(ここまで改修済)第肆鬼:鬼の目にも涙

 ワールズ城に着いた、アルトとアクト。

城下とは一転して、熱烈な歓迎が待ち受けていた。


「アル君、おっそーーいっ!」


第一声を放ったのは頬を膨らませ、むくれる母『アルマ・リンネ・ワールズ』だった。


 澄んだ天色の眼、淡い桜色のセミロングポニーテール。付け根に淡藤色のリボンを結んでいる。

桜色の袴の巫女服を着ており、胸には黒水晶の真円に絡み付く白蛇のペンダントが輝く。

その手には何故か、純白のウェディンググローブを付けていた。

自称、ピチピチの二十九歳。


 若かりし頃は“血染めの神子〟と呼ばれ、返り血で髪と神子装束が真っ赤に染まったと云う──

カンナの神子の師でもある『輪廻の神子』だ。



「もうっ! 折角メイドさん達とマカイシャークのステーキを……

 あら? あらあらあら? そちらのハンサムさんは、だぁれ? アル君のお友達さん?」


「アッ、アクトと申し申す者でございッ」


 ガリッ──


「ッ!!」


 鋭利な鬼の牙で舌を噛み、悶絶するアクト。


「あらあら……だいじょうぶ?」


 アクトの眼前まで顔を近付け、両手で顔を掴むアルマ。


「ッ!?」


 アクトは口から血を流し、恥ずかしさのあまりトンガリ耳の先まで顔を真っ赤にした。

赤み掛かった褐色の肌が更に赤くなり、まるで激昂したマカイオクトパスの様である。


「ウフフッ。アクトくん……。じゃあ“アックン〟ね!」


 ウェディンググローブで垂れたの血を拭いながら、アルマが実母の様に優しく微笑む。

アルマの奇行とも呼べる暴走(ゆうわく)に終止混乱するアクトであったが、内心満更でもなかった。


「か、母様──それくらいにっ! 息子の友達を誘惑しないでください!」


 頬を膨らませ、むくれるアルト。

その姿はアクトに“親と子の血の繋がり〟を感じさせたという。

アクトは何を想い、何を愁いたのだろうか──

口から溢れ出そうになった様々な感情や柵(しがらみ)を喉の奥へと必死に抑え込む。



「さてっ! 冗談はこれくらいにして……食べましょっ! お料理が冷めない内にっ♪」


「「はいっッ!!」」


「(誰かの手料理なんて、サクヤが作ってくれて以来だな……)」


 熱い雨垂れが、空を見上げたアクトの頬を伝う。


「あっ、あらっ? どうしたのかしら、アックン? もしかして、お口に合わなかった?」

「ち、ちがッ……」


 雨垂れがまるで大雨の様に、止め処なく溢れ出す──


「ぎゅっ」


 見かねて、アクトを抱きしめるアルマ。その姿は本物の母の様だった。


「辛い時はね、泣いても良いんだよ?

 悲しみの涙はね、ライフソルトに還って“新しい命の素〟になるの」


 アクトの感情がアルマの中へと流れ込み、目尻に涙を浮かべながらアクトを諭す。


「ぐすッ……うぐッ……うわあああああんッ!!」


 アルマを強く抱き締め、泣き崩れるアクト。

半人を庇った罪で無残にも殺された亡き母『赫焚(カグヤ)』の記憶と亡き想い人サクヤの記憶が涙となり、止め処なく溢れ出す。

それはまるで、大河の源流を想起させた。


「アクト──」


 それ以上は何も言わず、そっと──

まるで泣く赤子を諭す母の様に、アクトの頭を撫でるアルト。

その眼は微かに潤んでいた。


「今日は……天気雨……、だな」


 アルトがポツリと呟く。


「おっ、旨そうじゃーん! 今日はマカイシャークのステーキかー!」


 空気を読まず沈黙を突き破ったのは何を隠そう人世の唯一王、ゼクト・ワールズだった。

とある場所の視察を終えて帰って来たのである。


「……」

「…………」

「ん、どした? 食べないのか、お前ら? もぐもぐ」


「ばっ……バカオヤジ~~!!」


 激昂し“鬼人化〟しかけるアルト。


「ア・ナ・タ~~~~!!」


 鮮血の神子と呼ばれていた、現役時代の形相に回帰しかけるアルマ。


「なっ、なんだよ~、皆して……。いーよいーよ……。

 バカオヤジは独り寂しく、サメちゃんとランデブーしますよーっと……もぐもぐ……」


 料理を皿にヒョイヒョイッと取り、すみっコに行くゼクト。

そんなチャランポランな男が千年余り、このライフィールドを護ってきたのだから不思議である。

この時代、ゼクトを世界の象徴だと言う者も少なくはなかった。


「ふふっ……」

「プッ──」

「こっちで一緒に食べましょ、アナタ♪ アックンも……ねっ!」

「あ、はいッ!」


 頬を赤らめるアクトの表情には、笑顔が戻っていた。


「んっ? お前さん、何処かで──まぁ、いっか!」


 アクトを見て、懐かしい何かを感じるゼクト。

アクトの姿を通じて旧き友、スルトとの旅の想い出を想起させたのだろう。


「えッ?」

「さぁさぁ、誰が一番食べられるか競争だ~!」


 ゼクトは高らかに、フォークを持った右手を掲げる。


「「「オーーー!!」」」


 きりっとした顔付でフォークを交差させたアルト、アクト、アルマの三人。

その姿は宛(さなが)ら“食卓の三銃士〟の様だったと、遠巻きに見ていたメイド達は語る。



「遅いっ!! もぐもぐもぐもぐっ!」


「「「あーーー!!」」」


「ずるいぞ、バカオヤジっ!」

「そうよそうよ!」

「オ、オレも……ッ! もぐもぐもぐ」


 アクトが生まれて初めて体験した賑やかな夜は更けていく。

魘獄に居た当時は無口な父と、“レヴェルの烙印〟を押されたサクヤと三人で暮らしていたが、ここまで騒がしかった事はなかった。

サクヤのセカンドネームは生まれながらのものでもなければ、嫁入りしたが為のものでもない。

半人の息子と親密となり、集落を追放されたが為の烙印だ。だが、彼女の明るい性格は微塵も変わることは無かった。

いや、寧ろ愛するアクトの伴侶と成れてより一層明るくなっていったという。



「サクヤ……かーちゃん──」


 オレ、生まれてきて良かったよ。この時は心の底からそう思ったんだ。

かーちゃんもサクヤも喪ったってのにな──


 鬼の血に反逆する二人の鬼子、オレとアルト。出逢うべくして出逢った二人。いや、再会と言うべきか。

サクヤとの出逢いも決して偶然ではなかった。かーちゃんの下に生まれた事だってそうだ。

だが、無知でバカなオレはサクヤと、かーちゃんの“稀血〟に秘められた意味なんて、この時は微塵も考えもしなかった。

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流転の半人反鬼 ~二人の鬼子と真実の鍵~ 黒銀結月(くろがねゆづき) @kurogane-yuduki

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