そうして、少女の人生は動き出す。

「ところでお前、よくこんなところまで1人で来られたな。誰かに止められなかったわけ?」


茂みの更に奥地へと進みながら、男は問う。

恐らく彼女はまだ成人にも満たない女だろう。そして、身に纏っている衣服も寝巻きというヤツで、家を抜け出したとて道中に怪しまれなかったのだろうか。


「…こっそり家を抜け出すなんて、もう何度もやってるので。まぁ、そうは言っても普段は家のすぐ側でぼーっとする位でしたけど。それに深夜ですよ。そう人なんて通ってません。森への入り口もそこまで遠くないですし、…いつものことなので慣れてます。」


少女はふ、と森の中に目を遣る。

とはいえ、あそこまで奥に来たのは初めてだった。あんな崖まであったのだ。案外、女一人でも遠くまで来られるものなんだな、と少し感心する。


男はその姿を横目で伺いながら、彼女はどの程度持つだろうかと考える。

あまり人間に危害を加えるのは趣味ではないので、まぁそれなりに良い生活は送らせてやれるだろうが、彼女は大人びているだけでまだ子供だ。いくら女が“私は死んでいる”のだと言ったところで、いつかは元の人生へ戻りたいと思うものだろう。

森の奥深くで暮らすというのは、人間の生活と比べて退屈で、娯楽も限られる。最近のあの世界は情報に溢れていて、何かが枯渇することはない。そんな世界に生きていたこの少女が、いつまでも自分に有利な様にあるとは、最初から思っていない。


(ま、少しの間の暇つぶしみてーなもんだな。)


どうせ、不死であるヴァンパイアにとって、彼女の一生は一瞬だ。

それが10年後だろうが20年後だろうが、大した差ではない。男は少し、嫌気がさした。




案外、良い暮らしが出来そうだった。


森の奥深く。そのさらに先。樹海と呼ぶ方が相応しいだろうか。

見上げるだけではとても天井が見えない程の木々が雑多に伸び、隙間から月明かりが其処を照らす。

ぽつり、と立った一軒家が男の住居だった。

かつての大英帝国を思わせるような洋館。この場所に似つかわしくない建物のように思うが、蔦が這い、廃墟のように寂れたそれは、意外にもこの場所に馴染んでいる。


「随分大きいんですね。」

「まぁな。だから言ったろ?衣食住は心配ないって。あと、普通人間はここまで辿り着けないからな。途中で何度も同じ所を彷徨うしか出来なくなって、それ以上奥へ進もうにも元来た場所まで帰るしかできなくなんだよ。」


「ま、あんな森の奥、わざわざ来ようとする物好きなんてお前位だろうがな。」と、男は洋館の扉を開けた。


キリキリと音を立てながら重い扉が開く。

外観の割に中は整っていて、本当にそれなりに良い生活が出来そうだった。

今まで住んでいた場所が狭かっただとか、不満だっただとか、そんなことで死にたかったわけではない。

ただ何となく、息苦しかった。

許されないのに許される、ぬるま湯に浸かり続けるような毎日が。

この扉の先ならば、全てやり直せるだろうか。

だって私は、もう死んでいるのだから。



「ようこそ。俺の館へ。」

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硝失少女とヴァンパイア kai @nameless__

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