第3話 婚姻の儀


 エルフの国を訪れてから、一週間が経ちました。今日ははじめて、この国の王様に謁見する日です。朝から心臓がばくばくと働き者になっています。


 「風よ、纏え」


 ソルアルド様と一緒にふわふわと飛びながら、目的地へと向かいます。こうしていると、木々の上で暮らしているエルフの皆さまの様子がよく見えます。現在私たちはその中でも、ひと際高い場所を目指しています。


「わぁ……」


 私が見たのは、立派な王宮でした。ゆっくりと木で構成された地面に足をつけます。


 樹上で暮らすエルフの国の王宮は、美しい大きな木々に囲まれ、繁茂した森の中に位置しています。その宮殿は、自然と調和したデザインで、木々と一体化しているかのように見えます。透明な水晶や宝石で作られた窓からは、太陽光が美しい模様を床に描きます。


 宮殿の中には、樹木の枝が室内に自然に成長しており、部屋の中に庭園が広がるような雰囲気があります。壁にはエルフ固有の芸術作品が展示され、美しい音楽が演奏されています。宮殿の中庭には、優雅な滝や池があり、多彩な鳥たちが歌い鳴いています。

 

 エルフの国の王宮は、自然界と調和し、美と平和が満ち溢れた場所で、エルフの皆さまの文化と生活の美しさが映し出されています。


 ゆっくりと歩いていても退屈しません。そして、その王宮の先。今回の目的地にたどり着きました。


 美しいシルバーリーフの木々に囲まれた場所です。王宮よりも高い木の枝に建てられ、空中に浮かんでいるかのように見えます。その中庭には優雅な橋がかかり、美しい滝が流れています。建物自体は、優れたエルフの建築技術でつくられ、細やかな彫刻が施されたエルフの特徴である銀葉の模様で飾られています。内部には美しい絹のカーテン、輝く宝石の照明、そして優れた工芸品で飾られた部屋があり、エルフの文化や芸術の精髄を反映しています。


 この王宮で一番の格式を誇る謁見の間でした。その奥、シンプルな造りながらも威厳と威勢を感じさせる椅子。その椅子に座っている方がいました。そして、そのお方は、この世のものとは思えない荘厳さを誇る建造物たちに負けず劣らずの迫力と異彩を放っているのです。


「来たか……。ソルアルド」


 言葉は重く、歴戦の力強さが感じられます。

 

「はい。父上」


 ソルアルド様がひざまずきます。私も慌てて続きました。


「では、その方が……。顔をあげておくれ」


「は、はい! はじめまして。海洋王国マリンタリア第十七王女、アンナリーザ・マーレと申します!」


 ひざまずきながら顔をあげ、できるだけ噛まないようにごあいさつします。


「そうか……貴殿が。がはは」


「……!?」


 突然のフランクな笑い声に驚きます。


「楽にしてもらって構わんよ。アンナリーザ殿。堅苦しいのは好かんのだ」


「へっ……」


 あっけにとられている私の横で、ソルアルド様が立ち上がります。


「父上、大臣はどこに?」


「がはは! あいつは格式だなんだ、うるさいからな。嘘の日付を教えてある」


「はあ……後で叱られても知りませんよ」


「慣れっこだ! 問題ない!」


 堂々と言い切る王様に体が引きつってしまいました。私の頭の回転が止まっているかのようです。


「ごめんね。アンナ。父上、こんな人なんだ……」


「い、いえ! 少し驚きましたが、問題ありません!」


 こちらとしても緊張が長く続くより楽なはずです。そう考えればありがたいです。


「噂は耳に入っているぞ! 【洗浄の姫】と呼ばれているらしいな。さっそく活躍しているとは、愉快! 愉快!」


「う……っ」


 すこし恥ずかしいあだ名を大声で発表されてしまいました。


 そうなのです。私の水草魔法がどこからか国民の皆さまにも伝わってしまったのです。求められるがままに魔法を使っていると、いつの間にか【洗浄の姫】などと呼ばれるようになってしまいました。私の一番上のお姉さまが【戦場の姫】と呼ばれているからでしょう。格の落ち具合がすごいです。


 人さまの役に立てていることは大変喜ばしいことなのですが……。


「がはは。それでは、はじめるとするか」


「——はい」


 隣に立っているソルアルド様の雰囲気が変わります。きちっとした、何か凄みのようなもの感じます。


「アンナ……、これを」


「——はい」


 ソルアルド様が取り出したのは、シックな木箱。中から出てきたのは、銀を基調とした指輪でした。シンプルなデザインですが、携えられた白い宝石は深淵のような、こちらを飲み込んでしまうかのような深く濃い輝きを放っています。


「うむ。それでは、婚礼の儀をはじめようか」


 王様がそう言いました。私とソルアルド様はお互いに向かいあいました。ソルアルド様の目を見つめるために、目線を上昇させます。


「——指輪の交換を」


「「…………」」


 私たちは無言で頷き、ソルアルド様が私の左手の薬指に指輪をはめます。ソルアルド様の指にもはめられている同じデザインのものを。


 エルフの国の王族に受け継がれている婚礼の儀。


 概要はというと、まず王族が生まれた際に同じデザインの指輪を一対つくりあげます。一つは王族が常につけておき、もう一つは大切に保管しておくらしいのです。そして、婚約者が現れたときに、保管していた指輪を婚約者に捧げます。そうして、婚礼の儀は完了するようです。ちなみに指輪は魔法のアイテムであるようで、つける人によってサイズを変えるそうです。


「これからもよろしくお願いします」


 ソルアルド様が真剣な表情で私を見つめてきます。


「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 そのお顔を見て、私は自然と頬が緩んでしまうのでした。


 


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