16

「え?」


 きょとんとする巧と隼人を、レイはちらりと振り返る。その横顔に浮かんでいる表情は硬かった。


「隼人……私、昨日あなたに『もっと自分を大事にしてほしい』って、言ったよね。殴ったりもして。そんなこと言っておきながら、私は、巧を……あなたの大事な相棒を、とても危険な目に会わせてしまった……」


「そう……なのか……?」


「ええ。武器も何も持たずに出発したのも間違いだったと思うし……ううん、本当なら、私が修理手順をしっかり学んで、一人で任務に当たるべきだった……ごめんなさい」


 レイは神妙に頭を下げる。


「な、なんだよ……お前……」


 戸惑う隼人が何かを言いかけるのに、かぶせるように巧が叫んだ。


「それは違う!」


「巧?」レイの視線が瞬時に巧に移る。


「レイ、僕は今回の任務に、自ら志願したんだ。もちろん、外に出る危険性も全て納得した上で、だよ。君が引け目を感じる必要は何もない」


 しかし、レイはかぶりを振ってみせる。


「ううん。あなた個人の問題じゃないの。あなたがケガをしたり……縁起でもないけど、戦死したりしたら、今の基地にとっては戦略的に大きな損失よ。だけど私の判断ミスで、そんな状況を招いていたかもしれないの」


「だからといって、君が一人で任務にあたって、君に何かあったとしても、基地にとっては大きな損失だと思うよ」


「え……?」レイの眉がぴくりと動き、その下の目が大きく見開かれて巧を見つめる。


「君は誰もが認める基地の最高責任者なんだ。基地にいるスタッフはみな君を信じて、頼りにしてる。朱音なら代わりが出来る、って君は言ったけど、たとえ彼女が君と同じように出来たとしても、整備班のチーフをしながら司令は務まらないよ。だけど、彼女は根っからのメカニックだ。僕は朱音から整備の仕事を取り上げるべきじゃないと思う。君だって、そう思うだろ?」


「それは、そうだけど……」


「あの基地は、君と朱音がいなくちゃダメなんだと思う。『戦略的』にも、ね」


「……」


 レイは正面を向いたまま何も言わない。巧は構わず続ける。


「だから、君だって自分を大切にするべきだよ。生きたくても生きることができなかった人がたくさんいる、って言ったのは、君なんだぜ」


「……」


「それに……君が死んだら、君のお兄さんを知る人もいなくなってしまうよ」


「……!」沈黙したままのレイの背中が、微かに反応を示す。


「うまく言えないけど……君が生き続ける限り、お兄さんも君の中で生きてる……君と一緒に戦ってる……と、思うんだ。君が死んだら、君の中のお兄さんも死ぬことになる、と思う」


「(お兄さん、って何だ?)」隼人が巧に耳打ちする。


「(……後で説明するから黙ってろ)」


 ギロリと巧が睨みつけると、ふてくされたように隼人は肩をすくめる。巧はレイに顔を戻した。


「お兄さんはきっと、君を救うことが出来て、満足だったと思う……僕は絶対そうだと思うんだ。だから……僕は、お兄さんが君を助けたのは間違い、だなんて思わない。君にもそんなこと……言って欲しくない」


「……そう」


 レイはぽつりと呟くように言って、左手首のスピードマスターに目を落とす。が、すぐに顔を上げる。


「でも、巧、あなただって他人ひとのことは言えないよ」


「え?」


「あなたこそ、自分はどうなってもいい、とか、死に場所を見つけた、なんて言わないで欲しい。残された人間がどんな思いをするか……それに、あなたが死んだら、あなたの中のメグさんも死ぬんだから」


「ああ……そうだね」巧は大きくうなずく。


「……おい、巧」急に真顔になった隼人が、巧の肩に手をかけた。


「お前、メグのこと……レイに話したのか……?」


「ああ」


「……そうか」隼人の表情が緩む。「話せるように、なったんだな」


「まあ、な……」小さくうなずきながら、巧。


「結局、私達二人とも、大事なことを忘れてたみたいね」レイがポツリと言った。


「え、何を……?」と、巧。


 レイは微笑みながら、巧をちらりと振り返って言う。


「……生き延びるのも、軍人の任務の内だってことよ」


「レイ……」


 巧も微笑みを返す。そんな二人を、隼人は呆れ果てた様子で眺めていた。


「(なんだよ……朱音だけじゃなく、いつのまにかレイともいい雰囲気かよ……ちきしょう、巧の野郎……モテやがって……)」


 隼人の独り言に巧が気づいて振り返る。


「ん? 隼人、何ぶつぶつ言ってんだ?」


「なんでもねえよ!」


「……?」


 首をひねっている巧をよそに、隼人は後席から身を乗り出した。


「なあ、レイ……なんか随分弱気じゃねえかよ。俺に謝るなんて、お前らしくもねえ」


 いかにも心外だと言いたげに、レイは隼人をジロリと一瞥する。


「あのねえ、私だって人間だもの、間違ったことをした、と思ったら当然謝るし、時には弱気にもなるよ。言っとくけど、私はあなたたちと同い年なんだからね」


「とてもそうは見えないがな」


 隼人のその言葉に、たちまちレイの眉が吊り上がった。


「どういう意味よ? 老けてる、とでも言いたいの?」


「おーコワ」隼人はオーバーにおびえる仕草をしてみせる。「けど、そういうツラしてた方がお前らしいぜ」


「……」


 レイは気づく。隼人は隼人なりに、彼女を元気づけようとしているのだ。それでも彼女は不服そうな表情を作って隼人に応える。


「何よ、それじゃまるで、私がいつも怒ってるみたいじゃない?」


「少なくとも、俺はお前といえば、怒った顔しか思い浮かばないからな」


「そうだとしたら、それは私にそういう顔しかさせないあなたが悪いのよ」


「ぐ……」


 ピシャリと言い放つレイに、隼人は一瞬言葉に詰まる。


「……ふ、ふん。だいぶ調子出てきたじゃねえか」


「そりゃ、どうも」


「ま、俺にゃ詳しい事情はよくわからんけど、とりあえず、過ぎたこといつまでもくよくよしたってしょうがねえんじゃねえの? 結果的にはみな無事だったんだし。まぁ……お前がケガしたのは気の毒だったけどな。それでも、この俺の活躍で、敵機も撃墜出来たことだし……あ……」


 そこまで言って、不意に隼人の表情が、何かを思い出したように凍りつく。


「……ひょっとして、まずかったか?」

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