流転の半人反鬼 ~二人の鬼子と真実の鍵~

黒銀結月(くろがねゆづき)

第壱鬼:アルトの誕生日

 これは二人の半人半鬼(はんじんはんき)、そして、その子らの物語である。

零の預言師『マギア・クルス』が遺した伝記に登場する預言の子らが、世界構造を変えるまでのお話──




  ──序章『二人の鬼子と真実の鍵』──




 世界の名は『ライフィールド』

人族と魔族と霊族、そして鬼が暮らす多重世界。天上には神々が住まう神域があると云われている。

膨大な数の世界が細胞の様に隣接し連なっていた。限られた者達のみ干渉する事が叶う外世界だ。


 その中の一つ、此処ライフィールドは緑豊かな平原、悠久の黄昏、闇に包まれた死の都、七色に輝く虹の都、天まで届く巨大桜と桜色の平原──

七つの多種多様な王都が、雪の結晶を模した配置で建ち並んでいた。



 この世界に“科学技術〟は存在し得ない。存在してはならない。決して──



 王の一子が生まれてから早十三年。“流転の時〟が刻一刻と迫っていた。


 此処は世界の中心、第壱王都『ゼロヤ=ワールズ』

その中心部、成層圏まで達する黒き巨城「ワールズ城」の中庭から研ぎ澄まされた風切り音が聴こえてくる。


 紺桔梗色のハーフアップポニーテールを靡かせ、鍛錬刀を振るう少年の姿が其処にはあった。

透き通る様な天色の左眼には六華の花弁が、淡藤色の右眼には鍵の紋様が刻まれ一際異彩を放っている。


 浅く息を切らし、汗を流す少年に宵闇が如き桔梗色の長髪男性が歩み寄った。

スキップ混じりの軽やかな足取りから、ご機嫌だという事が窺える。

少しソワソワした様子で両手を後ろに回し、何やら隠し持っている様な素振りだ。


「アールートっ」

「父様、何事です? 今、剣術の鍛錬を──」

「そんなの、後回しっ!」


 『アルト』と呼ばれた少年の下へと歩み寄ったのは、ベルトだらけで宵闇が如きロングコートを纏う男性『ゼクト・ワールズ』

人族が住まう世界“人世(ひとよ)〟を治める唯一王である。

息子のアルト誕生前にとある事情で左半身が鬼と化してしまった半人半鬼だ。

半身は紅黒混じりの灰色の肌に、二十センチ余りの歪な黒き角が生えていた。


「そ、そんなのって……。大体、父様が──」

「はい、これっ!」

「何ですか、この眼鏡は? しかも二つ──」

「そ・れ・はぁー! おたんじょーーびっ! ぷれぜんつっ!」

「……はぁ」


 どうやら父のゼクトが息子のアルトへ、十三歳の誕生日プレゼントを用意していたらしい。

逆ナイロールの小洒落た銀縁眼鏡である。楕円形と予備のスクエア型が星空を模した箱に仕舞われていた。


「それな、父さんの手造りなんだ」

「父様の? 伊達眼鏡ですか?」


 ゼクトはハイテンションから一転、神妙な面持ちで話し始める。


「お前さ、六歳の時の事──憶えてるか?」

「六歳……ですか。あまり記憶に無いですね」

「カンナの奴が“アニマソルト〟に襲われた時の事だよ」

「例の暴走事件の事ですか。あの時も言いましたが、殆ど記憶に無いんですよ……。父様だって御存知でしょう──」



 『アニマソルト』──それは、全ての生命や物質等の根源である『ライフソルト』が局所的に残留している特異点“アニマスポット〟で起こる不可思議な現象。

ライフソルトは異能の発動時や生命が終わる時等に発生する微細で高濃度の結晶粒子であり、通常意志を持たぬ生命体である。

生物が吸い込み、身体に吸収する事で長い時間をかけて新たな“命の種〟が宿る。

且つては魔術師、魔導士が扱う世界樹の魔力『マナ』と同一視されていた。


 アニマスポットではライフソルトが姿を変え、この世ならざる霊獣アニマソルトとして顕在化する。

その姿は多種多様で、小動物サイズの者から山ほどの巨躯を持つ者。鼠型から龍型、将又植物型まで存在する。

何故ならば、発現経緯となった“存在〟の象徴が具現化した者達だからだ。

彼らは神が齎す災害『神災(しんさい)』として畏れられ、百年に一度発生すると云われていた。そう、この時までは──

運命の女神が持つ歯車は“人的特異点〟達に因って一枚、また一枚と狂わされていく──



「お前の鬼の力が初めて発現したあの日、師匠の預言通りの事が起こった」

「マギア先生、何処に行っちゃったんでしょうね」


 アルトが幼き日、ゼクトの師である『マギア・クルス』は忽然と消息を絶つ。

ゼクトは必死に探し続けたが痕跡が一つも見つからず、それはまるで此の世界から実際に消失しているかの様だったと言う。

先王もまた、同様に世界からの消失が確認された。生きているか死んでいるかも判らぬ二人。

先王は消失から千年以上も経つ為、ゼクトは諦めて死亡認定を下した。

だが師のマギアは今も何処かで生きていると、言語化出来ない確信をゼクトは感じていた。


「で・だ! その師匠がな、鬼の力を制御する“空(そら)の眼鏡〟を用意しておけって五月蠅かったんだよ」

「空の眼鏡、ですか。レンズが若干空色ですね。本当にこんな物で鬼の力が──」

「あと、これも持ってけドロボー!」


 ゼクトが空色の勾玉を半ば強引に押し付け、首にかけた。

アルトは「俺の趣味じゃない」と言わんばかりに少し嫌そうな顔を見せる。


「今度は勾玉の輪、ですか。十二歳の時はベルトを山の様にくれましたよね。その前はこのグリフェンのガウンコート。その前は──」

「そいつは“空の勾玉〟だ。鬼の力を抑制する神器として、父さん……お前の爺ちゃんから押し付けられたんだ」

「千年前、行方不明になったお爺様の──ところで父様。貴方は今年で幾つになるんです?」

「えっ、えーと……、千と……三十五歳くらい?」

「……はぁ。そんなに長生きしてるのならもう少し、しっかりしてください」

「なっ、なにおうっ!?」


 千年前、ゼクトは相棒の『スルト・レヴェル』と共に、世界を二つに別つ“流転の儀〟を発動した。千年に一度の頻度で行わねばならない儀式とされ、代々ワールズ一族がその役割を担ってきた。

流転の儀を行った者はその代償として“呪禍(じゅか)〟を受ける。

呪禍とは、この世の魔術では決して解呪出来ない永劫回帰の呪い。そして、子孫へと形を変えて受け継がれる呪因子の事である。

ゼクトに発現した呪禍は二つ。一つは不老不死、そしてもう一つは──


「アナタ~! アルくぅーん! ケーキが焼けたわよ~」


 少し遠くから、アルト達を呼ぶ若々しくも艶やかな声が響いた。

焼き菓子の甘い匂いが風に運ばれ、二人の下へと届く。静かにゼクトの腹の虫が騒ぎ始めた。


「おっと、アルト。残念だったな! ここは一時休戦だ!」

「別に戦ってないですけど──」

「ほら、急げアルトっ! ケーキが冷めるぞ!」

「は、はぁ……」


 ゼクトがアルトの白きガウンコートを引っ張り、城の中へと連れて行く。

母の『アルマ・リンネ・ワールズ』は湯気が立ち昇る焼き立てケーキを満面の笑みで抱えていた。

産まれたばかりの我が子を抱くかの様に、優しく、大事に──


 そんな折、四角い縁無し眼鏡をギラつかせて苛立っている様子の神官『ラーク・ブラック』の足音が小刻みにカツカツと聴こえてくる。

銀のポニーテールをブンブンと振り回し、ゼクトへと詰め寄った。

その姿はまるで「書類から足が生えた魔物の様だった」と、後にメイド達は語る。


「ゼクト王っ! 貴方はこちらの書類の山を片付けてもらいますっ!」

「い、嫌だ嫌だー! ケーキが俺を呼んでるんだぁー!」

「子供じゃないんですからっ! ほら、行きますよ!」


 ラークはゼクトのベルトだらけのロングコートを雑に引っ張り、城の奥深くへと連れて行く。ゼクトは泣きながら書類の山を抱えて引き摺られている。

アルトはそんな父の泣きっ面を見て、こう思わされたのである。


「あの人、何で王に成れたんだ?」



 ワールズ一家と従者達、そしてライフィールドの一部住民達が住むワールズ城。

それは黒き世界樹『ライフィール』の中に創られた、成層圏まで達する大きな大きな黒き巨城。

現世と常世、そして“外世界〟の全ての知識が内包された、世界樹の死骸──


 一方で大罪を犯した者が堕ち、鬼に成ると云われる人世と隣り合わせの世界『魘獄(えんごく)』から黒き鬼の子が迫っていた。

アルトの人生を大きく変える事となる存在である。

それは正に、決定付けられた運命と呼べる出逢いだった。




「もう直ぐだよ──アルバ────」


 哀しみに満ちた声が、湿った風と共に凪いでいく。

天上では、謎の白き子龍が微笑みを見せていた──

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