第4話 二人は幸せな

 婚姻の儀を終えて、一ヶ月ほどの日々が過ぎました。


 私はというと、すっかりエルフの国での生活にも慣れまして、快適で平和な毎日を送っていました。


 エルフの皆さまから、「水草魔法のお礼に」とたくさんの果実や野菜をいただくことがあります。ソルアルド様のお屋敷に勤めていらっしゃるコックの方々は、毎日のようにとても魅惑的な料理を作ってくれます。食べ過ぎて太らないように注意しなければなりません。


 星の泉や魔法の湖はお気に入りのスポットです。一日の間ずっとお魚を眺めていることもよくあります。


 そして、最近のお気に入りスポットが国立図書館です。


 国立図書館は美しい森の中に位置し、巨大な古木に建てられています。木々と調和し、自然の一部として溶け込んでいます。木の枝や葉が図書館の一部として誇らしげに伸び、建物自体が木の融合によって作られています。


 図書館の外観は、木の彫刻や葉の模様で飾られ、美しいエメラルドの輝きを放つ植物が壁を覆っています。内部は暖かな木材で装飾され、自然光が差し込む広々とした部屋があり、美しい花や植物が配置されています。高い天井の下には、宝石や宝物が展示された部屋もあります。


 エルフの国の図書館は、自然と調和し、美しさと平和を追求した場所で、森の精霊たちや鳥たちが訪れることもよくあるのです。そんな場所でいろいろな物語を散策していると、あっという間に一日が終わってしまいます。海洋王国には存在しない伝記もたくさんありました。世の中にはまだまだ知らないことがたくさんあることに改めて気づかされる毎日です。


 夕方までは、そのように自由に過ごさせていただいていますが、ソルアルド様がお仕事からお帰りになられたら、必ずお出迎えをすることにしています。


「おかえりなさいませ。ソルアルド様」

「ただいま、アンナ」


 平日は毎日繰り返されるこのやりとりですが、不思議と飽きることはありません。いつもソルアルド様が帰ってきたという事実がたまらなく嬉しいのです。


 夕食時には、その日にあったことを報告しあいます。私が話す内容はお魚と本のことばかりですが、ソルアルド様は違います。さまざまな業務をこなしているため、毎日の報告がまるで物語の一節のようなのです。


 寝室では、眠たくなるまではお魚たちの観察を楽しむことができます。そういえば、いつだか聞いたことがあります。


「一緒の寝室で寝ることになるのは、いつなのですか?」

「……君が20を迎えるまでは、我慢することにしているんだ」


 嫁いできたからには、そのような覚悟ももちろんしていました。しかし、ソルアルド様はとても紳士的な方でした。そういうところも素敵です。エルフの成人は二十歳かららしいのです。そのあと、無邪気にも質問を続けました。


「それならば、なぜ16の私をお選びになったのですか?」

「……理由を聞いても、笑わないかい?」

「はい。決して」

「海洋王国での成人は16だろう。……君を誰かに奪われたくなかったんだよ」

「ふふっ」

「やっぱり、笑うじゃないか!」

「ふふふっ、すみません。つい……」


 ソルアルド様は可愛い方でもありました。ちょうどいいのかもしれないと思い、聞きたかったことを尋ねてみました。


「なぜ私だったのですか? 他にもたくさん——」


 そう言いかけて、やめました。ソルアルド様の表情が不機嫌に、というよりは拗ねているようなものになったからです。


「やっぱり覚えてなかったんだね……」

「……すみません」

「いいや、いいんだ。10年も前のこと、忘れていてもしょうがないよ」

「10年前……、海洋王国の誕生日パーティーのことでしょうか?」


 ソルアルド様は少し悲しそうです。なので、記憶を何とかたどります。


「思い出したのかい!?」

「……すみません、ええと、エルフの女の子と遊んだ記憶はあるのですが……」

「もしかして……その女の子とやらは、銀髪じゃなかったかい?」

「確証はないですが、そのような気がします」

「それが僕なんじゃないの?」

「ええと、でもその子はポニーテールだったような……?」

「僕だよ!? 子供の頃はまとめていたんだ!」


 驚きの事実です。声も高かったので気づけませんでした。


「えっ……、じゃあ、あの時のソルちゃんが、ソルアルド様だったのですか?」

「何で名前は覚えているのに、気づかなかったんだい!? はじめまして、って言われた時、かなり凹んだんだけど!?」


 ソルアルド様のここまで動揺したお顔は初めて見ました。これはこれで眼福です。


「わぁ、大きくなりましたねぇ」

「……10年も経ったからね」


 また拗ねたようなお顔に戻ってしまいました。それでも肝心な答えをまだ聞けていませんので、追撃します。


「それで、なぜ私を選んだんですか? 周りには他のお姉さま方もいましたのに」

「……一目惚れだよ。悪いかい?」


 これもまた驚きの、いいえ、単純な答えでした。たしかに好みというものは人それぞれですものね。


「ふふっ、いいえ。私も一目惚れのようなものでしたから」

「……嫌だったりしなかった? 急に嫁に来いだなんて」


 ソルアルド様が少し不安そうに尋ねてきました。私は正直に答えます。


「少しだけ、嫌でした。姫と呼ばれるような生活は送っておりませんでしたし、家族や友人と離れるのはつらかったです……」

「……」


 ソルアルド様の表情がさらに曇っていきます。


「……でも」

「……?」


 晴らさなければなりません。私の心からの言葉で。


「ソルアルド様のお顔を10年ぶりに見たとき、そんな不安や葛藤はどこかへ飛んでいってしまいました。ふふっ、私は二度目惚れですね」

「……ははっ、ありがとう、アンナ。言えてすっきりしたよ」


 無事にいつもの明るい表情に戻ってくれました。一安心です。


「こちらこそ、ありがとうございます。ソルアルド様が選んでくれたおかげで、私は今とても幸せなのですから」

「……そうか、愛しているよ。アンナリーザ」

「私も愛しています。ソルアルド様」


 私たちはどちらともなく顔を寄せあいます。二人の距離がなくなった瞬間、唇と唇が触れあいました。初めての経験です。今日くらいは神様も見逃してくれるでしょう。


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十七番目の姫ですが、エルフの国に嫁入りすることになりました~美しいお姉さまたちの誰かと勘違いしていませんか?~ 白水47 @sirouzu_s

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