第9話 病める時も健やかなる時も

「結婚って意味分かってる?」

「は? 馬鹿にすんなよ。籍入れることだろ」

「これだから低能なのよ。健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くす ことを誓いますか? って聞いたことない?」

「それは……」

「一個も当てはまってないじゃん、向陽が私にしてきたこと」


 愛することも、慰めることも、助けることもしない。

 むしろ私を殺したのよ、あんたたちは。

 ただ籍を入れただけなら、詐欺みたいなものじゃない。


 その義務を果たしもしなかったくせに、何を言ってるんだか。


「そうそう。それに私に保険金をかけて、いつか死んだらそのお金で二人仲良く暮らすんだっけ? あれってさ、誰の入れ知恵なのかな。私と結婚する前から計画してたって本当に詐欺でしかないよね」

「おまえたちそんなことまでしていたのか!?」


 詰め寄りそうになる誠を手で制止する。

 やっぱり一回死んだなんて言ったら、本当に手が出そうね。

 言わなくて良かったわ。


「あ、あたしじゃないわ。向陽が」

「馬鹿言うなよ。お前がそうしろって言ったんだろ、恵美。こいつが金持ちだから、家も買わせて家政婦代わりに家に置いて貢がせればいいって。それで浮いたお金で二人で遊ぼうって」

「で、でも。実際に結婚したのは向陽だし」

「お前が生活費分浮いたらいろいろ出来るって言い出したんじゃないか。しかも家事はまったくしたくないってゴネて」


 全部、恵美の入れ知恵ってことね。

 私に全部やらせて、さらにお金も出させる。

 浮いたお金で外で付き合えば、きっと楽しくたくさんのお金を使えたでしょうね。

 

 あのデート代も、全部私に貢がせて浮いたお金だったんだ。

 ホント馬鹿らしい。

 なんでこいつらのために、自分の好きなことも食費すらも我慢して生きてきたんだろう。


「どっちでもいいよ。どうせ二人には慰謝料請求するし」

「ふざけんなよ、離婚なんて認めないって言ってるだろ」

「裁判しても絶対負けると思うけどいいの? その分余計に費用かかるよ」

「くそっ。あ、そうだ! このマンション。これは夫婦の共有財産だろ?」


 思い出したように、部屋の中を指さし、足をドンドンと鳴らす。

 普通だったら、こういう変なトコだけ頭いいなって思うんだろうけど。

 今回は、残念だったわね。

 人の話をちゃんと聞かないからいけないのよ。


「買ってたら、そうね。ココ賃貸だって話、聞いてなかったの?」

「賃貸? でもお前、家賃なんて払えてないだろう」

「そうね。滞納してるわ。叔母から借りてる家だから、待ってもらってたの。いつか向陽からお金がもらえたら、そこからまとめて返そうと思って」

「な、なんだよ、それ! 滞納って、そんなのお前が払えよ!」

「二人で住んでいたんだから、折半に決まってるでしょう? ちなみに、ここは一等地のマンションだから家賃高いんだよねー。しかも向陽の希望で最上階だし」


 向陽はずっと、私の貯金からここを買ったって思っていたのね。

 でも貯金は家を出るときに全部置いてきたのよ。

 父に出ていけって言われた時、もうこれから二人で頑張って生きていくからいらないって思っちゃったんだ。

 だから当然、家なんて買える訳もなかった。


 しかも向陽がお金をまったく入れてもくれないし、本当にお金がなくて叔母に泣きついたのよね。

 私の貯金を担保にしつつ、向陽がお金をくれたらちゃんと払うって。

 ある意味ここの家賃は、蓄積した借金のようなモノ。


 今まで生活費も払わなかったわけだし、ちゃんと回収していかないと。


「ここの家賃は月13万円。これがすでに滞納で468万円。まぁ、半分として234万。で、これ以外に二人にはそれぞれ200万ずつの慰謝料を請求します。そうそう。向陽の貯金の半分は私の取り分だから」

「はぁ?」

「さっき自分が得意げに共有財産のこと、言ってたじゃない。借金も貯金も、一緒よ」


 このお金で今回の病院費用と、私の分の家賃は払えるわね。

 それ以上のおつりもあるし。

 あー。落ち着いたら、保険会社に今回の入院費の請求もしなくちゃ。

 私が死んだ時にたくさんもらえるようにって、結構高い保険に入らされたからね。

 その分の回収もしないと。


「ふざけんなよ! なんでそんな金をおれが払わないといけないんだよ! 借金に貯金ってふざけんな!」

「ふざけてるのはどっちよ。馬鹿じゃないの? お前が使った金だっつーの。何回説明すれば分かるの? この世の中タダで自分だけ楽して生活なんて出来るわけないじゃないの! グダグダ言ってないでこれ以上上乗せされたくなかったら、とっとと払ってね。もちろん恵美もよ」

「そんな……」

「自業自得でしょう」


 だけどね。

 これだけでは済ませないわよ?

 だって私が失ったものはお金だけじゃないもの。

 かかった分のお金だけもらったって許されると思うの?


 それこそ脳みそお花畑だわ。

 結婚の誓いを立てた時に、全部決まってたのよ。

 もちろんここまでいってしまったことには、私にも責任はある。

 でもね。

 一度死んでその代償を、私は先に払ったのよ。

 今度は二人が払う番になったって、こと。


 もちろん残りの人生をかけてね。


 

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