第30話 お礼はいらないよね? ね?

『早く逃げろッ!!』


 【収納】から煙玉を出して、切羽詰まった大声を出したことは覚えている。


 それから魔王幹部ディアベルに頭を押さえつけられている時、みんなの方を見たら段々と眠くなって………。


 ………。

 ……………。


「おはようございます、ロクトさん」

「お、おはようございます……」


 目が覚めれば、マールンさんの声。

 見上げれば……おっぱいで天井が半分しか見えなかった。


 ——ここは天国かな?


 目が丸くなり、パチパチと瞬きが多くなってしまう。


「ここは私の膝の上ですね」


 そう言って、マールンさんが俺の頭を優しく撫でてくれる。


 なんと、やっぱり天国だったか……。

 このままずっと———

 

「って、浸っている場合じゃねぇ! ディアベルは! 魔王幹部ディアベルはどうなったんですか!!」


 一拍遅れて声を上げ、慌てて起き上がる。


 ぼんやりとしていた記憶が蘇ったのだ。


 俺が眠ってしまった後、魔王幹部ディアベルと戦っていたのはパーティーメンバーの3人……。


 周囲を見ると……意外にも荒れた様子はなく、激しい激闘の感じもない……。


 でも、決着はついたみたいで。


「ああ、魔王幹部なら倒しましたよ〜」


 そんなあっさりとした事後報告を、いつもの微笑みに戻ったマールンさんから聞いたのだった。



◇◇


 それからアルベス家の大広間に案内され、いかにも高級そうなソファに腰掛けた時。


「ユーリエ! ユーニ! はぁはぁ……! この度は妻も娘もこの屋敷の者たちも救っていただいたようで……本当にありがとうございます!!」


 大広間の扉が勢いよく開いたと思えば、今度は勢いよく頭を下げる男性が現れた。

 言葉から察するに、ユーニさんとユーリエさんの父親のようだ。

 急いで駆けつけたようで息を切らしている。


「「「ありがとうございました」」」


 続いて、周りにいた執事やメイドも含めた全員が素早く俺たちに深々と頭を下げた。


 その光景に俺は「おお……」と恐縮した感じになるが。


「いえいえ。ボクたちは当然のことをしただけですから」


 今回も代表して対応担当であるシオンはこの光景を見てもなお、余裕がある笑みを浮かべていた。


 するとシオンは立ち上がり、一礼して。


「今までとても大変だったでしょう。今回ご縁あって皆さんのお力になれて、ボクたちも心から良かったと思っています」


 シオンの言葉に続き、俺たちは笑みを浮かべて相槌を打つ。


「……なんとお優しい方々なんだ」

「あなた、そんなに息を切らして……。公務から急いで駆けつけてくれたのは分かりますが、そろそろ座りましょう。恩人の皆さまの前なのですから」

「お父様! ぜひ私たちの間にいらしてください!」

「ユーリエ……! 本当に病が治ったのだな! ユーニも元気そうで……。そうだな! ゆっくり話をしたいしな!」


 この会話から家族仲は非常に良好なのが分かる。

 だって3人とも、笑顔が溢れているから。

 これからも笑顔が溢れる日が続くと思うと微笑ましいよな。


「こほんっ。申し遅れました。わたくし、オルデ・アルベスと申します。アルベスの当主をしております」

「ご丁寧にありがとうございます。ボクはシオンと申します。ボクの右手からマールン、ホノカ、ロクトと申します。普段は冒険者として活動しております」


 シオンの紹介を受けて、俺たちは頭を下げる。


 オルデさんって言うんだな。アルベス侯爵家の当主ということは、やっぱりユーニさんの父親で……。


 ……ん? 侯爵家!?


 思わず口に出てしまいそうだったが、失礼になるので強引に手で口を塞ぐ。


 貴族の階級の順番はややこしいが……侯爵がかなり偉い位だったことは覚えている。

 

 つまり、目の前の一族はただの貴族よりも偉い人たち。この屋敷にいること自体、とんでも案件。


 俺、今まで"さん付け"していたけど大丈夫かな! 不敬罪とかならないかな!?


「ああ、侯爵家だからと言ってかしこまる必要はありませんよ。わたくしどもに様付けなど不要。皆さまのお好きなようにお呼びください。対応に関しても同じく」


 俺の挙動不審な視線に気付いたのか、そう言ってくれた。


 それから報告のような感じでお互いに色々と話し込み……時にはしんみりとした雰囲気に、時には笑顔溢れる雰囲気となった。

 

 そして……。


「つきましては皆さまにお礼を——」


 オルデさんが真面目な表情になり、切り出した。


 この展開になるのはなんとなく予想済みだった。


 それで……。


「お礼は受け取れません」


 オルデさんが言い切る前にシオンはキッパリと断った。


 それもなんとなく予想はしていた。


「……」

「……」


 オルデさんもシオンも笑みを貼り付けたまま固まっている。


 譲れない試合開始ッ! というゴングが脳内で鳴った気がした。


「お礼はいらないよね、みんな?」


 先に口を開いたのは、シオン。

 俺たちに賛同の意見を求めているようだ。


「リーダーのシオンさんの言う通り、わたしたちは一冒険者として当然のことをしたまでですので、お礼の言葉だけで十分ですよ」

「加えて、様付けではなくてもいいとの褒美も貰いましたし……ユーニちゃんって呼べるだけで、私は頑張った甲斐がありました」


 マールンさんもホノカもお礼は要らないという意見を述べた。


「では貴方は……」


 最後の1人となった俺に、この部屋にいる全員の視線が向く。


「俺も……みんなと同じ意見です。お礼はいりません」


 本当はお礼の内容がちょっと気になるけど。


「それに、今回の件で俺は大したことはしてませんから」


 ユーニさんやユーリエさんを治したのは、マールンさんだし。

 魔王幹部ディアベルの討伐は、俺以外の3人だし。


 今回も俺は活躍できて———


「大したことはしていないなんて言わないでください、ロクトさん。貴方も私たちを救ってくださったお一人ではありませんか」


 そんな発言が俺の正面から聞こえた。

 見れば、ユーニさんと目が合った。


 ユーニさんは少し前屈みになり、また口を開いた。


「あの時、ロクトさんは人質になりました。それでもなお、私たちを逃がそうと煙玉で撹乱させ、そのおかげで私やお母様、あの場にいた屋敷の者全員がこうして無事なのです。自分を犠牲にしてまでのあの行動は、誰にでもできるわけではありません」


 ユーニさんは一拍開けて——


「貴方だからできた勇敢な行動です。貴方のおかげで私の命は救われました」


 力強い言葉。真っ直ぐな瞳に見つめられ……ドクンっ、と胸が熱くなる。


 俺が見てきた物語の凄い奴らはいずれも、派手な能力で大活躍していた。


 それに比べたら俺の【収納】の能力なんて地味だし、パーティーメンバーや身近な人たちには便利だと思われる以上のことはないと思っていた。


 ましてや、これほど感謝されることなんてないと思っていた。


 だから……今のこの瞬間が、新鮮でとても嬉しい。


「ぜひお礼をさせていただきたいのです」


 ユーニさんの懇願の視線が俺に向けられる。


 その一方で……。


「お礼はいらないよね? ね?」


 シオンたちからは鋭い視線が突き刺さる。


 ええ……俺にお礼の件ってかかっているの……。

 

「えと……」


 冷や汗がダラダラ垂れてきた中、口をもごもごさせて……俺は腹を括った。


「お礼は……申し訳ありませんが、今回は遠慮させていただきます……!」


 そう言い切ったのだった。


 決めてはというと、俺以外のメンバー全員がお礼を断っていたから。

 断る理由が何かあると思ったから。


 それにみんなの言う通り、お礼を言われるだけで十分嬉しいから。


「しかし……」


 オルデさん含め、皆さん納得いかないという様子。


 それから1時間後……お礼は受け取らないという結果になった。



◇◇


「4人のお顔はしっっっっかり覚えましたから! お暇な時にでもアルベス侯爵家にぜひ立ち寄ってください!」

「シオンさん、マールンさん、ホノカさん、ロクトさん! 本当にありがとうございました! またお会いしましょう〜!」


 ユーリエさんとユーニさんのそんな力強い言葉に、少し苦笑い。


 屋敷にいる人たち全員に見送られつつ、俺たちは去った。


 お礼は断ったものの、アルベス侯爵家との繋がりはできたみたいだ。

 

 

◆◆


「本当に行ってしまいました……」


 4人の背中が見えなくなり、ぽつりと言葉を漏らすユーニ。その目の端には涙が溜まっていた。


「これだけの偉業を成したというのにお礼を断るなんて……とても謙虚な方々なのですね」


 続いて母、ユーリエも声を漏らす。


「お礼……ぜひ受け取って欲しかったです……」

「そうですね。アルベス侯爵家として……いえ、それ以上の権力も巻き込み、思う存分振る舞いたかったですね」

「まあまあ2人とも。彼女たちにも何か事情が……目立ちたくない理由があるかもしれないだろう」


 オルデは妻のユーリエと娘のユーニを抱き寄せて。


「彼女たちのことは生涯忘れないでおこう。そして今日という奇跡の訪れも」


 2人の頭を優しく撫でるのだった。


「それにいずれまた会えるだろ」

「お父様? どうして会えると分かるのですか? それにとは? リーダーであるシオンさんは男性の方では……?」

「あなた……? 何か知っていることがあるのですか?」


 抱きしめる腕の中で不思議そうに見つめるユーニとユーリエに、オルデはくすっ、と柔らかいを浮かべて。


「なぁに。いずれ全てわかることさ。彼女たちこそ……逸材だと思うからね」


 今はもういない4人の姿を鮮明に思い出しながら……オルデは確信を持ったように微笑むのだった。





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俺の追放されたい願望がメンバー全員に知られている件 悠/陽波ゆうい @yuberu123

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