エピローグ

 空一面が桃色に染められる。果敢なくも美しい。どの瞬間、何処を切り取っても奇麗な桜の木は人生を映している。

 柚葉のランドセル姿を拝みたい。それ一心で私は長い長いトンネルを歩いて来たと思う。念願が叶った嬉しさはあるが、隣に大切な人がいない寂寥を埋める術を持たない。どれだけ願っても恭介は帰って来ない。

 呆気ない死にかたをしたものだ。

 葬式が行われたが私は行けなかった。行ってはならないと思った。

 柚葉には恭介は仕事で成果を上げて海外で暮らすことになったから、別れることにしたと伝えてある。父親と看做していただけに柚葉は泣き止んでくれなかった。

 墓参りしたいと思いつつも場所を知らない。

 空を見上げれば近くに彼がいるような、そんな気がする。

 姫島とはその後も家族ぐるみの交流をしている。すっかり仲良くなった。柚葉も彼女の子どもたちと会うのが楽しみのひとつになっていた。

 愛美と曲澤は拘置所で自殺を図ったと姫島から聞いた。

 やり直しを選んだ。

 自分が理想とする世界を摑み取るために。何度でも繰り返すのだろう、あのふたりは。我が儘で強欲だ。

 秋彦は実刑を受け容れるのだそうだ。精々三年くらいではないかと見られている。罪を償って、再スタートを目指すらしい。

 社会は一度でも罪を犯した人間を受容しない傾向にある。秋彦にとっては出所後が真の意味での地獄のはじまりな気がする。

 皆瀬は私の研究室に通うになった。学科はちがうけど、私のような研究者になりたいのだそうだ。嬉しくもあり怖くもある。研究者の端くれとして曲澤より見込みはある。彼女の類まれなる才覚を我が研究室で思う存分発揮してもらいたいと告げると彼女ははいと自信に満ち溢れた返事をしてくれた。将来有望な若人が加入してくれた。

 私はというと。

 これと言って変化はない。大学と自宅の行き来の生活だ。ランドセルを背負える年齢になったにも拘らず幼稚園に足が向いてしまうのは五回もやり直した弊害だ。

 恋の話も今のところはない。

 凡ての因果を生み出した私がのうのうと生きていて良いのか思考に耽る。答えが出るはずもない。正解不正解を探すだけ時間の無駄な気がする。

 私はやり直す必要がないのだから。

 ふたりとちがうのはそこだ。

 どうでもいいかもしれないが皆瀬怪童は健在だ。麻美子は妊娠したのだそう。いやはや。元気でいるのは大事だ。何より麻美子が幸せな顔をして日々を営んでいる姿を見れるのは友人として喜ばしい。彼女もまた自分の居場所を見付けた。

 誰かが指図するのではなく自らが選び取ったのだ。

 どんな人生を歩もうがその人にとって最良であれば良いと思う。

 何回も繰り返した私が弾き出したひとつの結論。

 結局は自身がどうしたいか、自分がどうなりたいかが大事なのだろう。

 そのための苦労は苦労ではない。徒労でもない。確かに存在する碑だ。

 名前のない石碑。

 記念碑でもある。

 貴方にとっての。

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どうしても、あなたと…… 蟻村観月 @nikka-two-floor

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