15

 朱音の攻撃的な視線を穏やかに受け止め、巧は言った。


「僕の推測ではね、おそらく敵機は偵察のためにFLIRフラー前方監視赤外線装置Forward-Looking Infra-Red)みたいなもので地上を赤外線スキャンしてたんだと思う。で、隼人が敵機に向かって照明弾を撃ったわけだが、外れてしまった。でも、その照明弾は落下傘を開いて空中に留まった。照明弾って、赤外線も出すだろ?」


「ええ、そうね。基本的にフレアと同じで、マグネシウム燃やしてるだけだからね」と、朱音。


 巧は軽くうなずき、続ける。


「Su-24が僕らを銃撃するために降下してた時、ちょうどそのコース上に照明弾があったんだ。突然空中に出現した赤外線源を感知して、正体を探ろうとしたか、あるいはロックオンしようとしたのかもしれない。それでSu-24は降下を止め、機首をそれに向けたんだろう。だけど、照明弾はほとんど静止してるようなものだから、あっと言う間に接近してしまって、避ける間もなくそのままエアインテイクに吸い込んだみたいだ。いきなりエンジンが火を吹いたからね。それで片肺飛行になったけど、たぶん思った以上に機体にダメージがあって、胴体内の燃料タンクに引火して爆発、それで墜落したんじゃないかな……と、僕は思う」


 レイと朱音は互いに顔を見合わせると、これで三度目となるセリフを同時に吐いた。


「「信じられない……」」


---


 基地への帰路。


 レイの運転するジープには、巧と隼人、そして隼人の自転車が乗っていた。ジープの後ろから十メートル程離れて、朱音のモトクロッサーが続く。レイの右肩には、朱音が持って来たバンダナが包帯代わりに巻かれていた。


 フロントウィンドウのガラスが割れて失われているため、三人は走行風に直接さらされているのだが、その分暑さがまぎれ、かえって心地よいくらいだった。


 Su-24の二三ミリ弾はジープの左リアフェンダーを直撃したが、入射角が浅かったために貫通はせず跳ね返ったようだ。それでもその部分はパックリと凹み、後席が一つふっとんでしまったが、隼人は無事だった右の席に座っていた。エンジンやトランスミッションを含むドライブトレーン、燃料タンクなど、ジープの走行に不可欠な部分は全く無事だった。


 車重が一・三トンのジープはそこそこ重かったが、四人が力を合わせて引き起こすと、横転の状態からあっさりと元に戻った。しかしそのままエンジンを始動するとオイルハンマーでエンジンを壊してしまうので、朱音がボンネットを開けてグロープラグを外し、そのままセルモーターでしばらくクランキングした。

 最初はプラグホールからオイルが飛び散っていたが、徐々にそれもなくなり、朱音はプラグを装着して再びクランキング。ようやくジープは息を吹き返したのだった。メカニックの朱音がいてくれて助かった。巧は痛感する。


「(……なあ、巧……)」


 右の後席から大きく身を乗り出して、隼人が助手席の巧に耳打ちした。


「(なんだよ……?)」巧は首を回し、横目で隼人を見る。


「(あの、な)」運転席のレイに向かって、隼人はあごをしゃくってみせた。


「(あいつ……なんでさっきからずっと何も喋んねえんだよ。行きもこんな感じだったんか?)」


「(……いや……そんなことなかったけど……)」


 確かに、巧もレイの様子は気になっていた。隼人の言う通り、車に乗って以来彼女は今まで一言も口をきいていないのだ。


 巧は運転席に視線を投げかける。真っすぐ前を見据えてハンドルを握っているレイの横顔は、どこかしら物思いにふけっているように見えた。


 レイの眼鏡はジープが横転した時に飛ばされて、路上を五メートルほど転がっていた。そのためにフレームが曲がり、装着式のサングラスのレンズ表面には著しく傷がついていたが、幸いなことに本体のレンズはほとんど無傷であった。


 今、彼女はサングラスを外し、曲がったフレームを無理やり矯正した眼鏡をかけてジープを運転していた。右肩が痛むのか、右手はハンドルを持ったままあまり動かそうとしないが、シフトチェンジは左腕で行うので、運転にはさほど支障はなさそうだった。


 何が今レイの心を支配しているのかは分からない。しかし巧には、その見当が全く付かないわけでもなかった。


 おそらく、レイは亡き兄のことを思い出しているのだろう。無理もない。今日は彼女をそのように追い込む出来事が立て続けに起きたのだ。そしてその原因の一端は自分にもある。巧の心がチクリと痛む。


 しかし、そうだとしても、今の彼女に自分が一体何をしてやれるのか。そっとしておくくらいのことしかできないのではないか。それよりも問題なのは、これらをいったいどうやって隼人に説明したものか、ということだが……と巧の頭が急速に回転し始めた時だった。


「(まさかお前……レイになんかしたんじゃないだろうな……)」


 そう言って隼人がいわくありげな視線を巧に送る。巧は内心、レイに抱きつかれたことを思い出してギクリとする。しかしその場面は、たまたまジープの陰になっていて隼人からは見えていない。はず、だった。


「(ぼ、僕は……何もしてないぞ……)」


 そう言って、巧は心の中で自分自身に対する言い訳を付け加える。


 "そうだ。僕は嘘は言ってない。やましいことは何もない……とは言えないが、少なくとも僕からは何もしてない。これは事実だ……"


「(ほんとか……? なんか怪しいぞ……?)」


 隼人がいぶかしげに目を細めた、その時。


「隼人……」レイがぼそりと呟いた。


「は、はぁ?」不意を突かれて、隼人は思わず上ずった声を出してしまう。


「私……あなたに謝らなきゃいけない。巧にもね」

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