#5F 出会いは響いて

 窓から微かに漏れる光に瞑った瞳を叩かれて私は目が覚める。とっても最悪な気分。

「…眠い」

でも、起きなきゃいけない。今日は朝から仕事があるから。

何かが当たる感触がして隣を見ると、黒髪の青年がその綺麗な緑色の瞳を漏らすことなく閉じ切っている。

その寝顔を見ていると思わず不思議な感情が湧いてきてしまうが、流石にもう起きてもらわないといけない。

「ほら、ネオ。起きてってば」

彼の頬を突いてみると小さな呻き声が返ってきたので目覚めてはいるのだろう。

ネオを放って自分の身支度をしていると後ろから行動音が聞こえてくる。

「どうぞ」

「…ノエル、コレは食べていいのか?」

「うん、勿論よ?私がパンを焼くなんて本当に珍しいんだから」

「ありがとう。…頂きます」

ネオの奴。昨日殆どノエルと話してなかった癖に…随分と懐いたものね。

心の中で文句を言っていても仕方ないので私は身支度を終えると、名残惜しそうなネオを連れて外に出た。

***

集合地点の迷宮前広場に着くと既に辺りに多くの冒険者が集まっており、近くのベンチには暑そうな鎧を着込んだラルクが既に待っていた。

私に気付いたのかラルクが此方に歩み寄って来ると、早速といった感じで話し掛けてくる。

「よ、2人とも。待ってたぜ」

「…相変わらずのバケツ鎧なんですね。暑くないんですか?」

「……暑いは暑いけど。オレ、そこんとこ気にしないタチなの」

「ふぅーん…所でマークは?」

そう切り出すとラルクは少し困ったように眉を顰める。

「マークなんだけどよ…今日は来ないって」

「来ない?何でですか?」

「なんか、釣り行くんだって」

昨日はいつもの時間で集合と言ってた癖に。こういう所があるから完全に信用できないのよね。

まぁ、でも他のみんながいたら、まだ何とでもなるだろう。

「ルーノとバレルは?寝坊?」

ラルクはまた困ったように視線を逸らす。

「ルーノは魔法の研究が忙しいとかって言って追い出された。バレルの方は家族サービスだってよ」

…つまり、今いるので全員なのか。

「そ、そうなんですか。…じゃあ、どうしてあなたはここに?」

「…まぁ、二点ある。一つ目はお前にコレを伝えに。も一つはオレはどうしても成果を挙げねぇといけないからだ」

「成果?お金ってことですか?」

「ああ…オレは奴隷冒険者だからな。毎日、雇い主に金を取ってこないといけない」

ラルクはそう言うと、ゆっくりと席を立ち上がる。

「ま、そういう訳でオレは今日のところはフリーで雇われる事にする…お前らは?」

そう言いながら此方に視線を向けるラルク。私は顎に手を当てて少し考え込み、ゆっくり口を開く。

「取り敢えず、三人で行動しましょう。ラルクさんはちょっとぱっと見だと怪しい感じですし…」

「あぁ!?何処が怪しいんだよ!」

「そ、その鎧ですよ…ね、ネオ?」

「ああ、脱いだ方が良い。お前にとってその鎧は枷にしかなっていない。積載過多だ」

私の言葉に便乗するようにネオがそう言うと、ラルクはしばらく考えた後に一言、「いや、やめとく」と呟く。

***

それから暫く三人でベンチの辺りで立ち往生をしていたら周囲の異様などよめきに気がつく。

気になってその円の中心となってる人物に視線を向けると、そこにはルーノさんよりも艶のある長い金髪の髪が揺れていた。

ルーノさんの髪は白い砂のような美しさだが、彼女の髪は月明かりの様な静かで上品な美しさがある。

(綺麗……それにちょっと色っぽい?)

「アイツ…王国騎士だな。訓練がてら探索に来たのか?」

「王国騎士…?」

ラルクの言葉を聞いて観察してみると、確かに騎士の鎧にリヴァーニア王国の紋章が刻まれている。

「成る程。通りで気品がある訳ですよ」

「ああ、オレ達みたいなイモ畑の女とは違うな」

「そうですね…ん?」

何か、引っかかる発言だな。いや、それよりも今は現状を打破しなくてはいけない。

「そうだ。ネオ…あれ?ネオがいない?」

何度も辺りを確認するが、何処にも見当たらない。

「おい、あそこだ!!」

ラルクの指差す方向を見ると、ネオが女騎士に少しずつ近づいていくのが見える。

(…あの馬鹿、女なら誰でも良いんじゃないでしょうね!!昨日はちょっぴり…ほんのちょっぴり魅力的だったのに!!)

ラルク先輩の制止を振り切り、肩を怒らせてすごすごと歩き出す。

だが、ネオは女騎士の傍に立つと想像の上を行く行動に出た。

「…レイラ」

(え、ネオはあの女の人の事を知ってるの?)

「え?あ、あぁ…そうだ。…でも驚いたな。どうして私の名前を?」

「知ってるからだ」

「まぁ、そうなんだろうが…私は中々外に出ない役職だから…」

ネオがそのまま彼女の方へと向かっていくと、女騎士は彼に優しく声を掛ける。

「わ、わかった。これ以上君を詮索はしない…で、要件はなんだ?」

「パーティーメンバーを募集している。着いてきてくれ」

「…良いだろう。君に聞きたい事もあるしな」

ネオはそう言うと、彼女の手を引くと真っ直ぐに此方に向かってくる。

***

「え、えっと…王国騎士様…私はドロレスです」

どうもレイラの瞳に見つめられるとやりにくい。身体の節々が凍り付くとでも言えば良いのだろうか。

そんな事を考えていると、レイラは震える私の手を握ってにこりと微笑む。

「冒険者のレイラで良い。お互い堅苦しいのは無しでいこう」

「え、ええ…わかりました」

「オレ、ラルクね。よろしくレイラちゃん」

「ああ、よろしく」

ラルクさんは相変わらずだな。気安くしすぎな気がするんだけど。

「…そして、君は?」

レイラは常に警戒したような眼で我々と関わるが、ネオは特段、警戒した様な眼で見ている。

「ネオだ。よろしく」

「…それだけで良いのか?君には私に用とかあるはずだろ?」

「あるが貴女に好かれなきゃ出来ない用でもない」

淡々と話すネオ。こんな喋り方だったけ?もっと礼儀正しい感じの男だったはずだけど……。

いや、そんな事ないか。私は溜息を吐きながら彼の背中を軽く押す。

レイラは驚いたのか目を見開いているが、少しすると呆れた様に鼻で笑う。

「人に目的があるなら、礼儀正しく在るべきだ。本音を押し殺してな」

「君みたいにか…?俺も彼もそれは出来そうにない」

ネオが受け答えをすると、レイラは真っ直ぐ見つめて更に続ける。

「“彼”とはなんだ?…返答次第じゃここで解体してくれても良いんだぞ?」

「“彼”とはデニスだ。王国騎士であり、名のある音楽家でもあり…君の恋人でもあった」

「貴様!!」

レイラは剣を抜き放つと、ネオの喉元に突きつける。だが、それでも彼は冷静だった。

「今日の貴女への依頼者は俺とデニスだ。彼に未練があるなら手伝ってくれ」

レイラは見据えたまま突き付けていた剣を鞘に戻す。

「ふん。未練があろうがなかろうが、国民には味方してやるのが騎士の務めだ」

***

……まぁ、そんな訳で私達は今、地下で遭難した他の冒険者を救援する任務に着いている。しかし、さっきからずっと王国騎士のレイラは敵意をむき出しでこちらを睨んでいる。怖いよ……もう帰りたいよ……。

「もう…ネオ!なんでこんな事になっちゃったのよ。…怖いんだけど」

首を捕まえてヒソヒソとネオに言葉を送るが彼は表情を変えずに返事をする。

「自己満足だ」

何よそれ。私が不貞腐れていると、ラルクが申し訳なさそうにこちらを見てくる。

「わりぃ…ロリっ娘。元はと言えばオレが奴隷だから、こんな事になっちまったもんな…」

本当に悪いと思ってるのならその舐めたあだ名はやめてくれないかな。

それに一番悪いのはレイラと溝を作ったネオとこの事態を作ったマーク達よ。

「あ、あの!レイラさん!…わ、私の魔法見ます?水を甘くしたりとか光る蝶を一杯出したりとか出来ますよ!?」

機嫌を取ろうとレイラに話しかけてみるが、彼女は敵意剥き出しのまま「結構だ。救援を優先するぞ」

そう切り捨てると、私の歩幅に合わせてずかずかと前を歩いて行く。

……私、何か失敗したんだろうか?不安になって意味も無く周囲を見渡すが当然、何も見当たらない。

(もぉ!なんなのよ!?敵すら出ないし!?)苛立って心の中で叫ぶが意味なんてないだろう。

そんな状況の中、不意に先頭にいたレイラ達が立ち止まった。

「おい、見ろ。コボルトだ!」

レイラがそう言うと、確かに緑色の小さな化け物の群れがこちらを見て威嚇していた。

それにしても陰険そうな魔物ね…。目つきだっていやらしそうだし。

「俺が叩く!」

バッタの様な風貌の脚でいの一番にネオが飛び出すと追従する様にレイラが駆け出す。

「あ、オレも行ったほうがいい感じ?」

ラルクは他人事の様にそう言った後、2人に倣って突っ込む。

私は腰にぶら下げたロッドを握ると魔力を込める。

「…【バインド】!!」

詠唱が終わると魔物の足元から魔力の蔓が生え、魔物達を縛り上げる。これで暫くは動けな……。

私がそう思った瞬間、蔓が内部から破裂したように爆ぜると魔物達がこちらに向かって迫ってくる。

(そんな……!)

心の中で叫んでいると、レイラの剣撃によって目の前に居た魔物達は次々に切り伏せられて行く。

「大丈夫か!?」

「ええ、なんとか…!でもコイツら魔法が効かないみたいなんです!」

私がそう伝えるとレイラは攻撃を休め、呼吸を整えながら周囲を見渡す。

「恐らく、あのコボルトが持ってる対魔の首飾りが原因だろう…殺した冒険者から奪ったのか?」

「…オレの見立てじゃ、あの首飾りは救援対象の奴が持ってた奴だと思うぜ」

「成る程、我々は一歩遅かったという訳か」

レイラは剣を構えると、私をチラリと見てから魔物の群れに向かって走り出す。

(成る程…様子を見てろって事ね)

冷静にそう理解し、一歩下がって様子を眺めてみる。

「うがぁぁ!!」

ネオは相変わらず半狂乱の状態で肉体変化を繰り返し予想も付かない連撃を繰り出す。

その動きは何度見ても獣の様で、とても味方してくれている様には見えない。

彼は魔物達と同じように血に飢えた獣の如く攻撃を加え続ける。だが、あの姿になっても痛覚がない訳ではないのだろう。

時折、コボルトの攻撃による痛みからかよろける瞬間があるが、その隙を突いて他の2人が斬撃でフォローをする。

暫くは互角の戦いを繰り広げていた彼らだが、ネオが傷を負っていたコボルトの喉笛を噛み切った事により戦況が変わった。

苦悶の表情で倒れ込む魔物達を容赦なく剣撃で仕留めていく3人。

気が付けば辺り一面に黒い絨毯が敷かれているような状態に成り果てている事に気が付く。

「う、ぐぅうう…マ、ザぁぁー!」

「ネオ!もう、終わったから!!」

私は彼を背中から抑え込み、落ち着かせるように声を掛け続ける。しかし、彼は激しく暴れて私の手を解くとまた駆け出してしまう。

その背中に手を伸ばすが掴めずに空を切る。彼の心は最早、ここには無いのだ。

血肉を求める獣の様に死体の山に飛び込んでは血の涙を流しながら貪り食う。

その姿は正しく……いや、やめておこう。そんな事を考えるなんて私らしくない。

私は彼の傍に行くために歩みを進めようとするが、足が震えて上手く前に進まない。

心臓が激しく脈打つ感覚に襲われるがなんとか平常心を保とうとする。

「……うん?ド.ロ.レ.ス.?」

(怖い!)振り向いた彼の顔に恐怖心が込み上げてくるのを感じる。

「…君も傷付いた生き物なんだな」

いつの間にか恐怖で脚がすくんでいた私よりも前にレイラが立っている。

「レ、レイラさん…」

「仲間の君がそれでどうする。…隣、失礼」

レイラはそう断りを入れると彼の横に立って、彼が食い散らかしている死体を見つめている。

「デニスもこんな風に食ったのか?」

質問によって貪るネオの手が止まる。

「分からない…ただ、確実なのは俺は彼を喰った。だから彼の記憶がある」

彼は血に染まった自らの手を見てそう言う。

「…何故、喰った?」

レイラがそう問いかけるとネオは顔を上げる。その眼はいつも通り遠くを見ていて、瞳には感情が微塵も篭っていない。

「頼まれたからだ。デニスは何かを求めて地下に来て…そして瀕死の重傷を負った」

「……そうか。だが、アイツはそう簡単に諦めるものだろうか?」

「能力を話したんだ。食べた物の記憶を引き継ぐって…だから」

そう言って立ち上がると彼は古びた小屋の中へと向かっていった。

「此処は元々、俺の家だったんだ。コボルトに占拠されてたみたいだが…」

小屋から戻ってきた彼が手に持っていたのは年季の入ったリュートだった。

「生きて帰れないのなら代わりにレイラに歌を届けてくれ…俺が初めて人とした約束だ」

そういうと彼はそのリュートを構えて歌を奏で始めた。

彼の奏でる音色は素晴らしく、まるで別人…いや、デニスの心が弾いてるのだから当然別人に決まっている。

その旋律は悲しくも、美しくて。レイラはその音を聴きながら空を見上げている。

その表情は見えないがきっと彼女もデニスの事を考えているのだろう。

「…ネオ。曲の名前は?」

「君が決めるから決めていない」

「……じゃあ、【出会い】にしよう。…君が引き寄せた出会いに感謝を」

***

「本当に良いんですか?報酬を受け取らなくて」

荷物を纏めて立ち去ろうとするレイラに私はそう声を掛ける。

「ああ、構わないさ。救えなかったしな…それに報酬なら貰ってる」

「ですが……」

私が食い下がるとレイラは背を向けて歩き出す。

「それじゃ、またネオに会いにくるよ。アイツには色々思うところも聞きたいこともあるんだ…」

「……」

「まあ、今度は上手く話してみるさ。悪いだけじゃないみたいだしな」

***

「お前はずっと此処で待ってたのか…ネオ」

城へと向かう橋の中心で上を見上げているネオ。

その視線の先には青い空が広がっており、彼と同じ様に真上の雲もゆっくりと流れていく。

「俺は結局……デニスの分もやれたのか?」

彼は自嘲気味に笑いながらそう呟くと静かに歩き始める。

「足りんな。この程度では」

「足りない…?」

「ああ、足りない。もっと生き抜いてもらわんとな。…その命が浄化しきるまで」

「……」

「それとデニスが探していたのは多分、【賢者の声】だ」

「…?何だそれは?」

「さあな。ただ、絶大な力があるらしい。あらゆる理想を掴めるほどにな」

「賢者…」

「お前も地下迷宮に生きる覚悟があるのなら、直面する事にもなるかもな」

「ああ……覚えておくよ」

そう言うと彼はまたいつかみたいに何処かへ行ってしまった。

「一緒に着いて来るかって…言ってみても良かったのかな…」

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