第13話 一人旅行女子の話

 貯金とボーナスを全部注ぎ込んで一人で海外旅行に行った。

 残高は2ケタになったけど後悔はしてない。


 個人で好きなところを回るツアーにしたから、空港に着いてガイドと挨拶をして、初日はとりあえずホテルにチェックインして自由時間になった。

 どこか観光するには遅い時間だったからだが、むしろありがたい!着いて初日はガイドにどうこう言われずにシンプルに自分の食べたいディナーがいいと思ったから。

 このためにガイドブックも買い込んでいろいろ調べてきたんだ。入力した言葉をこの国の言葉に変換して再生してくれるアプリも持ってる。やるぞ!看板もメニューも全部読めないけど!

 スマホアプリと睨めっこしながらバスに乗って、バスを降りてからは店先を覗き込んでは歩いて、歩いて、歩いて……。

 ものすごく雰囲気のいいお店を見つけてディナーにした。お店の人も優しくて、私が外国から来たって知ってワインを一杯サービスしてくれた。

 大満足で、素晴らしい旅行の幕開けだ!と思ってお店を出て、立ち尽くしてしまった。

 

 バス停、どこ……?


 あれからだいたい一時間。

 たぶんここ通った!と思う角を曲がって、これくらい歩いたと思う!てくらい歩いて、……で、一向にバス停が見つからない。

 むしろ、こんなお店あったっけ?となるばっかりで、なんだか余計に迷ってる気がする。

 別のバス停でもいいから見つかればワンチャンホテルに帰れると思うけど、それすら見つからない。

 焦るばっかりで泣きそうになるけど、それじゃしょうがない。まだ日が落ちてそんなに時間が経ってないから最終のバスまでは時間があるし、ちょっとお茶して、最悪見つからなかったらお金かかるけどタクシーで帰ろう。

 そう思って顔を上げるとちょうどいいところにカフェがあった。

 雰囲気のいいお店。お店の前にテーブル席がいくつか出ていて、何組かお客さんがコーヒーを飲んでいた。

 そのうちの一人に目が留まる。

 テーブルにガイドブックを広げて読んでる男の人。あんまりじろじろ見たらいけないけど、ちらっと見えたガイドブックの見出しがこの国の言葉じゃなかった。っていうか、読める、読めるぞ!

 もしかして、私と同じ国から旅行で来てる人?ってことは、バス停の場所わかるかな。少なくとも私の言葉はわかるかも。

 話しかけてみようか、どうしようかと思ってたら、その人が顔を上げて、目があった。

 目が切れ長で、綺麗な顔。ふわって上品に笑って、「何か困り事?」って訊ねてくれた。私のわかる言葉で!

 バス停の場所がわからなくなってしまったって話したら、「ここら辺入り組んでるからね、わかるよ。ペン持ってる?書いてあげる」って優しく言われて、何だかものすごく力が抜けちゃった。

 ペンを渡したらお店のロゴが入った紙ナプキンに地図を書いてくれた。少し斜めにとんがったクセのある字。

 「僕だけ座ってて女の子に立たせてるのもなんだから、どうぞ?」ってすすめられて向かいの椅子に座ったら、地図を書きながら道順の説明までしてくれた。

 「一人ですか?」と訊いたら、少し間を開けて、お店の中の方をちらっと見て、内緒話のように「大切な人と二人で旅をしてる」と言って悪戯っぽく笑ってた。

 その顔が少し照れ臭そうだけど、すごく幸せそうで、思わず「ハネムーン?」と口に出てた。その人は少しびっくりした顔をしてから笑って、「うん。ハネムーンみたいなもの」と頷いた。

 書き終えた地図をもらって、お礼を言って、安心したから私もなにか甘い飲み物でも買って一息吐こうかな、と思って顔を上げたら、いつの間にかすごく背の高い男の人が片手にコーヒーを持ってテーブルの横に立っていて、「ただいま俺のマシュマロちゃん。ところで、そちらはどなた?」って、地図を書いてくれた人の肩を叩いた。

 ま、マシュマロちゃん?

 びっくりした。私がおろおろしてると、「迷子になっちゃったみたいで、バス停の場所教えてあげてたんだ」「ふうん?……まあこの辺の道、わかりづらいもんな」と言葉を交わしながら、背の高い男の人が椅子を引いて座るから、それと入れ替わるように立ち上がってしまった。

 うっかり勢いよく立ち上がっちゃってガタン!と椅子が鳴って、二人が同時にこっちを見た。

「あ、の!ありがとうございます、もう大丈夫です!」

 書いてもらった地図を握りしめて、頭を下げる。

「そう?じゃあ、気をつけて」

「迷子にならないように寄り道しないで帰れよ」

 口々に声をかけてくれた。テーブルに椅子を戻して、離れてもう一度頭を下げて、「ありがとうございます、お二人も旅行楽しんでくださいね!」と手を振った。

 もらった地図に従って歩き始めると、後ろから「……マシュマロちゃんって僕のこと?」「だって白いから」と話す声が聞こえて、ちらっと振り向いたら肩を寄せ合って笑う姿が、なんだか、上手く言い表せないけど周りの他のお客さん達とは雰囲気が違った。

 本当にハネムーンなのかはわからないけど、きっと幸せなんだろうなあ。

 なんだか急に、一人で来たのが寂しくなってしまったけれど、ホテルに着いてベッドに入る頃には忘れてた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

journey without a map. 清透 @palvankkiosk

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ