第6話 求めていた家族

「なんでそんな風になったんだよ」

「分かんない……でも気づいたらもう、こうなっていたの。お前のためだとか……やるのは当たり前だろうって」


 言われれば言われるほど、そうなのではないかという錯覚に陥ってしまった。

 でもちゃんとこの話を聞いてくれる人がいたら、その異様さに気づけたのかもしれない。


 二人だけの空間。そして相談するような親しい友だちも、家族もいない。

 これがダメだったのね。


「あのな? 家に金を入れない。高圧的な態度を取る。夫婦間ですることではないぞ」

「うん……」

「ましてや、具合の悪い妻を病院にも連れていかないなんておかしいだろ」

「そうだね」


 誠は真実を知ったら、もっと怒ってくれるかな。

 連れていかなかったのではなくて、本当は足蹴にしたあと、見殺しにしたんだよって。

 言えるわけないけど、ふと、そんなことを思ってしまった。


 誰かが自分のために怒ってくれている。

 それが何より嬉しかったから。


「マネハラにモラハラ……くそっ」

「ん?」

「どう頑張っても、言い方は悪いが奴隷扱いのようなものだぞ」

「……奴隷……。ああ、そうか。確かに」

「確かにって。それがどういう意味か分かってるのか?」


 言われたらそうね。家政婦さんですらないわ。

 だってお金ももらえないし、何もしてもらえない。

 一方的で高圧的に、時間もお金も全て搾取されていたのだから。


 誠の言った奴隷という言葉が、まさに私にはぴったりだった。

 でもそれに気づけないほど、私はあの狭い世界の中で毒されてきたのね。


「分かってる。ううん、やっとわかったのかな。尽くしていた結果、見ちゃったから」

「結果か。だが、このままで済ませるわけないだろ?」

「そうだね……。もう一緒にはいられないし。あんなことまでされて黙っていられるほど、私はもう……」

「当たり前だ!」


 まずは離婚を切り出さないと、だけど。

 もともといい様に私を使っていて、向陽は楽してきたんだもん。

 すんなり離婚に応じるとは思えない。


 弁護士とかを立てて、浮気の証拠とかを押さえたらいいのかな。

 ああでも、弁護士っていくらかかるのかしら。

 慰謝料をもらったら、そこから後払いみたいなことも出来るのか確認しないと。


 何せ今私は、貯金もない状態だし。

 パートも無断欠勤してるから、お金もらえないかな。


「誠くん、あのね……申し訳ないんだけど……お金を少し貸してもらえないかな。も、もちろんちゃんと働いて返すから! ここの治療費とか……その、当面の食費とか……。もしかしたらパートもクビかもしれないし」

「今はそんなこと考えなくてもいいから、治すことに専念しないとダメだ」

「でも離婚のこととかもそうだし……ちゃんと考えないと」


 今まで自分でちゃんと考えるなんてしてこなかったから。

 向陽の言うことが全てで、全部正しいって。

 それがこの結果だもん。


 確かに今は体中まだ痛いし、ゆっくりしたい気持ちもある。

 だけど考えなければ、また流されちゃう気がする。


「今度こそ、ちゃんと自分の頭で考えて行動しないと。頼ったらまた、依存しちゃう」

「馬鹿だな。家族なんだから、頼るのは当たり前だろう。大事なモノを傷つけられたんだ。黙っていられるか」


 こんな私でも、まだちゃんと家族って思ってくれていたんだ。

 なんで私はあの時、目の前にちゃんとあったはずのものを捨ててしまったのかな。

 

「ごめんね誠くん。でもね、あの時も本当に再婚に反対していたわけじゃないの。でもね、自分だけがあの中で異物に思えてしまって。いつかあの中にいたら反抗して、みんなのこと嫌いになっちゃうんじゃないかって」


 それが怖かった。

 私にとっては三人とも大切だったから。

 異物感が増して、嫌になって、再婚何てしなければ良かったのにって思いたくなかった。


 傷つけたくなんてなかった。

 言い訳にしか聞こえないだろうけど。

 あの時の私は自分だけの居場所を見つけることだけで精一杯だったんだもの。


「大丈夫だ。みんな香織の気持ちは分かってる。むしろあの後、自分だけの幸せを見つけてくれているとばかり思っていた。こんなことになっているのなら、もっと早く助けに行けたのに」

「そんな……。あの電話に出てくれて、私を助けに来てくれた。それだけで十分。だってちゃんと今回は生きてるもの」

「今回は?」

「え、あ、その……。んと、前も死にかけた、みたいな?」

「なんで疑問形なんだよ」

「えっと……そう! 死ぬ夢を見たの。ほら、意識失った時にお花畑体験」


 しどろもどろになりながらも、なんとか誤魔化す。

 だってさすがに死に戻りとは言えないし。

 でもつい言ってしまうのよね。


 ほんの数時間前の出来事だし、忘れようにもねぇ。

 あんなこと忘れられないよ。


「今はとにかく治療に専念してくれ。弁護士に話を入れて、離婚の手続きは進めておくが、退院したら確実に避けては通れないからな」

「……うん、わかってる」


 私はサイドベッドに置かれたスマホを見た。

 電源が切られ、光っていないそれは嵐の前の静けさをあらわしているようだった。

 

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