第28話 荷物持ちだけど、助けられないとは言ってない
「クックック……いい目をしているじゃないかァ」
不穏な空気が流れる中、心底嬉しそうに喉を鳴らして笑うディアベル。
俺は冷や汗がら止まらなかった。
それは、ディアベルに首を掴まれて人質にされていることよりも……。
パーティーメンバーの方から得体の知れない恐怖を感じるから。
「へぇ……ロクトを人質に……」
「ろっくんを人質に……」
「ロクトさんを人質に……ですかぁ」
瞳からは光がなくなり、顔も……感情が読み取れないほど、黒いものに支配されている。
だが、切り替えて俺の事態だ。
『少年……お前がいいなぁ。この中で1番弱そうでいいィ』
ディアベルは瞬時にそう判断して、俺を人質に取った。
言っていることは当たっているし、弱いと馬鹿にされた俺は情けないし、悔しい。
荷物持ちで【収納】という地味な能力しかない俺。
いつもパーティーメンバーに守られている俺。
それでも———助けられないとは言ってない。
「……っし」
密かにもごもごと動かしていた口と、頭の中で考えていたことが纏まる。
あとはタイミングだけ……。
先ほどからの流れからすれば、
「クックック……さあ、もっとオレに無様な姿を見せてくれよォ! 泣き叫び、ひたすら媚び、オレたち魔王軍にひれ伏す姿———」
ディアベルが流暢に己の力を過信している―――今だ!!
「≪開放≫」
俺が【収納】から取り出したのは、煙玉。
手足は動かせないので煙玉を手に取ることはできず、そのまま地面へと落ちる。
だが、それでいい。
着弾した瞬間、煙玉からブシュウウウウ‼︎ と荒い音が出て、白い煙が吹き出した。
「な、なんだ!?」
「きゃっ」
この場にいる全員のシルエットさえ見えないほどに、部屋の中が白く濃い煙が充満した。
「早く逃げろッ!!」
出入り口付近にいたメイドや執事たち。ユーニさんやユーリエさんに向けて、俺は声を振り絞って叫ぶ。
周りが見えなくても部屋の構造を覚えている彼女たちなら、すぐ逃げることができるだろう。
俺の意思は伝わったようで。
直後、脱兎の如くドタバタと慌ただしい足音が聞こえてきた。
「ろ、ロクトさん!」
ユーニさんの切羽詰まった声が聞こえたが……俺など気にせず自分の命を優勢にして欲しい。
せっかく、傍に元気なお母さんがいる日常が訪れてようとしているのだから。
そして……俺なんかよりもよっぽど力と人望があるパーティーメンバーにも。
「チッ、貴族のやつらを逃したかァ……」
煙が消えるの頃には、ガラッと人がいなくなっていた。
が、パーティーメンバーの3人だけは動いた様子がなくその場に残っていた。
本当は逃げてほしかったけど、見捨てないでいてくれたことにじわっと胸が熱くなる。
「……お前も有能側かぁ? ガキぃ?」
不機嫌そうなディアベルの声が耳を掠める。
俺の勘だが、呪いって対象の姿がちゃんと見えていないと掛けられないのではと思った。
呪いは強力なものと言っていた。
その分、呪いを掛ける対象にしっかり照準を合わせなければ、その強力な効果は発動しないのではとも思った。
つまりディアベルは、対象の姿が確認できず、無作為な状況では呪いは掛けられないという結論が俺の中で出たのだ。
そして今、ディアベルが何もしなかったということは……。
「へへ……俺の勘の方が当たったみたいだな……。荷物持ち、あんまり舐めてるんじゃねーぞ」
煽るように笑いの篭った口調で言ってやる。
「フッ……クソガキガッ」
ディアベルが乱暴に吐き捨てた。
次の瞬間、ふっと身体が待ち上がる感覚がしたと思えば……頭を思いっきり地面に叩きつけられた。
「ッ……!」
脳がぐわんと揺れて、視界もうまく定まらない。
頭も身体も痛いし、視界がぐるぐる回っているし……気持ち悪い……。
「やっぱりお前を人質に取って正解だったかなァ。いい呪いの実験台になりそうだァ」
首根っこを掴まれて、俺は顔を上げせられる。
今まで背後にいて姿が見えなかったディアベルをしっかりとこの目で見た。
風格漂う執事という面影は全くなく。
最初に見た悪魔的な見た目プラス、翼やゴツゴツとした俺の何倍も太い腕と体つきも露わになっていた。
「……っ」
身体から血の気がサッと引くくらい怖い。
でも口はまだ動く。
言葉さえ発することができれば俺の【収納】を発動できる。
まだまだアイテムはある。
魔王幹部だろうが、一矢報いることができる。
……たとえ、命がなくなろうが。
「さあ、ガキ? お前にオレ特製の呪いを掛けてやろうカァ? それとも仲間の方がいいかァ?」
少し不機嫌になったがディアベルは変わらず自分の力を過信しているみたいだ。
これがコイツの1つの弱点なのだろう。
言えば、反撃の隙がある。
「ぐっ!?」
俺はまたディアベルに頭を押さえつけられた。今度は力強く、地面へとぐりぐりと擦りつけられる。
「ぐぎぎ……開———」
もう一度、声を振り絞って———
「≪スリープ≫」
ふと、シオンの声がした。
しかも……詠唱?
その直後、強烈な眠気が襲ってきた。
「あ……」
俺の瞼はゆっくりと閉じていく。
狭まる視界と遠のく意識の中で……。
「ありがとうロクト。こっちの準備も終わったよ。あとはボクたちに任せて。起きたら全部終わっているから安心して眠っていてね」
「ろっくん、みんなを逃がしてくれてありがとう。ろっくんは……私が守るから」
シオンは微笑み、ホノカは殺気立っている様子。
そして。
「……ロクトさん。ロクト……さん」
普段穏やかな表情しか見てこなかったマールンさんは……。
「あなたを苦しめる相手は……」
威圧するような見たことがない瞳で、
「———この世からいなくなってもらいましょう」
俺の上の方を見ていた。だから、ディアベルの方を見ていて……。
「みん、な……」
ここで俺の意識は途絶えた。
◆◆
———同時刻。
「ギルドマスター。確認書類です」
「ああ、ありがとう」
受付嬢から書類の束を受け取るのは、燃えるような赤髪の靡かせたギルドマスターと呼ばれる女性。
冒険者や職員からは本名では呼ばれることは少ないが……彼女の名前は、シルバという。
「これ、お前らで食っていいぞ。来客からのお土産で、中身はお菓子だ」
「いいんですかっ。ありがとうございます〜」
受付嬢は満面の笑みでお菓子の入った箱を受け取った。
と、思い出したように受付嬢は加えて話し出す。
「そういえば、シオンさんたちのパーティーは現在、王都ファニファールにいるのでしたよね?」
「ああ、そうだ。王都ギルドの偵察に行くと言っていたぞ」
シルバはあっさりした様子で言う。
シオンたちに勇者パーティー候補の話が来ていたことも、シルバによって保留までに持ち込んだことも、まだ他人は内緒である。
「王都ギルドですか! 王都ギルドといえば、勇者パーティーや候補生を多く輩出しているところですよね。シオンさんのパーティーはうちの冒険者ギルドでは人気も実力もぶっちぎりのトップですが……王都ギルドの冒険者と比べるとどうなのでしょうね?」
「さあな? それは直接やり合わないと分からないだろう。……だが、アイツらが強いというのは間違いない」
シルバは口角を上げながらハッキリと言った。
「ギルドマスターがそこまで肩を持つ冒険者パーティーなんて中々いませんよねー。もしかして、ギルドマスターもシオンさんのファンなのですかっ」
「馬鹿野郎。アタシは男にしか興味ない」
キッパリと言うシルバ。
「ではロクトさんは気になるんですか?」
「ロクトは……アイツはないな」
「ロクトさん可哀想ー。泣いちゃいますよー」
受付嬢がわざとらしい口調を返すと、シルバは頬に手をつき、ため息。
「……アイツは無理だろ。恋愛的な意味ではなく、周りのせいで、だ」
「周りですかぁ。シオンさんにホノカさんにマールンさん。3人ともそれぞれタイプの違う美女で、強くてハイスペックですよね。そんな中にロクトさんがいるのは……不釣り合いというわけではないですが、なんだが不思議ですよね」
「……」
シルバの眉が大きく動く。
「ロクトをあまり甘く見ない方がいいぞ」
「えっ? ロクトさん実は強かったりするんですか?」
「いや、そうじゃない。ロクトの存在価値を甘く見るなということだ」
「う〜ん? さっきと言っていることは同じじゃないですか?」
受付嬢は分からないと首を傾げる。
「まあ知らない方が幸せかもな。だがこれだけは覚えといた方がいい」
「……と言いますと?」
「もし、アイツを酷い目に遭わせようとするやつがいるとする。それも命に関わることなら尚更だ」
「それはロクトさん、大ピンチじゃないですか」
「ああ、そうだ。大ピンチだ。それもパーティーメンバーの目の前で起これば……」
瞳を細め、シルバはゆっくりと口を開いた。
「間違いなく相手は……殺されるだろう。アイツの傍にいる3人に、無惨に容赦なく」
シルバは椅子を回転させ、窓の外の空よりもどこか遠くを……憐れむように見た。
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