17:朽ちたカボチャの上で黒猫が跳ねる

 月がカボチャが墜ちてくる。

 SF映画のクライマックスシーンかのようにゆっくりとその巨体を崩壊させながら近づいてくる。俺はと言えば、着弾した状態から指1本動かせていないので、塔を作っていたカボチャの大群の上にいる。気分はあれだ。黒き衣を纏いて橙の野に降り立った救世主。実際は落下だし、カボチャの上なのだけれど。

 落ちてくるカボチャも崩壊した部分から光の粒のようなものに変わっていっているし、全体的に向こう側が透けて見えなくもないから恐らく全滅エンドはないだろう。

 なによりもさらに凶悪な面構えになった歴戦のカボチャスカードが帰還した。全体的にさらにボロボロで、何より目を引くのは右目の上から鼻を通って口の左端へ繋がる大きなヒビ。まるでフランケンシュタインの怪物。よく砕けなかったなと感想が浮かんだけれど、よく見るとそのヒビが徐々に塞がりだしていて絶句する。うわ、なにそれ、カボチャ恐い。

 英雄の帰還にカボチャが集う。後を追うように巨大カボチャも地上へ至る。

 月だったカボチャはその大きさを笑える位に減じさせながら、それでもまだかなり大きいのだけれど、驚く程にふんわりと軟着陸して、光に変じる崩壊を続けている。

 黒猫が朽ち行くカボチャの上に掛け登る。素早く何処か急かされるように。

 天辺へ辿り着けば、こちらを見下ろした。そしてなにかを口にする。

 カボチャ達は言葉ではないけれど歓声のようなものをあげていて自分の声も聞こえないくらい。だけれども、不思議にはっきりとその場にいたもの全てに届いた。

『ありがとう』だ。

 そして黒猫は踊り出した。上半身と言うか腹から上はほとんど動かず、4本の足だけがリズミカルにカボチャを叩き交差し回転する。爪が立てる音が響く。いつしかカボチャ達が音に合わせて跳ね始める。

 優月神社の夏祭りで見た神楽舞を思い出した。似ても似つかないものだけれど、ナニかに奉じられるという点でとても良く似ている。

 まぁ、こちらも突拍子もないけれど、神楽舞も大概だったとは思う。一挙手一投足にまで釘付けになる動きもだし、始まった途端本殿があるのだろうお山から感じられた剣呑な気配が霧散した事も含めて色々と。

 いやまぁ、そんなあまり関係のない事でも考えていないとカボチャがおもいおもいに跳び跳ねているおかげで、出力最大動きはランダム設定の巨大なマッサージチェアに寝かされているような気分にさせられて、そろそろ意識が飛びそうなんだけどね。

 いい加減無理矢理にでも降りるべきか、けど確実にカボチャに潰されるよなぁ~、と悩んでいると変化があった。

 カボチャが次々と光を帯びて空へと昇り始める。昇天ではないのだろう、どちらかと言えば本来ある場所へ帰っていく、そんな風に思えた。

 きっと日付が変わるのだ。

 生者も死者も異形もなにもかも全てが綯交ぜになった地獄の釜の蓋が開いたほんの一時の混沌とした時間が終わる。

 此岸と彼岸は再び分かたれる。

 だから、お別れ。さよならだ。

 放り出されて地面に落ちて、仰向けのままカボチャを見送り、やっとのことで体を起こす。

 残っているのは俺と黒猫と歴戦のカボチャスカードの3つ。黒猫は何処かへ歩いていこうとしていて、その後ろに歴戦のカボチャスカードが付き従っている。

 ハロウィン《お祭り騒ぎ》は終わったのだから、最早留まる理由もない。お祭りは終わりを惜しみつつも、もう終わったのだと余韻を噛み締めるからこそお祭りだ。いつまでも拘泥してしまえば、楽しかったと言う思い出が褪せてしまう。

 確かにそうだ。その通りだ。

 だけど、だけれど、それを幾度も何度も数えるのも嫌になるくらい繰り返したとしたら、1度位は許されてもいいんじゃないだろうか。

「なぁ……」

 だから声をかけていた。答えは分かり切っているけれど、問わずにはいられなかった。

「お誘いは嬉しいですが、遠慮致しましょう。1つの場所に留まれる性分ではないのですよ」

 黒猫は言う。そして歩みを再開する。

 その背にかけられた言葉は1つだけだ。

「迷える魂に安らぎがあらんことを」

 黒猫がこちらを向いた。今回ばかりは俺でもそれがどんな表情なのか判断出来た。

 驚き、だ。

「意外でした。いつから気づいていたんですか?」

「初めからって言えたら格好もつくのかもしれないけどね。残念なことに確信持てたのは今ついさっきかな」

 仮に言えたとしても未だに体を起こすので精一杯で立ち上がることさえ出来ないのだから、格好をつけるもなにもあったものではないのだけれどね。

「始めはさ、悪魔なんじゃないかって考えていたんだ。ランタンの炎は悪魔が手渡したものだしね。けどさ、だとしたらちょっとおかしい。違和感がつきまとう」

 黒猫が続きをどうぞと言うように頷いた。

「あんたの語る視点がさ、カボチャに寄りすぎていたんだ。悪魔だったならそんなことを気にする必要もない訳だしね」

 だから誰なら違和感が少ないのか、で考えた。候補の1つ程度だったのだけれど、今のこの状況で確信したという訳だ。

「成る程、それは格好のつかない話です」

 分かってるよ、自覚はある。答え合わせの解説の最中に漸く正解を思い付いたようなものだからね。

 だからまぁ。

「また、な」

 再会を願って手を振る。

 次の時にはもう少し穏やかでありますようにと。

 黒猫は。

「何かあったらお願いします」と言って、尻尾を立てた。

 トラブル前提かぁ、ちょっと考えさせてほしいかもしれない。

 カボチャがその目を光らせた。月を失い闇が帳を下ろす世界をか細く照らす。

 この世でもあの世でもない場所の道標となる。

 斯くして、夢が1つ終わりを告げた。

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万聖節前夜、或いは丸いカボチャの見る夢は。 此木晶(しょう) @syou2022

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