第7話 反撃は義兄と共に

 誠はちゃんと退院のお迎えにも来てくれた。

 私を迎えに来る前にすでに会計を済ませたらしく、数少ない荷物も持って車まで行ってくれた。


 そしてスマートにドアを開けて乗せてくれると、車のドアポケットには温かいコーヒーが置かれていた。


「いろいろごめんね」


 運転席に乗り込んだ誠に、私は頭を下げた。


「こういう時は謝るんじゃないって昔教えただろ」

「あ……うん、ありがとう」

「その方がいい」


 私が困ったように笑うと、それでも誠は嬉しそうだった。

 その笑顔がどこかむずがゆくて、私はコーヒーに口をつける。


 いつぶりだろう。

 ここのコーヒー、すごく好きだった。

 結婚してからはお金がなくて一回も買えなかったんだよね。


 香ばしく深い香りに、私好みの甘い味。


「美味しい……誠くん、砂糖多めに入れてくれたんだね」

「覚えてたからな。俺はブラックだけど、香織は甘いコーヒーが好きだったもんな」

「うん」


 そんなことも覚えてくれていたんだ。

 二人でこのカフェに行ったことなんて、一回くらいしかないのに。

 あの人は……向陽は私の好みなんて何一つ覚えてないのにな。


「スマホ、電源入れてみろよ」

「ああ、そうだね」


 家に着く前に、向陽からの連絡を確認しないと。

 そう思い電源を入れると、着信もメールも山のようにきていた。


 私は着信は無視し、メールを確認する。


「ああ……うん」


 私が倒れた日は、どこにいるんだから始まり、なんで救急車なんて呼んだのか。

 なんで家族に電話をしたのか。

 そんな非難の言葉で溢れている。

 またその次の日は私の状況を確認しつつ、お金はどうなっているのか、いつ退院できるのかと書かれていた。


 でもその翌々日からメールの内容は急変する。

 おそらく、この日私からの離婚届が届いたのだろう。

 それに対するかなりの怒りが満ち溢れていた。

 

「少しでも香織を心配する言葉はあったか?」

「ううん。何にも。お金と家事の心配から、なんで離婚届なんだってキレてるわ」


 ほんの一言だけでも、心配する言葉があったら。

 まだ許せたかもしれないのに。


「驚くほど自分勝手なヤツだな」

「そうだねぇ。今まではさ、私のためだっていろいろ言ってくれて、私のダメなとこも全部見てくれてるんだって。いい人なんだって思っていたんだよね」

「洗脳だな」

「今考えると、本当にそう」


 おかしいなって思うこともあった。でも、自分のためだって思う方が私も苦しくなかったから。


「あー向陽、会社休んで家にいるみたい」

「休む必要はあったのか? 退院する妻を迎えにも来ないのに」

「なんか、私のせいで家事が出来なかったからだって。休業補償しろとまで、書かれているわ」

「休業補償……呆れたな。香織を何だと思ってるんだ?」

「家政婦じゃなくて、奴隷か」

「笑うとこじゃないぞ」

「そう? 自覚すると、そうなんだって逆に笑えてくるんだもん」


 一度認めてしまうと、今までの理不尽さも全て納得が出来た。

 そしてそれに従っていた自分にも、私は呆れている。

 非が全くないなんて、私も思ってない。無知はダメだなって実感してるんだもの。

 もっとちゃんといろんな知識があって、ほんの少しの勇気があれば、もう少し違った結果になっていたかもしれないって。


 どんな理屈で死に戻れたのか全くわからないけど。アレがなかったら、今この瞬間はなかったのだから。


 今があるから自虐でも笑えるし、アイツにやり返すことも出来る。

 あの戻った瞬間は、なんでほんの数時間なのよって腹も立ったけど、ある意味あれで良かった。


 だってあの苦しみも惨めさも、今の糧になるから。


「笑えるからこそ、力も湧いてくる。やられたら、ちゃんとお返ししないとね」

「まぁ、そうだな。もちろん、二倍どころでは済ませないが」


 誠の横顔は力強く、眉間にシワを寄せていた。そんな顔を見ると、子どもの頃、よくこうやっていじめっ子たちにキレていた時を思い出す。


 誠は昔から何も変わっていない気がした。

 あの頃から私には兄のような存在であり、とても頼れる人だった。


 ただ誠が本当の兄になるとわかった時、なんか嫌だなって思ってしまったのよね。

 でも、何がそんなに嫌だったのか。

 イマイチそれが上手く言葉に言い表せない。


「誠くんは昔から変わってないね」

「そんなとこもないさ」

「そう? 少なくとも、私にとっては変わってないなぁ。昔もよく、いじめられたの助けてもらったし」

「そうだな……今回はそれより酷いけどな」

「たしかに」


 一度死ぬくらいだもんね。

 むしろ殺人罪から救ってあげたことに、感謝するしてくれないと。


「泣くなよ? 俺がついてるから」

「うん。もう泣かないよ。あ、ねぇ、お兄ちゃんって呼ぼうか?」

「……ヤメロそれは」

「あははははは。なにその顔~。めっちゃ嫌そうだし」

「香織に兄といわれると、変な感じだ。だから少なくとも俺は香織の気持ちは分かるさ」

「誠くん……」


 そっか。私だけじゃなかったんだ。

 なんかほんの少し安心した。


「さあ、着いたぞ」

「うん。ありがとう」


 生きてるからこそ笑えるし、こんな気持ちも知ることが出来た。

 だから……今からは反撃の時間よ。

 

 


 

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