14

「……え?」


 ようやくレイにもSu-24らしい機影が見えたが、それは明らかに彼女たちを銃撃するコースから外れ、彼女たちがいる場所の数百メートル上空を飛び去るように水平に飛んでいた。


「撃って……来ない?」


 レイが首をかしげると、巧はうなずきながら言う。


「ああ。どうしたんだろう……」


 Su-24が彼女たちのほぼ真上にさしかかった、その時だった。


 いきなりSu-24の右排気ノズルから、アフターバーナーのそれとは明らかに異なるオレンジ色の炎が吐き出され、それがすぐに濃い黒煙に変わる。一秒ほど遅れて爆発音。


 そのままSu-24は黒煙を引きながらふらふらと飛んでいたが、突然その機体全体が一気に炎に包まれた。そしてそれは機首を真下に向けて墜落していく。


 それが姿を消した山のふもとから、黒い煙の固まりが立ちのぼった。その約四秒後、大きな爆発音が周囲に響き渡る。


「……」


「……」


「……」


 しばらく、誰も言葉を発しようとしなかった。三人共ただ呆然と、沸き上る黒煙を見つめるだけだった。しかしこの時、巧だけが、例の空中の光の点が姿を消していることに気づいていたのだった。


 やがて、我に返った隼人が巧とレイの方に振り返る。


「いったい……何が起こったんだ……?」


 土と砂ですっかり汚れた顔を隼人に向けて、レイが言った。


「わからない……だけど隼人、一つだけはっきりしているのはね……」


「なんだ?」


「あなたがさっき発射したのは、照明弾よ……武器としての威力は、皆無の……ね」


「……え」


 そう言ったきり、隼人は口をポカンと開けたまま言葉を失う。


 その時、低いかすかな音が三人の耳に入った。明らかに獣や虫が奏でるものではない、人工的な機械音。


「「「!」」」


 三人が同時に身を固くする。徐々に大きくなっていく機械音は、その発生源が彼らに接近しつつあることを明白に告げていた。


「敵か?」隼人は巧を振り返る。


「わからん……が、ジェットの音じゃなさそうだ。レシプロで、小排気量の……あ、あれは?」


 巧が振り向いた方向に、レイと隼人も一斉に顔を向ける。


 カーブの向こうから、モトクロッサーにまたがった人影が姿を現していた。


「……朱音!」


 とたんに顔をぱっと輝かせたレイが、モトクロッサーに向かって走り出す。


「ええっ? お、おい、待てよ!」


 隼人と巧も慌ててレイの後を追った。モトクロッサーはレイの手前で止まる。


「レイ、遅くなってごめん……」


 モトクロッサーにまたがったままの迷彩服のライダーが、かぶっているジェットヘルのバイザーを上げると、そこには朱音の笑顔があった。


 彼女の背中には長さ一メートルほどの黒い筒状のものが背負われていた。それが携帯タイプの対空ミサイル、スティンガーであることは、一目見ただけでレイにもすぐに把握できた。


 巧と隼人もようやくレイに追いつく。


「朱音……君だったのか……」と、巧。


「巧、隼人……あんたたちも、無事やってんね。よかった……」


 ニッコリと朱音は笑顔を見せるが、すぐにその表情が引き締まる。


「それで、敵機は?」


「……」三人は誰も応えず、困惑した顔で、答えを探すかのように互いが互いを見つめていた。


「どこなの? こっちに飛んできたんでしょ?」朱音がレイに詰め寄る。


「ええ、そうなんだけどね……いきなり墜落したの」


「ええっ!? ほんとに?」朱音の目が真ん丸に見開かれる。


「ほら、あの煙……見えるでしょ? あれが墜落現場」


 レイは山の中腹から立ちのぼっている黒い煙を指さす。


「……」それを呆然と見つめながら、朱音がつぶやくように言った。「何が……起こったの……?」


「それは私も聞きたいくらいよ」と、レイ。


「……そうは言っても、何もなくてSu-24が墜落するなんてこと、まずあり得ないでしょ? なんか思い当たることはないの?」


「そうねぇ……そう言えば、隼人が敵機に向かって照明弾を撃ったっけ。それで……」


「ちょっと待って」レイの言葉を遮って、朱音は大声を上げる。「隼人!」


「は、はい!」弾かれたように隼人はシャキッと直立不動の姿勢になった。


「あんた、勝手に基地から飛び出して……また命令違反したがいね! レイ、こいつの処分、どうするがん?」


「今の司令はあなたなんだから、あなたが決めるべきよ」と、レイ。


「ほんならぁ、前科もあれんさけぇ、銃殺やね」朱音があっさりと言うと、


「そうね、それが妥当なところだと私も思う」レイもあっさりと同意する。


「お、おい……そんなこと簡単に決めるなよ!」顔面蒼白で、隼人。


「……ダラ。冗談に決まっとるやろ?」


 さも呆れたと言わんばかりに、朱音はため息をつく。


「て、てめえらの言い方は冗談に聞こえねえんだよ……」


「だけど、まじめな話、本来なら何らかの懲罰が必要なところだけど……」レイは隼人に向き直る。


「う……やっぱりまた鉄拳制裁か?」


 隼人は思わず後じさるが、レイは首を横に振った。


「ううん。それはないよ。私は右肩痛めてるし……」


「代わりにあたしがぶん殴ってあげようか?」朱音がポキポキと指を鳴らしてみせる。


「か……勘弁してくれ……」隼人の顔の青みが増した。


「ま、今回は、自らの危険も顧みず戦友救出に向かった、という心意気に免じて、不問に伏す、ということにしましょう。橘司令、いかがですか?」


「そんなんで許していいの?……まあ、あんたがそれでいいんだったら、あたしもいいけど」


 朱音は仕方無さそうにうなずく。


「いいよ」うなずいてからレイはうつむき、小声で呟く。「(今日の私は、命令違反を責められる立場じゃないから……)」


 しかしそれは、隼人の耳に届いていた。


 ”命令違反を責められる立場じゃない……だって? どういうことだ?”


 隼人はレイに問いかけようとするが、口を開いたのは朱音の方が早かった。


「そうそう、レイ、なんか言いかけとったね。ごめん。続けてま」


「ああ、そうね。ええと、隼人が照明弾を上に向けて撃ったのよ。それはそのまま上空に飛んで、開傘して……気が付いたら、敵機が墜落してたの」


「なにそれ? どういうことなのか全然わからないんだけど……」


「ごめん。眼鏡がなかったんで、私もそれ以上のことは分からない」


「そう……それじゃしょうがないね」


 小さくため息をついた朱音の視線が、レイから隼人に移る。


「隼人、あんたがそのM79ソードオフで照明弾を撃ったのは確かなの……?」


「ああ……そのとおりだが……何で敵機が墜落したのか、俺にもよく分かってねえんだよ……そもそも照明弾は直撃もしてねえしな」


「直撃もしないで、どうやって敵機が落ちるのよ! 大体ねえ、直撃したって照明弾の威力なんてタカが知れてる。よっぽど至近距離で撃たないかぎりね」


「さすがにそれくらいは俺にも分かるさ。だけど……現に敵機は墜落してんだぜ。俺のせいなのかどうかは知らんが」


 隼人は肩をすくめてみせる。


「あんたねえ、そんないい加減なことで……」


「いや、隼人の撃った照明弾が原因なのは、まず間違いないよ」声を張り上げようとする朱音を制して、巧。


「ええっ、どういうことよ?」


 朱音の訝しげな目が、巧を射た。

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