第29話 愛が重い本性

※グロ注意……かも。


「クックックッ……このガキを魔法で眠らせたかァ。無意味なことを……」


 小さく寝息を立てるロクトの頭をディアベルは雑に押さえて、ぐりぐりといじりながら……ニヤリと汚い笑みを3人に向けた。


「眠らせたところでオレの呪いはァ、ちゃーんと効くんだぜェ? オレの呪いは特別で何種類もあるからなァァ。ソイツが存在している限り、オレの強力な呪いはいつでも発動するゥ。クックック……今度はお前らがどんどん弱っていく番だなァ」


 喉を鳴らしながら愉快に笑うディアベル。

 その様子には、まだ余裕と過剰な自信があるようだ。

 

 ——目の前の3人の異変にも気づかず。


「で―――その汚い手でろっくんを押さえつけるの、やめてくれない? ろっくんはモノじゃないんだから」

「このガキは人質だからなァ。やめて欲しかったら喚くなり、ひれ伏すなり——……アァん?」


 ディアベルはニヤけた笑みを浮かべながら、視線をホノカからロクトに動かし……。


 先ほどまで押さえつけていたロクトの姿がなくなっていることに気づく。


「ッ!」


 ディアベルは慌ててホノカの方を向いた。

 その腕の中には、何故か人質にして先ほどまで押さえつけていたはずのロクトがいた。


「クッ……クックックッ! お前が近づいた足音やガギを抱えた動作の気配など、全くしなかったぞォ? どういう魔法だ……?」

「潜伏の魔法もあるけど、今のは魔法じゃなくてただの身体能力だし」


 ホノカは冷酷な瞳で告げる。


「身体能力でこれほどとはァ……」


 ディアベルは驚きつつも……まだ自分は優勢だという顔をしている。


「ホノカの身体能力にはボクも勝てないよ」

「へぇー。よく言うよねー。しーちゃんの方は、私がろっくんを奪った瞬間にアイツの両腕切り落としたのに」

「まあね」

「ハァ?」


 2人の会話の意味がわからないとばかりに、顔を顰めるディアベル。


 と、ディアベルは先ほどまでロクトの頭を押さえつけていた両手部分を見た。


 両手どころか……腕という部位が消えていた。

 あるはずの両腕の感覚がない。

 肩の付け根から伸びている太い腕が2本ともない。


 出ているものといえば……水飛沫のように勢いがよい赤黒い血。


「ッッッッ! ガアアアア!!?」


 ディアベルが両腕を切り落とされた痛みに悶え始めた瞬間。


「≪アイスソード≫」

「ッァア!?」


 追い討ちをかけるように……ディアベルの両眼には、氷柱が突き刺さった。


 シオンが唱えた氷魔法によるものだ。

 ピンポイントに、それでいて躊躇いもなくディアベルの目を狙ったのだ。


「ロクトの煙玉で察したけど……君、呪いを掛ける時、対象をその目で見ていないと呪いを掛けられないのだろう? だから……目、潰してもいいよね」


 すでにディアベルの両眼を潰しておいての台詞。 


 ———お前に手加減などない。


「ッ!」


 ホノカやシオンの表情は分からないはずなのに……その威圧を、身体が感じ震え出す。


 ディアベルはさらに情けなく顔を歪ませた。


「まあこの程度で終わらせるわけがないけどね」


 口元は笑っているはずなのに、目は笑っていないシオンがパチン、と。指を鳴らせば……ディアベルの目玉に氷柱が深く食い込み始めた。

 

 両眼から血がぶくぶく溢れ出していく。


「グガガ、グガアアアアア!!!!!」


 これまで味わったことがない痛み、苦しみ……容赦なく次々と襲ってくる。

 止まるところを知らない、得体の知れない恐怖。

 それは、まるで……呪いのようだ。


「グワアアアアーーーーッッッッ!!」


 ディアベルが痛ましい雄叫びを上げるも、誰も助けてくれない。


 誰も興味はない。


 両眼は氷柱で潰されて、さらに奥までめり込み始め。

 それに苦しみ、反射的に両眼を手で抑えようとするが……もう存在しない両腕。

 存在しない腕では、食い込んでいく氷柱は取ることも、止めることもできず。

 両眼は潰されたままで、誰もその目で見ることができず、自慢の呪いを掛けることもできず……。


 どうすることもできず、なすがままにもがき苦しむだけ。


 あれだけ人が苦しむのを悠長に楽しんでいた悪魔のような存在だったディアベルは……今では自分がそれ以上の無惨な姿になっていた。


「……」

「……」

「……」


 それを見る3人の瞳は、ハイライトが消えており、ただただ冷たい。


「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ。クソガァァァァァァァァ! アア……この魔王幹部のオレがッ! どんな呪いも使えるオレがぁッ! たった3人ごときにッッッッッッ!!!!」


 なんとか痛みに耐えて、ディアベルはありったけの声を絞り出す。


 そして、次にディアベルが取った行動は……。


「こうなったらァァ……」


 唯一まともに動く脚を踏み込み……物凄いスピードで部屋の壁の方へと突進して行った。


「ヒッヒッ……」


 その下卑な笑みから考えていることなど、容易に分かった。


 部屋の壁を突き破ってまで外に出る。

 あのおぞましい3人から離れて、ユーニやユーリエ。この屋敷の人間誰でもいいから人質に取ろうと考えているのだろう。

 幸い、ディアベルには耳が残っていた。

 それだけで、ディアベルは人がどこにいるかは把握ができた。


 ただ————今更すぎる考えだということを、これから思い知らされるだろう。


 今まさにディアベルの身体が壁を破壊しようという時……。


 ガンッ!!


「ァアっ!?」


 そんな鈍い音が鳴った。

 それどころか、ディアベルは情けない声も漏らし、呆気なく跳ね返された。


 ゆっくり起き上がるディアベルは、肩を震わせており……。


「ナゼ……ナゼだぁ! オレの超突進はどんなモノで壊せるはずなのにぃぃッッッ!!」


 余裕や自信過剰、下卑な笑み……そんなものはもうディアベルの表情には存在しなく……。

 焦り顔でみっともなく叫ぶ。


「あなたが当たったのは壁ではなく、防御結界です。ロクトさんが時間を稼いでくださったおかげで、より強度な防御結界を貼れました。……この部屋全体に」

 

 今まで黙っていたマールンさんが静かに口を開いた。


「部屋全体……? ゼンタイ……?」


 そうは言っても、ディアベルは目が見えず、部屋が今どういう状態か分からない。


 じゃあどうなっているのか?

 部屋の壁に貼り付けるようにあるのは、無数の複雑な魔法陣。それも存分に魔力を練り上げて構築した強力なもの。


 ディアベルでは、防御魔法を突破することは不可能である。

 

 つまり、強力で凶悪じみた3人がいるこの部屋からは……もう出られない。


 大人しくこのまま、死ぬしかない。


「ナゼ……ナゼだッ! ナゼオレがここまで追い詰められないと……ッ!!」


 永遠と続く苦痛と、ドバドバ垂れ流したままの血。

 自分の何もかもが通用しない、そんな頭がおかしくなりそうな状況でディアベルは……ようやく察することとなる。


『へへ……俺の勘の方が当たったみたいだな……。荷物持ち、あんまり舐めてるんじゃねーぞ』


 ディアベルの頭にふと、走馬灯のように光景が流れる。


 人質として捉えた少年が。ガキが……見下していたガキが、嘲笑うかのような口調をしている。


 あの時からだ。

 あの時から今まで上手くいっていた計画が狂い出した。


『早く逃げろッ!!』

 

 1番弱いと見下していたあのガキに、煙玉で濃い煙を焚かれて、他のやつらは逃がされ、呪いの発動を防がれ。


 それから、あのおかしな3人が動き出した。


 1人には、人質のガキをすぐに奪われ。

 1人には、両腕と両眼を奪われ、自慢の呪いも、反撃すらできない状態にされ。

 最後の1人には、強力な防御結界を守護として使うのではなく、監禁を目的に張られ、部屋に閉じ込められた。


 今起きた異変全て……そもそもロクトガキを人質にしてから起きたもの。


 ようやく分かったようだ。


 ————自分が地雷を踏んだことに。


「……な、なんダヨ……なんだよお前らァ!!」


 これまで人類を苦しめ、陥れてきた魔王軍の1人。しかも強さ故に選ばれた地位である魔王幹部。それがディアベル。


 しかし今のディアベルの口からは……恐怖に満ちた台詞しか出てこない。


 その相手は———


「荷物持ちがいる、ただの冒険者パーティーですよ。そしてあなたは……わたしたちの大事な彼の命に手を出した。———≪ロック≫」


 マールンがそう唱えた瞬間、部屋全体に貼り付けられていた防御結界が狭まり始めた。


 そして向かう先は——ディアベル。

 ディアベルの身体に張り付くように、絡みつくように防御結界は形を変え、集結した。


「ァ、ガっ!?」


 まるで窮屈な箱に閉じ込められかのように、身動きが取れないディアベル。


「——さようなら。もう二度と現れないでください」


 そんなマールンの冷たい声色とともに……ディアベルに貼りついていた防御結界が一気に圧縮。

 

 ぐしゃりと。

 容易く顔から脳天は砕かれ、その逞しい肉体も一瞬で潰された。


「≪解除≫」

「————ァ」


 べちゃぁ……。

 防御結界を解かれ、出てきたのは血みどろで原型を留めないディアベル。

 顔や胴体はぺしゃんこになるほど潰されたものの……ぴくぴく、とまだ僅かに痙攣していた。


「気持ち悪い……」

 

 ホノカが引き攣った表情ながらに双剣を抜き、ディアベルの顔と胴体を細切れにする。


「これ以上見るのは不快だね。——≪ファイヤーボア≫」


 シオンが笑みの消えた顔で、火の魔法を唱えて、細切れを燃やす。


 断末魔を聞くこともなく……魔王幹部ディアベルは塵となり、やがて塵さえ消滅し……死んだのだった。


「……」

「……」

「……」


 しばらく3人に静寂が訪れたが……マールンが息をひとつ漏らし、口を開いた。


「いつもの冷静な戦い方ではなく、少々荒くなってしまいましたね。こんな姿……ロクトさんには見せられません。敵より……怖がってしまいそうですから」


 マールンは苦笑し。


「……そうだねー。今のをもし見られていたら、ろっくんは怖いどころかドン引きしちゃいそうだけど。でも逆に、いつもみたいに凄いって驚くだけのパターンもあるかも? ろっくんは圧倒的な戦闘って、好きそうだしっ」


 ホノカの声は明るくなり。


「ロクトならそっちの反応もあり得るね。でもしばらくはこういう戦闘をすることは、ロクトには内緒かな。ボクたちはロクトのことになると……たかが外れて、一方的な惨殺をすることは。ロクトのためにも。そして……これからのボクたちのためにもね」

 

 シオンがそう纏める。


 3人は顔を見合い……軽く笑った。


 これで一件落着と思えば———


「さっきのやつ、魔王幹部とか言っていたけど大したことなかったねー。魔王幹部なのに……。ん? 魔王、幹部? あーーーーっ!」


 ホノカが声を上げた。

 そして慌ててた様子で、シオンとマールンに視線を向けた。


「しーちゃん、まーさんどうしよう!」

「どうしたんだい、ホノカ?」

「ホノカさん、何か問題でもありましたか……?」


 あまりにも慌てるホノカに、2人とも心配した様子になる。


「魔王幹部倒しちゃったよ! 魔王幹部! 私たち、まだ勇者パーティー候補でもないのに! ……魔王幹部を倒したから、その流れで勇者パーティーになるとか……ないよね?」


 ホノカの発言に、シオンとマールンはお互いに顔を見合わせて……。


「王都ギルドの偵察と勇者パーティー候補を見るために王都に来たはずなのに……その勇者パーティー候補の役目を、ボクたちはしてしまったということか」

「あらあら〜。わたしたちとしたことが、うっかりしていましたね」

「うっかりどころか、殺意MAXだったけどねっ」


 これが愛が重い3人の本性。

 ロクトのことになると……優先順位と判断能力ががらりと変わってしまうのだ。


「しーちゃん大丈夫かな? 魔王幹部倒しちゃったけど」


 ホノカがリーダーであるシオンの判断を煽るように、心配した瞳になる。


「そうだねぇ……。そもそも勇者パーティー候補になるにも、ちゃんとした試練や条件を満たさないといけないと思うから……。でもその試練や条件に魔王幹部討伐が入っていたらって話にもなってくるよね」


 シオンは顎に手を当て、考える。


『魔王幹部だって立派な討伐対象だ。しかし、魔王幹部を倒したところで所詮は、魔王討伐の旅路の途中に過ぎない……。最終的な討伐対象は魔王なのだからなぁ。つまりは、魔王を倒さなければお前たちがさほど目立つことはない。魔王を倒したパーティーこそが、一番目立つであろう勇者パーティーなのだからなぁ』


『それに、魔王幹部を倒した時にも膨大な報酬が渡されるらしいぞ。今後はなにかと資金が必要になってくるだろう? お前がさっき言った、結婚式とやらにもなぁ?』


 ふと、シオンはギルドマスターから言われたことを思い出す。

 それは勇者パーティー候補の件を断ろうとして、保留にまで持ち込まされた妙に納得がいった言葉。


 シオンは少し笑い、口を開く。


「まあ大丈夫じゃないかな。倒したのはあくまで魔王幹部……魔王ではないし」

「そりゃそうか。じゃあ良かったー」


 ホノカは胸をホッと撫でる。


 この会話が生まれること自体、他人から見れば特殊である。


「では王都ギルドの方へ魔王幹部討伐の報告はすると?」


 今度はマールンが聞く。


「そうだね。それに、アルベス一家で起こった一連のことは、あの魔王幹部が元凶だし、報告せざるを得ないね。でも、何はともあれ……」


 こほんと咳をして、シオンは言う。


「みんな無事なことを喜ぼうじゃないか」

「それはそうだね! いやー、無事に終わって良かったよ〜!」

「そうですね。皆さん無事で良かったです」


 ようやく、会話に戻った。


 3人は微笑み合ってから……天蓋付きベッドに移動させたロクトに視線を落とす。


「……すぅ」


 未だはスヤスヤと眠っており、ロクトは……3人がこれほど重い愛に満ちているのを、まだ知らない。


「ところでしーちゃん。ユーニちゃんのこと、他にも何か知っているでしょ?」


 ホノカが言う。


『けど……彼女は貴族だなと思って。それも、アルベス家……』

 

 シオンだけはユーニと呼ばず、アルベス家と家柄のことをよく言っていたことに、ホノカはずっと引っかかっていたのだ。


「さすがにバレちゃうか」


 ホノカと。それにマールンにも視線を向けられ……シオンは肩をすくめ、ゆっくりと口を開いた。


「アルベス家は———なんだよね。それもちょっと家系的に特殊でね。だから、解決した後がちょっと大変だなとも思っていて」


 シオンの言う解決した後のこと。

 

 4人は、アルベス家の娘と原因不明の母親を救い、さらにはアルベス家自体も魔王幹部から救った————まさに恩人。


「うまくお礼をお断りして、これ以上目立たないことはできるかな」


 シオンはそう言うと珍しく……困ったように頬をかいた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る