#6F 今を楽しめ

冒険業の街、リヴァーニアの離れにある大きな湖の底を丸ごとさらう様に俺は辺りを見渡す。

「…こんなに水がある場所を見たのは初めてだな」

この光景を切り取れないかとか考えながら湖の中を探索していると、視界の先で何かが一瞬光った様な気がした。

その場所にヒレを動かして近づくと、鋭く光る眼と大きな頭が確認出来た。

(あの魚は確か…リヴァーヘッドだ!)

リヴァーヘッドは巨大な顎を持つ肉食魚で普段は海底や岩場で罠を張って大人しく過ごす魚なのだが、この個体はどうも歴戦を潜り抜けた個体らしく見た目に似合わない見事な泳ぎで一直線に向かってくる。

「不味い…早く…!」

急いで右腕を人間の腕に変化させると、体に巻き付いたロープを引っ張って合図を送る。

合図に答えて身体が引き上げられるのと同時に、リヴァーヘッドが餌である俺に食い付くと牙が腕に食い込む。

激痛に耐えながら左腕を蛇の尻尾にさせてリヴァーヘッドの頭に巻き付けると、急に噛み付くのを止めて激しく暴れ始めた。

そのまま暴れるリヴァーヘッドを引き連れて何とか水面に引き揚げられると網で纏めて掬い上げられる。

「思った通りだ。自由に身体を変化させられるなら、魚の餌だってやれると思ってたんだよ」

マークは屈託のない顔でそう言って拾い上げたリヴァーヘッドを生け簀に投げ入れる。

「はぁ…はぁ…これで話を聞いてくれるんだな?」

そう言うと、彼の青い目から突き刺さる様な視線が此方に向かってきた。

「話?…それって昨日言ってた賢者の声か?」

王国騎士のレイラが以前話していた理想を掴めるだけの力が手に入る賢者の声。

その力に関して興味は無かったが、賢者という部分がどうも気になる。

と言うのもマザーは以前、俺と地下で過ごしていた時に迷宮を巡って行きながらメモと称した何かを遺していたからだ。

「俺とマザーを繋ぐ物はもうそれしかない。…誰にも渡したくない。だから俺が回収して回る」

聞き終わると彼は椅子に座り込み、生簀のリヴァーヘッドの額にボウガンの銛を打ち込んだ。

「…ネオ。俺はお前と違ってアイツらの命を預かってるんだ」

「冒険者という危険な仕事をしておいて言いたくはないが、無駄なリスクを負うわけにはいかない」

撃ち込んだ銛のワイヤーが巻き上げられて、リヴァーヘッドが勢い良く彼の手元に躍り出るとまた彼が話し出す。

「それに、お前も俺も賢者の声の力には興味が無いだろう」

「ああ、確かにそうだ。でも、…」

「でも、悪い奴に取られるくらいなら俺が取るべきだ…か?」

「……そうだ」

不機嫌気味に答えると乾いた笑いが返って来る。

「闘いでも、会話でも、お前の考えを読むのは簡単だな。…どうしてだと思う?」

「…俺がまだ人になりきれてないから?」

「まぁ、そういうことだ。…人には中身が要る」

「経験が創った中身が無くてはならない。此処ぞっていう時に頼れるのは結局、ソイツしかないからな」

「…だから、経験でもしに行こう」

***

「おい、ネオ。アレが見えるか?」

マークに連れられた俺は地下迷宮の1階奥深くにある玄室にまで来ていた。

部屋の中心には大きな石像の様な物がある他になにもない。それを眺めていると彼は石像に歩み寄って来てこう言った。

「これが賢者の声を持ってるっていうストーンゴーレムだ」

そのゴーレムは所謂、魔法使いが身に纏うローブの様なものを身に付けており、身長は5メートルをゆうに超えている。

そしてローブに隠れているが隙間から見える下半身には石の塊で出来た棘か見え隠れしている。

「コイツは部屋に入ってきた奴の生命力を吸いとって生きてるみたいで、どうやら人の言葉が分かるらしい」

「しかも、ある言葉だけには反応も返してくれるんだ。…【賢者の声を取りに来たぞ】」

反応した石像が突然、地響きを鳴らして立ち上がった。しかし、その歩みは遅く一歩ずつ確かめるように進んでくる。

まるで向かってくる俺たちの戦力を品定めしているみたいだ。

「可哀想な程にトロい動きだな…」

マークは即座に矢をボウガンにセットし、石像の脚を狙って撃ち込む、がストーンゴーレムはコアパーツを中心に身体のブロックを瞬時に散開させ、難を逃れた。目の前で起こった現象が信じられずに俺たちは呆気に取られてしまう。

「お、思ったより速い…トロいって言ったのは改めるよ」

しかし、収穫が無かった訳でもない。ストーンゴーレムが散開する瞬間、剥き出しになったコアパーツの中に箱の様な何かが見えたのだ。

「マーク!賢者の声は存在している!今、確かにこの眼で見た!」

俺は興奮する気持ちを抑えられずにその場で何度も繰り返してそう叫んだが、対照的に彼の表情は苦い顔をしている。

「……そうだな。でも良いか、ネオ。長期戦になると現状の戦力で勝てるかどうかはちょっと怪しい」

「だから、作戦で手堅くいくぞ」

「…作戦?」

「ああ。まず、俺が矢を放ってアイツをまた散開させる。…今度は速射じゃなくて連射バレルでな。」

「だから、お前はスライムにでもなって核に取り憑け」

「わかった。だが…取り憑いたところですぐに倒せる訳じゃない…核は魔力に包まれている」

「つまり、時間がかかるって言いたい訳だな。安心しろ…俺がお前を失望させる事はない」

彼はそう言うと、手に持ったボウガンを分解して銃床とバレルを付け替える。

付け替えた部品は見たことの無い巨大なパーツで構成されていて、銃床には【laugh today】と書き記されている。

彼曰く、これは地下で手に入れた物らしく、銃床を体で押し込めば次の矢が装填される仕組みになってるらしい。

しかも、使用する際はしゃがんで固定砲台の様にしなくてはいけない為、気軽に使用できるものではない……とも言っていた。

彼がしゃがみ込むと、音を立てて数十本の矢が装填される。

その音の数に一瞬たじろいだものの、彼は迷いなく引き金を引いて次々とストーンゴーレムに撃ち込んでいく。

だが、ゴーレムは先程と違って避ける素振りすら見せない。

「…そうか!マーク、初回の散開は威力を調べる為に敢えて避けただけだった!!」

「作戦は失敗している!…奴は…奴はもう何があっても避けないつもりだぞ…どうする、マーク!」

「ネオ…それは違う。作戦は“既に”成功している」

「…なに?」

正面を向き直るとゴーレムの胸部に無数の矢が突き刺さっているのが見える。しかも粘着している様子から見るにアレは爆発矢だ。

「次はお前が働く番だぞ!ネオ…!」

ゴーレムの胸部が吹っ飛んだせいで見えやすくなったコアパーツに向かって弾丸の様なスピードでスライムとなった俺は跳び出す。

地面を踏み込んだ反動で更に加速すると、核に取り憑く隙すら無いまま最深部にある赤い魔力の壁に突き刺さった。


***

一心不乱に液状化した両腕を魔力の壁に叩きつけて同化を試みていると聞き覚えのある声が辺りから聞こえ始めた。

『よく、ゴーレムを倒したわ。力を求めるのなら迷宮の奥深くに来て…そこで私は待っています』

マザーだ。あの優しくて暖かい声が聞こえる。…やっぱり賢者の正体はマザーだったんだ。

「地下に…進んでいけば…会えるんだな」

『これは私の力の一端…【メギド・フレイム】…役に立てて』

目が覚めると魔導書のような物を手にして俺はゴーレムの残骸に座り込んでいた。

マークを探そうと残骸の上に立って、部屋を眺めていると下から苦しそうな声がする。

「…い、痛ってぇな…まったく。…お、それが賢者の声か?」

声のする方に顔を向けると、ボロボロのマークが見上げてきてる。

「ああ。魔導書に残った魔力が声を遺してたみたいだ」

そう言って魔導書をマークに渡すと、また魔導書から声が再生される。

『よく、ゴーレムを倒したわ。力を求めるのなら迷宮の奥深くに来て…そこで私は待っています』

「ふぅーん…お前の事は言及していないか…」

マークはそう呟くと魔導書を閉じて暫く黙り込んでしまった。

「あ、って事はこのゴーレムはお前の言うマザーが造ったのか」

「…そうだな」

そう考えてみると、この残骸は手作りの料理なのでは…。俺は一心不乱にゴーレムの残骸を貪り食い始めた。

「マーク!マザーが俺の為に料理を作ってくれた…羨ましいだろっ!」

呆れる様に顔を覗いてきたマークはこう話す。

「ああ、スゲー羨ましいぜ」

「…マークは手作りを食べた事はあるのか?」

すると、彼は微妙な表情を浮かべてこう答えた。

「ま、何度かな。…けど、お前みたいに有り難がって食ってた訳じゃないから…ちょっと羨ましいな」

「ちょっと…?スゲー羨ましいんじゃないのか?」

「大人は気まぐれなの!…ほら、帰るぞ」

立ち上がって差し出して来たマークの手を掴む。

「ああ…いや、待て!何か気配がする…?」

「なに…?いや確かだ…何かが玄室の中に入って来ている…」

こんな人気のない玄室に誰かが来るのか?そんな疑念を抱えながら俺たちはゆっくりと近付いた。

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ボトム・オブ・ラビリンス きめら出力機 @kakuai01

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