エピローグ

「この家も支払いが終わる前に、すぐに引き払うことになっている。離婚届は書き次第、弁護士の方まで送ってくれ。慰謝料は一括のみで、振込先は弁護士から追って連絡させるからな」


 項垂うなだれる二人に、誠が部屋からの退場させた。

 録画された室内の映像は確認しないまま、弁護士に提出しよう。

 そんなもの、見たくもないし。


「こんなこと……許されると思うなよ!」

「はいはい。勝手に言ってなさい。あーあー、負け犬の遠吠えって嫌ね。だいたい、それはこっちの台詞でしょう。あんたたちはそれぐらいのことをしたんだから、最後まで後悔することね」


 捨て台詞にも言い返した私を睨みつけながら、向陽たちは家を出て行った。

 ふぅっと息を吹いたあと、張りつめていた糸が切れる。

 病み上がりだと忘れていた体が、急に痛みと重さを取り戻す。

 

 ちょっとムキになりすぎたかも。

 お腹に力入れて声を張り上げていたから、オペしたところがチクチク痛むし。


「無理しすぎだ、香織」

「誠くん……」


 誠に肩を抱えられるようにリビングのソファーまで移動し、腰を下ろした。

 うん。確かに疲れた。疲れすぎちゃった。

 こんな風に人とぶつかったのは、初めてな気がするわ。

 言い争いになる前に、私はいつも引いてしまっていたから。

 ただこうなった原因は、ここまで溜め込む前に、ちゃんと会話をしてこなかったせいでしかない。


 でも自分でも、ここまで向陽たちに言えるとは思わなかったなぁ。

 やればちゃんと出来るんじゃない。

 向陽の顔色ばかり伺わなくたって。

 ちゃんと自分の言葉で、言いたいコトを。


「ありがとう。誠くんがいたから、ちゃんと向陽たちとぶつかるコトが出来たわ」

「いや。俺がいなくても、香織ならちゃんと出来たさ」

「そうかな……。でも心強かったのは、本当だよ」

「そうか。これからは、ずっと側にいるさ。もう二度とこんな思いを香織にはさせない」


 私の前に立っていた誠は、私の手を握ったまま、その場にしゃがみ込む。

 どこまでも真っ直ぐな瞳とその視線がぶつかった。


 ずっと側にいる。

 それって……。


「それって、家族としてあの家に私も戻っていいってこと?」

「……どうしてそうなる」

「え? あー、やっぱり無理かな。そうだよね。お父さんの許可がないと戻れないもんね」

「いや……そういうことじゃないんだが」

「?」


 困ったように笑う誠に、私は小首をかしげた。

 んー。兄として守ってくれるっていう意味だったのかな。

 でもここを引き払うなら、住むとこに困るのよね。


「ここ引き払ったら住むと来なくなっちゃうし。お父さんにもちゃんと話して謝ったら許してもらえるかな」

「おじさんは初めから心配ばかりしていただけで、見捨てたいだなんて少しも思ってないさ」

「……そうかな。でも私はお父さんの反対を押し切って、こんなことになってしまったし」

「相手が悪すぎただけだ」

「でもね」


 でもそう。父は初めからこうなることをきっと知っていた。

 知っていて父として、あんなにも止めてくれたのに。

 あの時私は、父が私の結婚が気に食わなくて反対しているとばかり思ってしまったのよね。


 あまりにも自分勝手で子供じみた考え。

 父が呆れて勘当するのも分かるわ。


「やっぱり私が悪かったのよ。もう少しちゃんと父の言うことを聞けば良かったの」

「それはおじさんも分かってるさ。そして勘当して家を追い出したことを後悔しているのも同じだ」

「そうなの?」

「ああ、そうさ。一日だって香織のことを心配しない日はなかった。だけどあれでいて頑固だからな。二人ともそっくりだよ」

「うー。そんなとこは似てなくてもいいんだけど」


 でも父がまだ私のことを心配してくれていた。

 その言葉だけで、少しほっとしている。


「おじさんにも今回のことは伝えてある。かなり怒っていたから、きっとあいつらの会社にも話がいくと思うな」

「ん-? お父さんの会社、向陽たちのとこと取引でもあったのかな」

「そうじゃないか? なんせ大手だからな」


 今思えば、金目当てな向陽が私に目を付けた理由は、私の父がかなり大きな会社の経営者だったからだろう。

 でも離婚してしまえば、それが裏目に出るってこともあるのね。

 父からの圧力って、なんか卑怯な気もしないことはないけど。

 向こうも私の遺産目立てだったのだから、おあいこね。


 私の倍以上は苦しんでもらわないと。

 会社で針の筵の肩身の狭い思いをしつつも、多大なる慰謝料で首も回らなくなる。

 あー、そうだ。

 ご実家とかに、あのモニターフォンの動画送り付けとこうかな。

 きっと喜んでくれるはずね。


「家は俺の家に住めばいい。広くて使ってない部屋がたくさんあるからな。しばらくそこで療養すれえばいいさ」

「でも……」

「元気になったら飯だけ頼むわ。一人だと味気ないからな」


 誠の家に住むって、それいいのかな。

 しかもご飯って、なんだか一歩間違えば前のような暮らしになりそうな気がするのに。


「あいつと違って、ちゃんとお金は出すぞ?」

「そうじゃなくって。なんか……」

「家族、なんだろ?」

「あー、うん。そうだね。、よろしく」

「まぁちと違うが、いいさ。な」

「え? 何か言った?」


 私の問いかけに誠はただ鼻で笑い、教えてはくれなかった。

 でも今はこの満たされた心の中も、この関係性も、私には幸せに思える。

 やっと手に入れた穏やかな時間と、優しいぬくもり。

 だからあえてそれ以上はもう、聞かないことにいた。

 そう、今は――

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死に戻ったサレ妻は、廃棄される側からする側へ 美杉。節約令嬢、書籍化進行中 @yy_misugi

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