十七番目の姫ですが、エルフの国に嫁入りすることになりました~美しいお姉さまたちの誰かと勘違いしていませんか?~
白水47
第1話 エルフの国への嫁入り
——エルフの国に嫁入りすることになりました。
「ようこそおいでくださいました、アンナリーザ・マーレ様。我々シルヴァ家一同はあなたさまを歓迎いたします。どうか末長く我が主さまをよろしくお願いいたします」
耳の長い老執事さんが、丁寧で洗練されたお辞儀をしてくれます。
「わっ、こちらこそよろしくお願いいたします」
私は戸惑いつつも返事をしました。目の前に広がるのは大きな木々たち。一体どんな年月が経てばこんなにも大きくなるのでしょうか。
「ようこそ、アンナリーザ。会えて嬉しいよ」
「は、はじめまして、ソルアルド様。こちらこそ、お会いできて光栄です」
声をかけてくださったのは、私の夫となる人でした。ソルアルド・シルヴァ様。エルフの国の王子さまです。
とてもきれいな銀髪に、透き通るような碧の瞳。横に長い耳も含めて、とても端正で美しいお顔をしていました。このお方がドレスを着れば、きっと社交会では私よりも人気が出ると思います。
(こんなにも美しい方がなぜ私なんかに? 異母姉妹であるお姉さま方には私なんかより可愛らしいかたがたくさんいますのに)
はじめてお会いしたときの感想は、そういうものでした。
******
それは、3日前のことでした。
「アンナ、あなたにはエルフの国に嫁いでもらいます」
朝ごはんの最中に、お母さまが私にそう言ったのです。
「えっと……どういうことですか、お母さま?」
「言葉の通りですよ。エルフの国——森林王国シルヴァンディア、その第三王子との縁談が我が国に持ちこまれたのです。おそらく、政略結婚でしょうね」
寝耳に水のお話でした。私、アンナリーゼ・マーレは、海洋王国マリンタリアの姫です。姫とは言ったものの、17番目の姫なのです。お母さまがきれいなおかげで王様に見初められて、わたしが生まれたらしいのですが、権力などはほとんどありません。
生活には困っていませんが、ほとんど一般市民と同じような暮らしをして、普通の学校に通っていたのです。いまさら、お姫さまあつかいされても困ってしまいます。王族の礼儀作法など習ったこともありませんのに。
「とにかく、あなたはもう16歳なのですよ。ひと昔前ならば、結婚適齢期です」
「今は違いますよね」
「まあそうですね。けれど、断ることはできませんよ。今朝、王様の手紙が届きましたから」
そう言って、お母さまは手紙を私に見せてきました。たしかに我が国——マリンタリア海洋王国の刻印がはいっています。うそではないようです。お母さまはそういう冗談を言う人ではないので、疑っていたりはしませんでしたけど。
「結婚……いずれはそういう話もあるのかもと思っていましたが、この市どころか、国を離れねばならないとは考えていませんでした」
姫の自覚はありませんでしたが、いつか政略結婚の知らせがくる可能性は考えていました。子供の頃はどこかの白馬の王子さまが迎えに来てくれるのかもしれないと期待したこともありました。ですが、他国の……それもエルフの国の王子様は完全に予想外です。
「白馬かはわかりませんが、エルフの国にはペガサスがいるらしいですよ」
お母さまは私の表情で考えていることが分かるらしいです。
「相手方からの申し出らしいですが……何か心当たりは?」
「そう言われましても……あっ、そういえば子供の頃、王様のお誕生日パーティーのときにエルフの女の子と遊んだことがありますよ」
「……その子があなたを勧めたのでしょうか?」
「うーん、そんなに特別なことをした記憶はないのですが……」
「考えていても仕方ないですね。とりあえず、できるだけの礼儀作法を教えます」
「ええ……」
お母さまはやる気のようです。今日はお休みだー、ゆっくりお魚たちを見ていられると思っていたのですが。
「はっ、そういえば」
「どうしたのですか?」
「エルフの国に観賞魚を飼育する文化はあるのでしょうか」
「......樹上で生活している方々らしいですからね、もしかしたら、そんな文化はないのかもしれません」
「うう、それは悲しいです」
水の中を綺麗に保つ魔法を開発するほど、私はお魚さんたちをみるのが好きなのに。唯一の趣味を奪われてしまうのはつらいです。
「まあ、ダメもとで頼んでみましょう」
「はい……」
そういったやりとりがあって、森林王国シルヴァンディアの使者さまにお願いしたところ、水槽を持っていく許可をいただけました。嫁入り道具が水槽というのはもしかしたら、史上初の偉業かもしれません。
多分誇らしいことではないと思いますが。
お母さまからはたくさんのことを学びました。3日間かけて、じっくりと。
ほとんど覚えきれていませんが、最後の手段として、「困ったらこれを見なさい」と魔水晶をいただきました。お母さまの得意な魔法です。水晶を通じて、記録した映像を映し出したり、会話ができたりするのです。
これで離れていても寂しくないですね。うそです。本当はちょっと、いえ、とても寂しいです。お友達の方々も水晶で連絡をしてくれると言ってくれましたが、知り合いが一人もいない国へと行くのはとても不安です。ですが、末端とはいえ、私も海洋王国の姫。えいやと覚悟を決めて準備をしました。エルフの皆さまの国に行くために。
私のおうちにやってきたのは、耳が少しだけ横に長いエルフ様たちでした。エルフの国の第三王子——私に縁談を申し込んできた方の使者さまたちです。
「——行ってきます。お母さま」
「しっかりやるのよ。わたしの愛しいアンナリーザ……」
お互いの目に浮かぶ涙は見なかった事にして、私たちは別れの挨拶を済ませました。遠いところにいたとしても、私たちが家族だということは変わりませんから。
はじめてペガサスの引く馬車に乗りました。白馬でした。翼も白かったです。魔法によって、揺れを感じない仕組みになっているようで、道中で酔ってしまうことはありませんでした。よかったです。もしもエルフの国に着いたときに、吐いてしまったら第一印象が最悪なものになってしまったでしょうから。流れる景色を平穏な気持ちで眺めていられました。
そうこうしているうちに、着きました。エルフの国、森林王国シルヴァンディアです。
馬車を降りて、驚きのあまり目を大きく開きます。
目の前に広がる景色は、荘厳で壮大なものでした。その国は、高い木々が森を形成し、美しい自然の景観が広がっています。巨大な木々はその地の象徴で、高さは数百フィートにもおよび、太い幹が空に向かって伸び、葉が茂っています。これらの木々は古代から存在し、エルフの方々たちによって大切に守られているそうです。
木々の上には、美しい家々や住居が建てられ、エルフの皆さまがそこで暮らしています。各々の家は木々に組み込まれ、自然と調和したデザインで、高い木々の上で平和で調和のとれた生活を楽しんでいます。繁茂する葉や枝が自然な遮蔽物となり、陽光が差し込む美しい場所です。
この国では、エルフの皆さまは木々との結びつきを大切にし、自然の恵みを守り、尊重しているそうです。エルフの方々は木々からの贈り物を受け、それを使って芸術や魔法を楽しんでいます。この美しい国は、自然とエルフの魔法が調和した場所として知られており、森の奥深くには秘密の聖域や魔法の池が広がっています。
知識としては知っていましたが、実際に見るとやはり感動が違います。緑の鮮やかさが、想像よりもはるかに綺麗なものでした。しかも一色だけではないのです。濃淡さまざまな緑がそれぞれの良さを誇りつつ、お互いを引き立てあっていました。
感動しすぎて、国の入り口にじっとたっていました。無限に見ていられると思いましたが、使者さまのうちの一人から声がかかりました。
「奥さま、そろそろ……」
「……はっ! 申し訳ありません」
「いえ、参りましょうか」
そう言って、使者さまたちは木々が組み合わせってアーチになっている入り口をくぐりました。私もついていきます。
「どうぞ、こちらに」
使者さまが指し示したのは、トロッコのような大きな木箱でした。素直に従って、トロッコに乗り込みます。車輪はついているけれど、線路がないようにみえます。どうやって進むのでしょう。
「風よ、運べ」
使者さまの一人、金髪のポニーテールがよくお似合いの女性が呪文を唱えます。すると、トロッコが私ごと浮いたのです。
「わあっ……!」
「それでは、奥さま。幸運を祈っております」
ひゅんっと、音を聞きました。ぐんぐんと上昇していき、スピードをあげていきます。これも魔法の効果なのでしょうか。風の抵抗を感じません。そんなことを思っていると、トロッコは段々と減速していきました。外から見えていた、一番大きな樹の上にたどり着いたのです。
そしてお話は冒頭に戻ってきます。
私の目の前には白髪碧眼の老エルフ様と、肩甲骨のあたりまで伸ばしたきれいな銀髪、そしてまるで凪いでいる日の海のような透き通った瞳を持つ美しいエルフ様——ソルアルド様がいらっしゃったのです。
「それでは、行こうか。国王との顔合わせは一週間後にしてある。とりあえず、今日は僕の家を案内するよ」
さざ波のようなこころが落ち着く優しい声。
「……はい」
ソルアルド様の差し出した右手をとって、トロッコから降りようとします。
「わっ」
慣れない長いスカートのためか、足がもつれてしまいました。
「危ない!」
ソルアルド様が私を抱きしめて、転びそうになったところを助けてくれました。
(ああ、やっぱり男の人なんですね)
華奢だと思っていた肉体はがっしりと安定していて、力強さと安定感を感じます。それでも、私を抱きとめてくれた両腕と胸からは深い優しさを感じることができました。
「大丈夫?」
「……はい……」
近くに見える美しいお顔。
私は自分の体温が、生まれてきてから一番上昇しているのを確信しました。
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