


「男は途中で投げ出さないんだろう! やってみろよ、ちゃんと全クリしたら許してやるよ!」


 お父さんは何も言わなかった。真剣な表情で城門を突破しようとしていた。


「マサル、お父さんが悪かった。たかが玩具だと侮っていたお父さんを許してくれ」


 お父さんも半泣きになっていた。たかがゲームがこんなに難しいとは思わなかったようだ。普段なら「だからこんなくだらないもので遊ぶな」と言うと思ったけど、お父さんは今度は逃げなかった。


「お母さんに怒られたよ。お前の気持ちを考えろって」


 お父さんはまだ城門に入ろうとしている。落とし穴を避けて、一度下がって敵を倒す。敵を倒したと思ったら落とし穴に落ちてしまった。


「だからお父さんもお前と同じゲームをする。お前の気持ちを考えるために」

「でもお父さん、このゲームをクリアするなんて無茶だよ」

「なに、男は無茶をやるものだ」


 お父さんは城門と戦っていた。本当に今回のことは悪いと思っているんだろうとぼくは思った。


「……がんばれ!」


 それから数十分後、お父さんは見事城門を突破した。画面は「第1ステージクリア」と言った感じのものになった。ぼくはお父さんとハイタッチした。すげえや、お父さん。


***


 それからお父さんは仕事から帰ってくるとずっと『ドラゴンズレア』をやっていた。石を投げてくる敵に狭い足場、それにデカくてのろいキャラにお父さんはてこずっていた。ぼくはお父さんの隣に座って、お父さんがドラゴンズレアのゲームに必死になっているのを応援した。


「すごい! お父さん2面クリアしたじゃん!」

「ああ、次はどうなることか」


 お父さんは本当に頑張った。何日もかけて3面もクリアし、4面に入るとお父さんもコツが掴めてきたのか、少し進んで仕掛けを発動させて、それから進むということができるようになった。それでも何度も何度も死んで先に進んだ。4面をクリアすると、仕掛けはますます激しくなった。


 5面の仕掛けはひどいものだった。でもお父さんは諦めなかった。何度も何度もやってタイミングを掴み、ぐるぐる回る罠をくぐり抜ける。何度も何度も死んで、それでも諦めないで、お父さんはゲームを進めた。


 そしてついに5面をクリアした。ぼくたちは抱き合って喜んだ。次の面は5面の地獄のぐるぐるに比べれば天国のようなものだった。それでもお父さんは油断をしない。何日もかけて少しずつお父さんは進んでいった。


 桜の花が散る頃、お父さんはついに最後のボスのドラゴンを倒した。お姫様を助けたような画面を見て、ぼくらはまた抱き合って喜んだ。お父さんは泣いていた。


「つらかった、本当につらかった」


 お父さんは泣いていた。大人が泣くほどひどいゲームなんてものがあるんだと、ぼくはそのとき思った。


「でもマサル、お父さんは諦めなかったぞ!」


 そのときのお父さんはとても大きく見えた。ぼくはもうドラゴンクエストⅣはどうでもよくなっていた。お父さんと一緒にやったドラゴンズレアがぼくの中で最高のゲームになっていた。


***


 それからお父さんもゲームの楽しさがわかったようだった。


「マサル、今度のゲームはきっと面白いぞ!」


 今度はお父さんが自分でファミコンのカセットを買ってきたようだった。『未来神話ジャーヴァス』だって。すごくかっこいい名前だし、カセットのイラストもかっこいい。またお父さんと一緒にゲームをやろう。


 お父さんと一緒にゲームをやれば、どんなゲームだって面白くなるんだ。きっと。


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