八月の光る砂!!!

立花 優

第1話 八月の光る砂!!!

 この年齢になって振り返ってみても、私は、かって、あれほど眩しく光る砂を見た事が無かったような気がする。


 それは、八月の初め、某高校のグランドの一角で、奇妙な会話がなされていた時の事である。


 その光景は、いわゆる一般の第三者から見れば、今で言う恫喝・脅迫の類、いわゆる典型的な「校内暴力」の一シーンであったと直ぐに理解できる場面であったろう。




 私は、その集団の中にあって、恐怖に打ち震えながらも、一陣の涼風を頬に受けながら、どこか妙に、けだるい気持ちになってるのを感じていた。




 自暴自棄なのか、いや、もうどうでもいいやという感じ。話をしても結局どうにもならないと言う、一種の諦観と言ってもいいのかもしれなかった。




 ともかく諸々の感情が、自分の心の中で渦巻いていたのを、まるで人事のように、第三者のように感じていたのだ。




「貴様、どうも生意気やな。特に、あの美人の奥井さんとなれなれしく口をききやがって、一体、何様のつもりだ!」と、その中の数人の中のリーダーらしき者が、私に大きな声で文句を言ってきた。


「べ、別に、慣れ慣れしい事など全く無いちゃ。単に、中学校時代の同級生と話しをしていただけやないか。そこの一体どこがおかしいんや!」


「何、貴様、言い訳するがか。思った以上に生意気なやっちゃな。この俺様に向かっていっちょ前に反論しやがって!少しやったろうやないか、覚悟せいや!」


 


「ちょ、ちょっと、待てくれよ。


 何故、今、俺がやられなければならないんや。俺が、一体何をしたと言うのや。何で中学校時代の同級生と話しをしてただけで、こんな文句を言われねばならないんや?」




 しかし、この私の問いに、答える者は誰もいなかった。多勢に無勢とは正にこの事だ。まあ、その状況を冷静に分析すれば、どうころんでも勝ち目のない戦いであった。




 いじめや校内暴力に、そもそもまともな理屈など多分あって無いようなものなのだ。


 私個人では、今程も心の中で思ったように、これ以上話しをしていても、何の埒もあかないような感じを持っていた。




 冒頭にも述べたように、熱い、うだるような暑さの中でも、妙に、私の気持ちだけは冷めていたのである。




 それは、先程も言ったように、今から約五十年以上も前の私の高校二年生の夏の時の事であった。




 その頃、私はある誤解が元で、一学年上の先輩の数人のグループからから、いわれの無い暴言や暴力を毎日のように受けていたのだ。




 その暴言やそれに伴う暴力は、日ごとにエスカレートしていったように思う。


 単に、殴る蹴るだけでは治まらなくなってきていた。


 その暴力が一番、エスカレートして頂点に達したであろう日、それが、その日その時だったのだ。




 その頃の私は、自分の人生の中で一番精神的に荒んだ日々を送っていたのもまた事実だったのだ。




 実は、私は中学生の時に体を壊した事もあって、2~3ランク下の高校に進学したのだが、これが人生最大の誤算になってしまっていたのだった。 


 そういう訳で、クラスメート達ともほとんど仲のいい者はいなかった。と言う事は、当然、誰も助けてくれない状態であったと言う事でもある。


 更に、私の担任は、この私への校内暴力には気がついてない。…これは、自分が自分で結論を出すしかない、私個人の問題だと思っていた。


 しかも、先輩のそいつらは非常に賢かった。人の見ているところでは、私への暴力は決して振るわなかったからだ。




 私は、自分の精神や神経が日に日にボロボロになっていくのを、自分で確実に意識しているものの、それを自ら止める手だては何処にも存在しないように思えた。




 アルチュール・ランボーの詩集『地獄の季節』を読んで、自分では『地獄の時代』だと感じた事もあった。


 だから毎日通う高校への道のりは、まさに地獄への道のりであった。高校の前にあった門は、地獄への入り口への門に思えてならなかった。


 しかし、昔気質の両親に育てられた私は、ただ、黙々と学校へ通わせる事しか思い付かなかったのだ。




 何度も言うようだが、その時の出来事は私の高校の二年生の時の事であって、今でも終生忘れる事のできない嫌な嫌な思い出の一つなのだ。




 季節は夏。




 むせかえるような新緑の木々と草花の臭い。脳髄に突き刺さるような鳥の声。どれもこれも、多分、今のその瞬間こそ、ありとあらゆる万物の生命達が、その生涯の中で最も輝いていた時間であったろうに、この私にとっての『地獄の時代』は、それとは正反対のまま、ただただ私の命を無造作に奪いに来ているような感じがしてならなかった。




 果たして「生きて、この高校を卒業できるのだろうか?」




 そんな、弱気な思いに取り付かれるようになっていた。




 ある日の夜、ふと、洗面台で鏡をみた時、そこに写っていたのは、いつもの見慣れた自分の顔ではなかった。


 既に死神にとりつかれたような哀れな高校二年生の顔であった。


 このままでは、自分は間違いなく、死へと追いつめられるのではないか?


 最後は、あいつらからの暴力か、自分自身決断による行為によるかは別として、どうも、この世とオサラバする日は近いのかもしれない…。




 しかし、死ぬのはホントは怖かった。


 いや、もっと言うならば、こんなところで死んでしまえば、単なる犬死にしかならないから尚更の事だった。




 何とか、自分を、根本的に変えてくれるものが欲しかった。それが、一体、何なのか、暗中模索の日々の中で、私は、ひとつの回答らしきものを見いだした。




その回答とは、実に、簡単なものであって、その頃、ノーベル文学賞候補とも噂された天才作家:三島由紀夫氏の書いた本の中に「武士道とは死ぬ事とみつけたり」で有名な『葉隠入門』を見つけた事だ。


 天才を謳われた作家が執筆するにしては相当に毛色の違うハウツー本ではあったが、その本の中の一説「死狂い」という言葉に、私は非常な感銘を受けていたのである。




 いわゆる、『「武士道は死狂ひなり。一人の殺害を数十人して仕かぬもの」と、直茂公仰せられ候』という一文である。




 確かに、心身ともにひ弱な私が、もし、本当に「生きてこの高校を卒業しよう」と思うのであれば、自分自身を極限状態にまで追い込んで、周囲から気味悪がれるほどにならなければならなかったのかもしれない。


ともかくこれしか生き残れる手段はないのだ。


 要するに、上級生の例のグループに「あいつだけは非常に危険だからある程度距離をおいて置こう」と思わせる事が、唯一の作戦であり、自分の実施できる作戦であるように思われたのである。




 その決心を固めた直後の事だった。冒頭のシーンは、まさに私の決心への試金石のように感じたのである。




 私は、前の日から、学生服の右ポケットにある凶器を、左ポケットには少し大きめの凸レンズを入れていた。




 私は、今にも飛びかかりそうな上級生達を冷めた目付きでゆっくり制して、左ポケットからその凸レンズを取り出してみせた。


 この奇妙な行動に、上級生のグループも、一体何が始まるのか不思議そうな顔になった。ここで、上級生のグループの動きが止まったなと感じた。


 しめた!


 その時、私は、大いなる決心して、と言っても、顔はニタニタ笑いながら、その凸レンズで、まばゆい太陽光を左手の甲の上に焦点を合わせたのである。




 八月の真夏の太陽の強烈な乱反射で真っ白く光る砂だらけの校庭の中での事だ。




 ジリジリと肉の焦げる音、異様な臭い、しかも当の本人は、苦痛にゆがむ顔をするどころか、顔や口元や目は明らかに少し狂っているかのようにニタニタと笑っていたのだ。




 事実、信じられない話かもしれないが、当の私自身、全く熱さも痛みも感じなかった。


「心頭滅却すれば火もまた涼し」か。正にその言葉通りであった。


 そして、この私の異常とも思える行為を見て、上級生達は、声を失った。先ほどの私の思い、つまり「こいつは危険なやつだ」と、思わせる事に成功したなと思った。




 私は、遂に一言も泣き言も苦痛の声も発しないまま、左手の甲に十字架の文字を焼き付けたのだ。


 別に、キリスト教徒でも無い私ではあったが、どうせ将来まで残る傷なら、十字架クロスのほうがかっこいいだろう、と思ったからだった。…現に、その古傷は今でも私の左手の甲にうっすら残っている。




 しかし、その狂気じみた行為が効果があったのかどうかは分からなかったものの、上級生達は、気味悪がって、一人また一人と私の前から去っていったのである。 




 しかもである。




 その年の十一月二十五日に、あの『葉隠入門』を書いた天才作家の三島由紀夫氏は、私設軍事組織「楯の会」の会員を引きつれて自衛隊員の前で、クーデターを促すよう決起を求めたものの失敗、割腹自殺を遂げたのだった。




 この三島事件は、私が八月の光る砂の中でまばゆい光をあびながらも、あの狂気じみた行為を行ったもう少し後日の話の事件であり、その時の私には、全く知る由もなかった話なのであったのだ。  了

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