17

「何が?」と、レイ。


「いや、またこの辺りで敵機を撃墜しちまったから、余計敵の注目を集めることになっちまったんじゃ……」


「バカね。もう遅いって」レイはあくまでも素っ気ない。


「……すまん……またやっちまった……な」


 先程までの態度とは打って変わって、隼人は小さくなる。


 ややあって、くすっ、とレイが吹き出した。


「『過ぎたこといつまでもくよくよしたってしょうがない』、でしょ? ふふふっ」


 隼人の口調を真似てそう言うと、レイは朗らかに笑う。


「どっちみち、偵察機が飛んで来た、って事は、この地域はもうかなり敵にマークされてる、ってことでしょうね。今更一機や二機落としたところで状況はほとんど変わらないでしょ。むしろ、収集した情報を持って帰らせなかったんだから、戦果を上げたというべきかもね」


「そう……か……?」


「それに……あの時あなたが敵機を撃墜してなければ、私も巧もどうなっていたかわからなかった……だから隼人、あなたには感謝しないとね。本当にありがとう」


「よ、よせよ……そんなこと言うお前の方が、よっぽどらしくねえよ」


 照れ隠しに痒くもない頭を掻く隼人は、しかし、レイの表情が微妙に変わったのに気づく。


「だ、け、ど」


 レイはわざとらしく一文字ずつ区切って発音し、横目で隼人を軽く睨む。


「その功績も命令違反で帳消しね」


「……」


 隼人は頭に手をやったままの姿勢で凝固する。それを見たレイは、再びくすくすと笑い出した。


「あなたたちには毎度毎度驚かされるけど、ほんと、今日の隼人には脱帽よ。いきなり自転車でやってきて、照明弾で戦闘機を撃墜するなんて……また『トロポポーズの鷹』の新たな伝説が生まれた、ってことね。その瞬間に立ち会うことが出来て、光栄よ」


「全然褒められてる気がしねえんだけど……」


 ため息をつく隼人に笑いかけて、レイは顔を正面に戻し、呟くように言う。


「あなたたちは……ほんとにやることなすことバカでメチャクチャで無鉄砲で命知らずだけど……」


 "ちっ……ひでぇ言われようだ……"


 "あなた「たち」って……僕まで一緒にされちまったのか……?"


 隼人と巧はそれぞれ心の中で呟き、ムッとするが、


「……それって、機械や人工知能には真似の出来ないことよね。ひょっとしたら、それが、あなたたちが機械の敵を相手に圧倒的な強さを示す、一番の理由なのかもしれない」


 というレイの言葉に、思わず互いの顔を見合わせる。


「そうか……要するに、俺達は人工知能をはるかに超えた存在、ということなんだな?」


 隼人は得意そうにニヤリとするが、


「ある意味ね。あなたたちのバカさ加減に、人工知能がついていけてない、ってだけの話だけど」


 と、レイに言われたとたんに渋い顔になる。


「おまえね……そういうトゲのある言い方、なんとかならんの?」


「あら、こういう言い方しないと私らしくなくて気持ち悪いんじゃなかったの?」


「ぐ……」


 得意満面のレイに、またも隼人は二の句が告げられない。


「……ぷっ」巧は吹き出し、隼人を振り返る。


「隼人、どうやらお前の完敗のようだな」


「うるせえなぁ……」


 隼人は唇を尖らせて、レイの後ろ姿を恨めしそうに睨む。それを意に介した様子もなく、彼女は嫌みたっぷりな調子で続ける。


「あなたたちはきっと、神に選ばれ祝福を受けた、大バカ戦士なのよ。これからもメチャクチャやって、大バカパワーを発揮してほしいものね。もしかしたら……」


 ふと、レイが真顔になる。


「それが、この局面を打開することに……なるのかもしれない……」


「……」


「……」


 巧と隼人は再び互いの顔を見合わせる。やがて隼人が、ふんと鼻を鳴らして後席にもたれ込み、


「ちっ、何だよ大バカ戦士って……」


 とぼやくが、ふと思い出したように手前に身を乗り出す。


「ちょっと待てよレイ、それじゃ、これからも俺達はどんどん命令違反をして、どんどんバカをやっていい、ってことか?」


「……バカ」うんざりしたような顔で、レイ。「限度って物があるからね。こっちの身にもなってよね。あなたたちが何か無茶すると、こっちは気が気じゃないんだから……」


「そうか」


 隼人は素直にうなずく。何故か彼は、それ以上レイの言葉をまぜっ返す気にはなれなかった。


 だが、その時、巧のイタズラ心に閃くものがあった。彼はレイを揶揄してやりたい、という衝動が抑えられなくなる。


「ねえ、レイ」


「なに?」


「君はさ、僕らのこと無茶だバカだってさんざん言ってるけど、そう言う君も、今日は随分無茶なことやってない?」


「……ええっ?」明らかにギクリとした様子で、レイは巧を振り返った。


「いや……いきなり僕に当て身を食らわして、たった一人で車に乗って戦闘機に向かって行ったり……」


「い、一応、突発的ではあるけど、全て理にかなった軍事行動だからね」


「スピード出し過ぎて車を横転させるのも、かい?」


「くっ……」今度はレイが言葉に詰まる番だった。


「なんだ、この車をひっくり返したのはお前だったのか?」今までレイにやられっぱなしだった隼人は、この機に乗じて一矢報いてやろうと畳み掛ける。「いやぁ、飛行機ならともかく、車でナイフエッジをやるとは……さすがの俺も、そこまではできねぇなぁ。やっぱ少佐殿はやることが一味違うね」


「……」


 思わぬ反撃を食らった格好のレイは、しばらく苦虫を噛み潰したような顔で黙っていたが、やがて大きく息を吐く。


「朱に交われば赤くなる、って言うでしょ? あなたたちがあんまりにもバカなんで、私にも感染うつったのかもね」


「お、認めやがったな。これでお前も人のことは言えねぇなあ。三バカトリオ、爆誕だな」


 隼人は愉快そうに笑う。


「あなたたちと一緒にしないで欲しいものね……」


 そう言うレイの横顔は、言葉ほどには嫌がっていないように、巧には見えた。


 いつの間にか進行方向に、基地への入り口に向かう交差点が見え始めていた。


(第四章に続く)

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亜成層圏《トロポポーズ》の鷹R Phantom Cat @pxl12160

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