第参鬼:天蓋の槍
数日後、苛立った様子のアクトが黒き鬼の牙を連ねて造られた鞘に納められた刀を携え、魘獄(えんごく)から戻って来た。
まるで、心の半分を抉り取られた様な面持ちで──
「あっ、アクト! おっそいっ! あれ? 何かお前、この前より歯が短くなってないか?」
あの日と同じ天極塔の根元。友との再会で、はしゃいだアルトの声が谺する。
「う、うるさいッ! こっちにも都合ってもんが──」
「そんな事より見てくれよこれ! レイルから貰ったんだ!」
「何だそれ? 嫌な“気の流れ〟が見える……」
禍々しい闇を纏う小さな“捩れた何か〟を、空に向かって投擲するアルト。
「ドーーンっっ!」
無邪気なアルトの声と同時に、耳を劈く大きな音と衝撃が地殻と大気を震わせる。
地面には数日前、アクトが天蓋塔の根元で見た穴が空いていた。
その穴を開けたのは、アルトがマーダー・レイルから貰った二つの角が絡み合った様な小さき“螺旋の槍〟だった。
突如、アクトが激昂しアルトに掴み掛る。
「“アレ〟も──お前がやったのか……?」
「な、何するんだよ!? そんなに欲しいなら、レイルに頼んでやるよっ!」
「レイル……? あの胡散臭いヤロウか」
「レイルは良い奴だよ、面白い玩具もくれるし!」
「その“オモチャ〟で……奪われた命がある事を知っているか……?」
冷徹な鬼の形相で、アクトが騒つく。
その身体からは燃え上がる様な熱気と共に、黒きライフソルトが湯気の様にメラメラと立ち昇っていた。
「熱っ──どうしたんだよ、ただの玩具じゃないか!」
「“ただの玩具〟じゃないッ!!
その玩具とやらが“こっちの世界〟に降って来て、オレの大切な──
オレの命よりも大切な女の命を奪ったんだッ!!」
「……どういう事だ。詳しく話せ、アクト」
先程とは打って変わり、冷血なまでに冷静になるアルト。
アクトは事の顛末を語り始めた。
アクトが魘獄へと戻ったあの日、想い人の『サクヤ・レヴェル』が突如、魘獄の黒き太陽から降り注いだ槍の様な物に貫かれ、命を落としたと言う。
その槍はアルトが先程天に向かって投げた“捩れた槍〟そのものだった。其れが何なのか、何の因果でサクヤ・レヴェルを死に至らしめる事になったのか──
その理由を二人が知るのは暫く先の事になる。
「──そんな事が、お前の世界で起こっていたのか……。すまなかった」
「いや……お前の所為じゃない。“ヤツ〟が何をやろうとしているのか、探る必要がある」
「……分かった、協力するよ。一緒にレイルの動向を探ろう」
疑念を抱く事すら無く、アルトは固い決意を胸に抱く。
魘獄に開いた大渦の穴、アクトの想い人を貫いた螺旋の槍、レイルから貰った小さき螺旋の槍──点と点が繋がっていく。
決意とは裏腹に、アルトの腹の虫が準備運動を始めていた。
「先ずは腹ごしらえだ」
「そんな暇は……ッ!」
「いいから来いって!」
不機嫌なアクトの手を、アルトが無邪気に引っ張る。
久し振りに触れた人の温もりに深い安堵を感じ、アクトの強張った表情が次第に解けていく。
しかし、城下町に着いた二人に待っていたのは無垢で残酷な子供達の冷ややかな目だった──
「あっ! 鬼の子アルトだ!」
「今日こそ退治してやるぞ、鬼の子め!」
「ものども~! であえであえ~!」
「ブォ~ン! ブォ~ン!」
幼子の産声の様に無邪気なマカイホラガイの重低音が鳴り響く。
四人の子供達はいつもの様にアルトを取り囲み、持っていた剣や槍、杖の玩具を向けた。
「「「「やーいやーい! 鬼の子ア~ルト~! ツノ出せ槍出せ目玉出せ~!」」」」
その刹那、大気が震える──
「……誰が、鬼の子、だって?」
アクトは右の額から生えた十センチ余りの赤黒い角を悪ガキ達に見せつけた。
その眼はまるで、小人を踏み潰す巨人の様な眼であった。
集団で居る安心感から増長していた子供達は一気に蒼褪め、震えあがる。
「「「「う、うわああああああっ!!」」」」
大事そうに持っていた玩具を手放し、悲鳴と共に逃げ去る悪童達。
アルトは小さな溜息を吐き、内心スカっとしている面持ちだった。
幼き日、アルトは鬼の力に苦悩させられていた。感情を殺す事でしか制御する事が出来ぬ其の力は激昂と共に覚醒し、ある日一人の子供の命を奪いかけた過去があったのだ。
それ以来、人前では感情を露にする事を極力避けて生きてきた。
まるでアクトが今まで溜めてきた怒りと哀しみを吐き出してくれたかの様だったと、後にアルトは涙を流しながら語る日が来る。
「ハーッハッハ! “鬼も歩けば、ガキを脅す〟ってなッ!」
アクトは、吹っ切れた様な笑顔を見せる。
「そんな諺は無いっ!」
ここぞとばかりにツッコミを買って出るアルト。
「「アハハハハハッっ!!」」
「あー、笑った笑った」
「笑ったら腹が……減ったな」
「もう直ぐ城だよ」
「城?」
「──ッ!?」
「でッッけぇぇぇえええええッッ!?」
成層圏まで達する、首が痛くなる様な黒き巨城を見上げて驚愕するアクト。
余りの巨大さに、歪な黒き壁としか思えない程だ。
「“でっけぇぇええええ〟のは、お前の声だっ!」
またもツッコミを買って出るアルトだった。
城では、アクトにとって思いがけない出逢いが待っていた──
──まさか、この歳になって「おふくろの味」を知る事になるなんてな。
かーちゃんが居ない、このオレが──
あの時の味は、一年経った今でも憶えてる。いや、死ぬまでずっと忘れはしない。
かーちゃん……怒るかな。
そういや何時だったか、アルトが言ってたな。
この世界には再会と廻り合いの神サンが居るって。
ありがとな、神サマ──ついでにアルトも……ありがとう。
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