第5話 吉村 琢郎
びっくりした。何て迫力のある物言いだ。その後の、取り作ったようなお上品さ。
あっけに取られ、呆然としていた。ふと気付くと、手に赤い物がある。ハンカチかと思った。スベスベでスケスケだ。縁にヒラヒラのフリルがあって、柔軟性がある。広げると、おお、何と、パンティだ。「ううむ」と
「なに、何か良いことあったの」
食事中、
「いや、何でもない」
「そう」
佳代はそれ以上追求してこなかった。佳代との会話はほとんどない。テレビの音声が、夫婦の会話を代償するかのように垂れ流されている。わしは新聞を読むふりをして佳代の外出するのを待った。新聞の字は目に入って来ない。ようやく、佳代は「ちょっと行ってくる」と出かけた。
やっと、出かけた「むふふふ」と自然に笑みがこぼれた。改めて良く見ると、スベスベだ。肌に滑らかだ。そして、透けて見える。縁にフリルがあって、伸び縮みする。顔にあてると、かぐわしい香りがする。これで、白い肌を包むのだ。滑らかな丸みを帯びた曲線、白い肌、大きな
「おお!」
下半身が熱い。
ガラガラと音がして、妻が帰ってきた。
「何してるの。まあ、何被ってるの」
ああ、見つかってしまった。
「まあ、何それ。ま~イヤらしい。何かんがえてるの。ま~汚らわしい。いい歳して、ま~恥ずかしくないの。ま~ヘンタイだわ。ま~」
妻を、驚かせてしまったようだ。慌てて被っていたパンティを外しても、もはや手遅れのようだ。それにしても、「ま~」の連発は久しぶりだ。
「ま~どうしたのよ、それ」
「貰った」
「ま~誰に貰ったの。うそでしょどこで拾ったの。どこに干してあったの」
「だから、女子学生に貰ったのだ」
「ま~女子学生を押し倒したの。ま~何て事を・・・・・いい歳こいて」
「お前、わしの話しを聞いているのか」
「だから女子学生を押し倒して、パンティを奪ったのでしょう。ま~どうしましょう。もう、ご近所を歩けないわ。あなた、自首して」
「バカヤロー、何言ってんだー」
「ま~あなたは、いつもそう。自分の都合が悪くなると、すぐ怒鳴るんだから。転職した時だって、何で一言相談しなかったの。仕事の事は話しても分からんだろうと、勝手に決めつけないでよ。話もしないのに、分る訳ないでしょう。家に友達を連れてくるなら、何で一言連絡くれないの。いきなり連れて来られては、困るでしょう。信一が大学を落ちた時だって、荒れて荒れて大変だったのよ。あなたは仕事にかこつけて、逃げてばっかり。私一人に、やっかいな問題を押し付けて、本当にずるいんだから~。それから、千鶴ちづの結婚の時だって・・・・・」
話しが、ドンドンずれて行くようだ。どうしたものだろうと、上を向いていると
「・・・・・あなた、私の話を聞いているの」となじられた。
「もちろん、聞いているとも。反省してます」
今度は、下を向いた。話はくどくどと続いた。誕生日がどうのこうの、指輪、旅行、家事、息子、娘、細かい事が次から次へと出て来る。その内容よりも、コンコンと
「・・・・・で、どうなのよ」
と、問われハッと我にかえると、わしはパンティを掴んで家を飛び出した。
「やあ、しばらく」
田中吉郎さんは、庭の手入れをしていた。
「お茶でも煎れるね」
縁台でお茶を飲みながら「これ何だけど」とパンティを取り出したら、「わっ!」と吉郎さんは奇声を発して、わしを居間に引き摺り上げた。そしてガラガラとガラス戸を閉め、シャーとカーテンを引き、玄関に出てきょろきょろと周りを見渡すとバタンと戸を閉め、ガチャリとカギを掛けた。居間に戻ってパンティを手にすると、「因果は巡る」と言って、嬉しいような困ったような複雑な顔をしていた。
パンツの行方 森 三治郎 @sanjiro
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