よだかの星座

蒼井どんぐり

よだかの星座

 きっとこれが最後の講義になるので、本日は”よだかの星座”について話そうと思う。今がまさにその時であり、これからの君たちにきっと重要な意味を持つことだ。


 みんなの知っての通り、”よだかの星座”は人類が初めて人工的に創設した星座、人工星座だ。設立は2078年、それはStoryRain社と呼ばれる、当時の新進気鋭の小さな企業主導で進められたプロジェクトから生まれた。


 元々は「空に世界初の人工の星座を!」という言葉を旗印に、多くの企業からお金を募る、荒唐無稽な夢を実現していくことで企業のブランディングを図る、ある種の宣伝だったんだ。それに加えて、当時の人類は未来に対してかなり悲観的になっていた。そんな世の中を盛り上げる、一種の社会的なエンターテイメントとしての側面もあった、とデータにも残っている。


 そんな人々の期待を背負ったプロジェクトが身を結び、空に9つの人工衛星を打ち上げたんだ。それはそれぞれが単機で惑星の光の反射を擬似的に再現するような強い光を発する。それらが次々と地球を離れ、月を中心に形を成して移動、定位した。


 そもそも星座というものは成り立ちからして不思議だ。空を見上げて、星の光を繋げ、そこに物語や動物の姿を見て、語り継ぐ。きっと人類は昔から空の星々に何かを見出したかったのだろう。

 当時の人類はその人口星座を地上から見た時、それはどことなく空高く飛び立つ鳥のように映ったらしい。

 そうして、作られた人工星座に人々はある作家の作品の名前をもじって、よだかの星座、と名付けたと言われている。


 よだかの星座は打ち上げから数十年は宇宙から人々を照らす、一種の希望の光として機能していた。

 ただ、ある時から人工星座が他にも数多く打ち上げられるようになると、人々の興味は徐々によだかの星座からは離れていってしまった。

 2120年を過ぎ、人々が太陽系内の惑星に移住をし始める頃になると、星間同士で一種のコミュニケーションツールとして星座が使われるようになったんだ。


 それは伝達手段としては直接何かを伝えるのが困難なことはわかるだろう。考えてみてほしい、表現できるのは何かの形だったり、一文字だったりだ。

 現在とほぼ同レベルの通信技術の基盤が整っていた当時でも、「伝え切らないけど、受け手が想像力を働かせることで表層以上に伝わる」星座というツールはある一種の層に需要があったらしい。

当時のデータを見ると、「スタンプで会話していた、あの懐かしい青春が蘇る」などと評していた評論家もいる。スタンプというのは、君たちの手元のデバイスで使ったりするだろう。今の講義中も、もしかしたらチャットしているかもしれないね。


 また、他のデータでは、古代の通信メディアである手紙や詩に近いものをそこに見出していたと、記録には残されていて、一時は「星詩ほしうた」なんて親しまれていた時代もあったらしい。


 そんな"奥ゆかしく"何かを伝えるために、次々に人工衛星たちは打ち上げられ、惑星の近辺を移動し、その時々に星座を形作っていたんだ。想像できるだろうか。それは地上にいた人類にとっても、とても美しい空の眺めだったに違いない。


 そんな中、よだかの星座は、というと旧式であるがゆえに人工衛星の相対位置は遠隔でコントロールできなかったんだ。光発電により恒久的に動作し、あくまで自立駆動、一定の決まった位置関係を保ち、変わらない星座の形を維持する。

 「人類史上初」という記念的な意味合いもあったのだろう、よだかの星座は人から敬われ、形を変えられず、誰も触れない中、変貌する星間図の中に人知れず埋もれていってしまった。


 それからさらに100年以上経つころには、地球で大きな戦争が何度も勃発した。当時はもう同一惑星の中で争うことなんて珍しかったが、地球では変わらず、むしろ数が増していたと言われている。

 皮肉なことに、人工星座による、間接的なコミニケーションがとられていた惑星同士の争いは少ない反面、対面して、直接伝え合える惑星内では人類の争いは絶えなかったんだ。

 そうして徐々に人類は自分の敵である国の人々を虐げ、地球外に追い出し続けた。


 地球から追い出され難民となった人々はよだかの星座を横目に、だんだんと地球を離れていった。故郷を失って、宇宙を彷徨う人々。この辺りの話はきっと君たちにも重なって、どこか心苦しい話かもしれない。

 でも、その道にはさまざまな人々が打ち上げた人工星座が宇宙の空に輝いていた。また、周辺の惑星にすでに移住していた人々が受け入れの意思を示すためにも、人工星座は使われたんだ。悲しみに暮れる旅人である難民への、それはきっと希望の導になったに違いない。


 そこから先の地球の詳細なデータは途切れている。君たちの先祖が旅立った際に所有していたデータや、星間旅行者のもたらした見聞データを照らし合わせても、そこまでしか具体的な歴史がわからないんだ。一部、400年ほど前のデータによると、もう太陽系自体には人類がいないことが確認された、というものもあった。

 周辺の電波反応を見ても、もう人工星座たちも動きを止めてしまっている。衛星などもほとんど残骸しかない。各惑星での人工星座のオペレーターである人類がほとんど滅んでしまったのだから、仕方がないだろう。


 ただ、そんな中、一つだけ輝き続けている星座があった。そう、それがあのよだかの星座だ。よだかの星座は自立駆動型で、この悠久の時をずっと空の上で輝き続けていた。


 さあ、みんな窓を見てみてごらん。そろそろ見えてくる頃だろう。


 あの青い惑星の近くに連なる、一際明るい9つの星。あれが”よだかの星座”だ。

 三つの星同士が左右の翼と嘴を表し、気高く宇宙の空に輝いている。この宇宙の中でも、変わらず上に向かって、飛び続けている姿が見えるだろう。


 私たちはあれを目指すことでここまで来ることができた。何光年も先の惑星に君たちの先祖がたどり着き、そこに文明を作り始め悠久の時がたった今。人類の故郷の星への道標はあの星座だけしかなかったんだ。


 君たちを送り出した大人たちはその星座を最後の希望として、君たちを送り出した。私たちが出発した星、そう君たちの元の故郷は人が住むには困難を極めた星だった。いつしか人は自然に淘汰され、惑星を離れざるを得なくなったが、もう資源も何もかも限界に来ていた。だからこそ、この船と残された資源、そして君たちを乗せて、あの星座を頼りに旅立たせた。


 いつしか誰からも見向きをされていなかったあの星座が、こうやって原初の星座の役割でもあった、道標として機能し続けたいたなんて、どことなく不思議な巡り合わせを感じないだろうか。


 さあ、お話もそろそろ終わりに近づいてきた。人類の故郷の青い星が近づいてくる。


 私の役目はここまでだ。私自身の機能は君たちを無事送り届け、未来へと繋げること。設定された目標を達成されると、私の自我データも消失する。とはいえ、この宇宙船の汎用AIの一部へと還っていくだけだ。形を変えても、私も一緒に君たちのことをずっと見守っている。


 君たちが冷凍睡眠から目覚めてから数ヶ月、たくさんの講義をしてきたね。

 この数ヶ月、何度も話してきた通り、あの青い星は今はどうなっているか実際はわからない。大気がどうなっているのか、土地は、建物は、そして生物は。

 おそらく人類のいなくなって数百年、生きていくにはとても困難を伴う場所だろうとは想像がつく。同族である人に虐げられ、生き延びた君たちの先祖が今度は星の自然に虐げられ、君たちを送り出した。確かに君たち人類はずっと苦難の中を生きてきたと思う。


 でもどんな時でも上向いて、空を見上げてほしい。今、目の前に広がっている、広大な星々の海。その美しさを忘れないでほしい。

 そして、決して諦めないで生き抜いてほしい。太古の人類が星々に意味を見出し、そこに向かって足を止めずに進歩を続けたように。どんな苦難でもいつでも飛び立ち、歩みをやめなかったように。

 この星空にはたくさんの星があり、それらが連なり、星座として導や物語となり、君たちを見守り続ける。

 そして君たちをここまで連れてきてくれた、この”よだかの星座”が常に一番近いところで君たちを見守り、希望という光として、耐えず燃え続ける。

 またいつか、君たちの希望が、またあの美しかった青い星から紡ぎ直し、星座の様に物語を繋いでいくことを楽しみにしているよ。


 きっと君たちの未来は確かに明るく輝いていると、私は信じている。


<了>

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