第弐鬼:鬼の子アクトとの出逢い
アルトは十三歳の誕生日パーティーが終わった後、中庭で鍛錬の続きをしていた。
幼馴染で神在月の神子『カンナ・デディケート』が、いつもの様にアルトを見守る。
「ねぇ、アルト。あの日の事、憶えてる?」
「あの日って、どの日?」
汗を流しながら鍛錬刀を振るうアルトが、カンナに訊き返す。
しゃがんで頬杖をついていたカンナは、少し頬を紅潮させながら勢い良く立ち上がった。
「七年前の、あの日だよっ! 私が神子の修行をお城の最上階でしてた時っ!」
「……なんかあったっけ?」
半分とぼけた様子のアルトに、カンナは興奮気味に話す。
「もうっ! 夢幻のアニマソルトに私が襲われそうになった時の話だよ!」
「あー。そんな事あった様な、無かった様な……(父様にもされたぞ、この話)」
「あっ た のっっ!!」
顔を真っ赤にしてカンナが激怒し、地団太を踏み鳴らす。
地面の芝生達は悲鳴も上げず、ぐったりとしながら必死に耐えていた。
「俺はあの状態──“鬼人化〟してる時は殆ど意識が無いんだ。だから、ぼんやりとしか憶えていない……恐いか?」
ゆっくりと俯きながら、鍛錬刀の手を無気力に下ろすアルト。
カンナは少し焦った様子で話し始めた。
「こ、こわくないよっ! とっても奇麗だったよ、あの時のアルト……。
澄んだ天色の小さな角、身体に纏った蒼炎……。
薄い紺桔梗色の髪の毛っ! 毛先も空色で──
すっごく、すっごくキレイっ!!」
カンナは興奮気味にアルトの好きな部分を力説する。
それはまるで、幼きプロポーズの様だった。
「あっ、ありがとう──」
俯いたままのアルトが初々しく頬を染める。
お返しにと言わんばかりに、今度はアルトの疑似プロポーズが始まった。
「そっ、そのっ──カンナの髪も奇麗だよ、黄昏色で。
まるで夕日が濃紺の夜空に沈んでいくみたいな……。
月の色と同じその眼も好きだな(今日は黄金色の満月か)」
アルトはナチュラルに口説く。カンナの顔からは火が出る勢いだった。
カンナの眼は『天月の眼』という、俗に言う神眼だ。
神域である“月〟に存在すると云われる半人半神の女神の眼だと、神子の師であるアルマはカンナに告げていた。
天月の眼はその日の月の色と同期しており、様々な恩恵と呪が与えられる。
マカイオクトパスの如き真っ赤に染まった顔でカンナが叫ぶ。
「ばっ、ばかぁ~~~~!!」
神子装束の袖を握り締め、走り去るカンナ。
「──さ、さてとっ! 鍛錬の続きでもやりますかなっ!」
──時刻は黄昏時。
夕日が沈んでいき、濃紺色の空へと移り変わる。
並行して綺麗な黄金色の満月が顔を出し、沈みゆく夕日に一日の別れを告げているかの様だ。
一方その頃、鬼の世界『魘獄』では迫害を受ける鬼人、スルト・レヴェルの息子『アクト』が悪名を轟かせていた。
二分の一の鬼の力を受け継ぎ、利かん坊で腕っ節に長け、スルトも手を焼いている。
ある日、アクトは天性の察知能力で“世界の捩れ〟を感じていた。
「何だ、この嫌な感じ。空間が捩じ切れている様な感じだ」
アクトが縄張りの一つである『天蓋塔』の近くで、渦の様な大穴を見つける。
「こりゃひでぇ。一体何があったらこうなるんだ?」
下まで降りるアクトであったが、地底に近付く程に嫌な気が増大するのを感じた。
「な、何だこの捩れ!? 次元が歪んでいるのかッ!?」
常軌を逸する感覚に、アクトが狼狽える。
“次元の捩れ〟に触れた途端、アクトの身体は吸い込まれてしまった。
「「「うわぁぁぁあああッッ!!」」」
──ゴツンッと、鈍い音が辺りに谺する。
「いってて……」
「いッてええええッ!!」
「だ、誰だお前っ! 一体何処から来た!?」
天まで届く『天極塔』の近くで素振りをしていたアルトは急な出来事に驚愕した。
「お、お前こそ何処のどいつだ! 人に名を訊ねる時は自分からって習わなかったのかッ!」
空から降って来たアクトはボロボロの黒衣をはためかせ突っ撥ねると、一瞬の静寂が流れた。
「──その通りだな、悪かったよ。俺の名はアルト・ワールズ。ライフィールドの唯一王、ゼクスが一子」
「フッ、フンッ! オレはアクト……アクト・レヴェルだッ! 鬼人スルトの息子──ぶつかって悪かったなッ!」
アクトは黒紅色の毛先を左手で弄りながら、照れくさそうに自己紹介を返した。
「ふふっ……」
「プッ……」
「「ははははははっッ!!」」
二人は腹を抱えて笑い合い、まるで古くからの友人の様に意気投合する。
少し遠くの未来、親近感を感じた理由を理解する事となる二人の、正に運命の出逢いだった。
「あー、おっかし──ところでお前、何処から来たんだ? 急に現れた様に見えたが」
「何処って、天蓋塔の根元だろ?」
不思議そうにアクトが訊ねる。
「天蓋塔……って、何だ?」
アルトも不思議そうに訊ねた。
「だーかーらッ! ……あれ? 何処だ、ここ──」
狼狽えた様子で、アクトはキョロキョロと辺りを見回す。
まるで生まれて初めて見たかの様に、青々とした足元の雑草を踏み締めていた。
「大丈夫か? 頭をぶつけた拍子に記憶が飛んだのか? そんな大きなコブまで……コブ?」
「失礼なッ! これはコブじゃねぇ! クソ親父から受け継いだ立派な一本角だッ!」
暗い灰色の髪からは、炎に似た赤黒い角が十センチ程顔を出していた。炎を模した紋様が刻まれている。
それはアルトにとって、縁が深過ぎる角──
「その尖った耳……お前、もしかして鬼の子か? 文献で読んだ事がある。大昔、この世界には鬼が居たって」
「──だったら何だ? お前もソッチ側……なのか?」
先程とは打って変わりアクトは意気消沈し、拳を握り締めて警戒し始めた。
対照的にアルトは穏やかに、且つ哀しそうに語り出す。トラウマから言葉が詰まる。
「──実は俺も、興奮すると短い天色の角が生えるんだ。五センチ程度だがな」
アルトは自分の秘密を告白した。
いつものアルトであれば、決して自分からは公言しなかっただろう。
アクトという存在が、どうにも赤の他人とは思えなかった故に自然と零れた言葉である。
「何だか俺達──」
「似た者同士……だなッ」
「なぁ、アクト。さっきチラっと見えたんだが、その左眼──」
「ああ、これか。普段は誰にも見せないんだが……ほら」
アクトはウルフカットの前髪で隠していた左眼を見せてくれた。
左眼の下から首にかけて緋色の紋様が刻まれているが、どうやら刺青ではなく生まれつきの様だ。
その眼はアルトの右眼にそっくりな不思議な眼だった。一体、この眼にはどんな秘密が隠されているのだろうか。
アルトが入れる城の書庫では知識に限界があり、高位の知識を禁書庫から得るには父ゼクトの許可が必須なのだが、父は決して深く知識を得る事を許してはくれなかった。
「──やっぱり、俺の右眼と同じ淡藤色の眼だ。その紋様……鍵穴か?」
「そうみたいだな。お前のは……鍵?」
「この眼……何なんだろうな」
「さァな。ンな事より──」
互いを想い、認め合い、確かな友情の芽生えを感じた二人に一人の男が近付く。
アクトの人生を大きく変える存在が──
「おや? お友達ですかな、アルト様」
「あっ、レイル! そうなんだ、ついさっき友達になったんだよ」
「ほう……。それはそれは興味深いですね」
「…………」
アクトは再び警戒する。
鬼の片角が痺れる様な感覚に襲われていたからである。
「紹介するよ、アクト。こいつはマーダー・レイル。古代魔術の研究者だ」
「以後お見知りおきを──アクト、様」
「……フンッ」
不機嫌そうにアクトは視線を逸らす。
アクトの直感が告げていた。「用心を怠るな」と。
「では、私は研究に戻ります。それでは御二方、御機嫌よう……」
「もう行っちゃうのか。また今度、面白い発明品見せてくれよ!」
不敵な笑みを浮かべ去っていく怪しげなローブ姿の研究者、マーダー・レイル。
アクトはその後ろ姿を、鋭き眼光で睨みつけていた。
「……オレも、そろそろ行くか」
「アクトもかよー! ちぇっ」
「そうイジけるな。また直ぐに戻って来る事になるさ」
「じゃあ、またこの場所で……なっ」
「ああ──ッ」
──氷の様な表情を浮かべながら、アクトは去っていく。
他の“捩れ〟を感じ取り、魘獄へと戻ろうとしていたのだ。
「あっ! そういえば、何処に住んでるのか教えてもらってない……」
今思えば古びた運命の歯車は、この時この瞬間から回り始めていたんだ。
幼かった一年前の俺達は、そんな事など考えもしなかった。
呪われた世界樹の根は、俺達二人の身体を決して手放そうとはしなかった──
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