天使で悪魔な彼と焼き芋

真朱マロ

第1話 天使で悪魔な彼と焼き芋

 天国と地獄は、いつだって隣りあわせだ。


 文化祭で販売する焼き芋機の試運転で出来上がった焼き芋の試食は、準備する生徒の特権でもあるのだけれど、焼き立ての芋を手にしたまま晶くんを見つめる数人の喉がゴクリと鳴った。

 ふんわり色付いた晶くんの頬のほうが焼き芋より美味しそうだ、なんて、いけない事を先輩たちも声に出さず思っていそうな眼差しになっている。


 同じ一年で、同時に入部している、希少女子の私と話すよりも、晶くんと挨拶する顔の方がデレデレしているのも、晶くんの微笑みを見てしまうと当然だとも思う。

 華やかな天使と地味で内気な眼鏡女子は、最初から同じ舞台に立つことすらおこがましい。

 今もまた、舞い降りた天使のお食事風景に、先輩たちの目線は釘付けである。


 晶くんは天使なのだ。主に見た目が。

 高校一年という成長期の中でも微妙な年齢だからか、平均より少し身長の高い私と同じくらいなので男子としては小柄だし、声変わりもまだなせいか美少女風味が強い。

 存在そのものに華があるというか、存在感も強いから立っているだけで、ピカーッと光り輝くような眩しい存在だった。


 晶くんのように天使みたいな美少女顔の男子が、部活一覧の隅っこにちょこっと名前が載るだけのマイナーな園芸部に、入部した理由は大いなる謎である。


 商工会に頼まれる夏祭りの焼きトウモロコシと、文化祭の目玉になる焼き芋販売が、園芸部の最大の見せ場なのは入部してから知った。

 チームプレイや人間関係にもまれて目立つのが嫌で、黙々と野菜を作るのは気が楽だという理由で、園芸部を選んだ私のような人間にとって販売作業は地獄の入り口なのだが、人当たりも良く華やかで友達も多い晶くんは天職のように大活躍している。


 園芸部は幽霊部員が半数を占めていて実働部員は少数なので、入部当初はふわふわとつかみどころのない言動が多い晶くんに、先輩たちも期待していなかった。

 けれど、なんと草取りや種まきのような地味な作業も晶くんは休むことがなくて、今のところ皆勤賞である。

 可愛くて真面目に作業して営業販売にも大活躍する晶くんは、まさに園芸部に舞い降りた救済の天使なのだ。


 もし、晶くんが女子だったなら、血で血を洗うような愛の争奪戦が始まったかもしれない。でも、どう頑張っても晶くんは男子だから、そんな事件は起こらなくて良かった。

 あまりにも可愛い天使だから違う意味の心配はあったけれど、陽キャ代表のようなオシャレでキラキラしい晶くんに懸想するのもおこがましいのか、別の扉を開く猛者もいなかった。

 幸いと言ってはなんだが、救済の天使枠のままで、目の保養に収まっている。


 それにしても、晶くんは焼き芋を美味しそうに食べている。

 半分に割られた焼き芋からは湯気が立ち上り、熱々の黄金色は甘い香りを振りまきながら、少しずつ天使の口の中に消えていく。

 ほんのり頬を上気させて、焼き芋の美味しさに恍惚としている晶くんの色っぽさは、ハッキリ言って視覚の暴力だった。

 お芋を食べているだけなのに、直視するのが気恥ずかしい。


 目のやり場に困った私は視線をウロウロと彷徨わせていたけれど、結局のところ辿り着くのは目の前しかなくて、頬を上気させている晶君に釘付けになってしまう。

 ふわりとやわらかな明るい髪色と、長いまつ毛に縁どられて澄んだ大きな瞳と、もぎたての果物みたいな艶々した唇が熱々の焼き芋を頬張って、はふぅっと白い息を吐いた。


「朋子ちゃんは食べないの?」


 キョトリとあどけない表情を向けられて、ハッと正気に戻った私につられて、ぽわ~と見惚れていた先輩も手の中にある焼き芋に口を付けた。

 目を奪われていたのが私だけじゃなくて良かったけれど、いたたまれなさと恥ずかしさで挙動不審のまま、焼き芋にカプッとかじりついたら、私は猫舌だった。


「あ、あつっ!」


 慌てて舌を出して半ベソになっていたら、晶くんが自前の麦茶をコップに分けてくれた。

 下から覗き込んでくる上目遣いで「そんなに慌てなくていいのに」なんてクスクス笑う天使の麗しさに、慌ててお茶を飲んでいた私は気絶するかと思った。

 ブンブンと勢いよく頭を振って正気を保とうとしていたら、髪ゴムが緩んで髪の毛までぼさぼさになる。


 息がかかるほど近くで覗き込んでくる晶くんの艶っぽい眼差しが恥ずかしくて、心臓の音がドラムのように鳴り響く。

 顔立ちのわりに骨っぽい手が伸びてきて、まとめ髪から零れ落ちた一筋をすくうようにして私の耳にかけたので、不覚にも「あっあっ」と挙動不審が加速してしまった。


「朋子ちゃんって、漫画から飛び出してきた優等生の眼鏡女子みたいだよね」

「ちっちがっ! めっ眼鏡はずしても! 私、全然美少女じゃないから!」


 血迷ったことを叫びながらヒィッと後退る私に「真っ赤だね」と晶くんは笑った。

 私に対して晶くんはいつも距離が近いので、人見知りで内気な妄想女子にそんなことするのは危険行為ですよ、と言いたい。

 残念な反応しかできない私に、先輩たちは「眼鏡をはずしても美少女じゃないのか……」と非常に残念な顔で眉を下げたけれど、なにかが心の琴線に触れたのか晶くんだけは満たされた顔でいる。

 グイッと綺麗な尊顔が近づいてきて、艶やかに微笑んだ。


「ねぇ、朋子ちゃん。朋子ちゃんのクラスって、文化祭で男女の制服交換するでしょ? クラス違うけど、僕の制服を着てくれる?」


 半ベソになっている自覚はあるし、頭は半分のぼせているので「ふえ?」と変な声が出たのはわざとではない。

 クラスの喫茶模擬店で男子の制服を着てウェイトレスをするのは、ストレスMaxな決定事項だったから脳内から追い出していたのに、今まさに思い出してしまった。

 ツルペタの私は制服交換しても違和感が少ないかもしれないが、男装が愛らしく見える可愛いクラスメイトたちとは違うのだ。


「身長とか、僕とほとんど同じでしょ? 俺服の彼女ってヤツ、見てみたいんだ」

「おっ! 俺服のっ! 俺服の彼女?!」

「うん、俺服の彼女。絶対にダメだよ、他の奴の制服なんて借りたら」


 とにかく、刺激が強い冗談はやめてほしいと非難の眼差しを送ったけれど、晶くんは天使の微笑みでニコニコと笑っている。

 確かに私のクラスの模擬店は、男女の中学時の制服を持ち寄って取り換える男女逆転の喫茶店なので、嬉しい申し出ではあるけれど突然すぎて心臓がもたない。


「それでさ、朋子ちゃん。文化祭も一緒に回ろうね。一番好きな子と文化祭デートするの、夢だったんだ。手をつなぐのと、腕を組むの、どっちがいいかなぁ」

「一番好きな子とデート!!!! 告白もしていないのにデート!!!!」


 ものすごいパワーワードが来た。

 混乱を極めている私だが、不純異性交遊のお誘いなのは理解できる。

 一生縁がないと思っていた色恋沙汰に、この一瞬で放り込まれてしまった気がする。

 そして迂闊な私は、晶くんに「告白もしていない」という言い回しで、彼に好意を持っている事を、ツルッと告白していた。

 もちろんそんなことに私は気づいていなかったが、晶くんの口元がゆるりと上がって悪い笑顔になったので、成り行きを見守っていた先輩たちは「天使の中の悪魔が目覚めた」と秘かに震えた……らしい。


「わっ私、私、こんなだし、デデデ、デートって、ちゃんと話せないよ?」

「知ってる。知ってて誘ってんだから、気にするのおかしくない? あ、せんぱーい! 販売の当番は、朋子ちゃんと僕を一緒にしてね。よろしくお願いしまーす!」


 晶くんの笑顔の圧に、無言のギャラリーとして壁になりきっていた先輩たちがコクコクとうなずき人形に生まれ変わった。


「朋子ちゃん。僕の夢、叶えてくれるよね?」


 予備動作も何もない突然の告白の連続に、私のメンタルは瀕死状態だった。

 冗談だとしたらタチが悪いけれど、残念なことに晶くんの目は真剣なのが怖い。

 天使の晶くんの横にちんちくりんの私が隣にいるなんて、なにかの罰ゲームのようである。


 ノーなんてとても言えないし、本当は嬉しいけれど。

 思い切り腰が引けてしまう私は、自他とも認める内気なコミュ障なのだ。

 ベンチで膝がくっつくぐらいすぐ横に座られると、全身で晶くんの存在を感じすぎて全身の毛穴から血が噴き出しそうだった。


「近い近い近い近い……死んじゃう! 晶くんが麗しすぎて! 私、死んじゃう!」

「大丈夫、朋子ちゃんが倒れたら保健室まで、お姫様抱っこで運んであげるね」


 ふんわり笑う晶くんが「これでも力持ちなんだよ」って自信ありげに笑うから、お姫様抱っこを思わず想像してしまった私は悪くないと思う。

 鼻血が出なかったことを褒めてほしいほど興奮して、フラフラと倒れる寸前の私の肩に手を回し、口角を上げて艶やかに微笑む晶くんは、天使の笑顔ではなかった。


 背中にある見えない翼は、漆黒に染まっているはずだ。

 尖った黒い尻尾も、絶対にあると思う。


 そう。天国と地獄は、いつだって隣りあわせなのだ。



『 おわり 』

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