第8話 散り積もった怒りは言葉となって
玄関を開けると、よく見慣れたあの革靴の隣に、パンプスが置かれていた。
キラキラとしたその靴たちの隣に自分の靴を置くと、みすぼらしさが浮き立つ。
こんなにも差があるのね。
「おい! 遅いだろ! だいたいどーなってるんだ!」
「なにが? どうなってるもこうなってるもないけど。連絡聞いてないの?」
ドスドスと大きな足音を立てながら、向陽がリビングから出てきた。
その後ろにはアッシュブラウンの長い髪をくるくると巻き、化粧すらバッチリに決めた私の親友……
ある意味、あの日の光景のようね。
まさか恵美を……不倫相手を家に上がらせているなんて。
二人ともどういう神経なんだろう。
「何がってお前なぁ」
怒鳴りかけた向陽は、あとから入ってきた誠を見るなり言葉を詰まらせる。
きっと私一人で帰ってくると思っていたのだろう。
そしていつもの調子で、上から押さえつけようとでも思っていたのね。
しかし自分よりも年上であり、さらに体格もいい誠が来るとは思ってもいなかった。
昔から向陽は、誠が得意ではなかった気がする。
まぁ、見た目からして誠は少し怖そうに見えるものね。
中身も誠と向陽は正反対な気がする。
「何か問題でもあったか? 退院時に迎えにも来ないくせに、遅いも何もないと思うんだが」
「それは……別におれが行かなくても」
「おれが行かなくても? じゃあ、誰が私の退院の付き添いに来ると思ったの?」
「家族に電話してあったんだろ。それならそっちが迎えに行くと思うじゃないか」
「そうね。でも向陽は、それ確認すらしていないよね? 確認もせずに思い込みでの行動って、社会人としてアリなの?」
「はぁ!?」
私の返しに向陽は、顔を真っ赤にさせる。
そうね。
いつも反論何て一言もしてこなかったもの。
どういう気分かな? 自分より下だと思っていた人間に口答えされる気分って。
「お前なぁ」
「あとさぁ。ごめんね、私、お前って名前じゃないから。そういう口の利き方、人としてどうかと思うよ? それに離婚届とどいてるよね? もうさ、私は向陽のモノでもないし」
「誰がそんなもん許可したんだよ!」
「え? 自分。私に決まってるじゃない。どうして自分のことを、他人になんて許可もらわなきゃいけないの?」
「それは……夫婦だからだろ!」
「そうね。マトモな夫婦ならそうかもしれないわね。でも夫婦としての義務を、一つも果たしていない人にそれ言う権利ないって知ってた?」
私の反論に向陽は拳をつくり、今にも殴りかかって来そうな勢いだ。
やっぱり誠が来てくれて良かった。
「どうでもいいけど、玄関で話してても仕方ないしどいてくれる?」
私は向陽を手で避け、リビングへと進んだ。
「んで、恵美はなんでここにいるの?」
「おれが呼んだんだよ。お前がいないから家事が困るだろ。わざわざ手伝いに来てくれたんだから感謝しろよ」
「そ、そうなの~。向陽、一人で困ってたみたいだから。あたしが手伝いに来たんだよ」
「あのさぁ、なんで私が感謝しないといけないの? 大の大人が一人でどうにもできない方がダメなんだよね。向陽が勝手に感謝すればいいんじゃない?」
「ねー、香織。いくらなんでもそれ、言いすぎなんじゃない? 急に家のことやれって言われたって男の人は無理だよ」
「そう? 急にじゃなくても向陽は無理じゃないかな。家のことなんてなーにもしてこなかったし。だいたい、浮気相手を家に上がらせて感謝する人間なんていると思う?」
私の問いかけに、二人が固まる。
バレてないってどうして思うんだろう。
毎回否定してきたから大丈夫だって思ってたのかな?
あんなに誰の目にも付くとこで、デートしていたのに。
「あー。もしかしてバレてないとでも思ってた? それか、私にならバレても関係ないって馬鹿にしてた感じ?」
どっちも正解でしょうね。
だって顔に書いてあるわよ、二人とも。
「な、何言ってるんだよ! どこにそんな証拠があるって言うんだ」
「あのね、私見たのよ。先週の夜、出て行った日の次の日に二人がカフェ行くのを」
「そんなの見間違えかもしれないじゃない」
「そうね。ああでも、この家の玄関チャイムって室内も録画できるヤツだからね?」
誠が興信所に二人の浮気の証拠を集めるように頼んでいたみたいだから、そっち分も証拠になる。
今更浮気を言い逃れるのは無理よ。
「浮気なんてしていないし、離婚理由なんてない!」
「まだ言うの? だいたいモラハラにマネハラ、不貞。これで十分じゃない」
「マネハラ? なんだそれ」
「お金を渡さないってことよ。お金を一円も入れてこなかったよね」
「それこそ証拠ないだろ!」
「そうね。でもそれが通るなら、十分に養ってたって証拠もないわよね。ああでも、一応日記はつけてるのよ。あなたが私にしてきたことは全部、日付とともに細かく書いてあるから」
どうせ離婚したくない理由はお金よね。
このまま離婚ってなったら、慰謝料かかることは二人だって知っているはず。
あの時私が死んでいたら、払うどころかもらえる立場だっただろうに、ご愁傷様ね。
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