16:高く笑うはカボチャのお化け
「撃ち落とすって言うけど、一体何を手伝えって言うのさ?」
流石に空は飛べないし、ましてや手からビームも出すなんて人間止めた芸当は出来そうもないのだけれど。いや、やろうと思えば出来なくはないのだろうけど確実に人間止める事になるから、心の底から遠慮したい。
「彼が月を狙い撃ちます」
黒猫が言うと、カボチャの海が2つに割れた。移動してくるのは1つ。ズリズリズリとこちらへとやって来る。
それはなんと言えばいいのだろう。
歴戦のカボチャ? 何だそれ? と言いたくなるが、全体が傷だらけ、目の部分も片方が縦に走る傷で塞がれていてふてぶてしい位の貫禄を放っていて、そう表現するのが一番良いような気もする。一体ナニと戦ったのだろうか。 煮物を作りたい料理人とかな?
まぁ、いくら貫禄があろうとも、実際他のカボチャと比べると4、5倍の重量はありそうではあるけれど、普通カボチャは空を飛ばない。いや、今頭上に浮かんでいるニヤけたのもいるにはいるがあれは特別製らしいし、今も近づいて来ているカボチャは到底空が飛べるようには見えない。いきなり後ろから羽が生える可能性は否定できないのが夢の怖い所だけれど、そうだとしたら狙い打つとは言わないだろう。
羽の生えたカボチャが目や口からビームを放ちながら空のカボチャに立ち向かうシューティングゲームめいた情景を想像しなかったとは言わないし、チラッと見てみたいと思わなかったとも言わないけれど。
「飛べるようには見えないけど?」
「飛ばせませんか?」
自分の夢なら出来るけどね。人の夢の中で更に自分でない誰かをとなると。
「無理だね」
予想通りの答えだったのだろうか。黒猫は特に反応することなくカボチャの群れに指示を出す。
「では、当初の計画通りに進めましょう。仕方がありませんね。守屋さんが飛べるのであれば一番良かったのですが」
一言余分だよ。口で勝てるとは思えないから言わないけどさ。
さて、指示を受けたカボチャの群れが引きずってきたのは、細長い板の真ん中に三角の台が着いた代物だった。ヤジロベーよろしく板が台の上でゆらゆら揺れている。これ、色々パーツが足りないようにも思うけど、シーソーじゃないかな?
勿論シーソーは板の端の高さが水平状態で750ミリ以下でなければならないだとか、落下時に地面との間に230ミリ以上の隙間が必要と言った決まりがあるけれどそういうのはガン無視した造りだ。使用方法に思い至り、ちょっと眩暈がした。
肯定するように歴戦のカボチャがシーソーの片方の板に飛び乗った。軋みを上げてシーソーいや、発射台が傾く。つまりこいつでカボチャを打ち上げようという訳だ。
試しのつもりで高く上がったもう一方の板の端に手を掛けて力を入れてみる。ピクリとも動かない。
「なにこれ?」
答えは分かってはいるのだけど、敢えて聞いてみた。
「発射台ですよ」
シンプルに返ってきた。だよね、としか返しようがない。
「ひょっとして何だけどさ、これで打ち上げるのを俺にやれっていうのかな?」
「なにを当然の事を言っているのですか。見れば分かる事でしょう」
なかなかの無理難題を投げられた。どうしたら良いかね? とシーソーを眺めるが随分と使い込まれているように見えた。
着座部が丸く磨り減っている。削ったのではなく何度も擦れ研かれたへこみ方だ。
接地面は抉れていた。幾度となく叩き付けられた跡だ。
腕部の支点の部品には錆び1つ浮いていなかった。真新しいということはない。寧ろ磨耗の跡すらある。
つまり?
「当然、今まで何度も使用していますよ。本来はカボチャか天へ帰るものですが、であれば月にも届きます。ですが普通のカボチャでは届いても落とすには至らない」
なんとなく想像がついた。
天に至れるならば月へも届く。何故ならば月は天に浮かぶものだから。届かぬ道理が何処にあろうか、だ。
まぁ、届くからといってあの大きさのものを打ち落とすにはそれなりの威力が必要だろう。その為の歴戦のカボチャなのだろうけれど、恐らく打ち上げるだけのエネルギーがない。余程のものを用意しないと歴戦のカボチャは宙にも浮かないだろう。見た目以上にあれの重さはあると思う。
とすれば俺の役目も見えてくる。多分瓦礫かなにか重量物をあのシーソーの片側に落とせと言ったところだろう。
これはちょっと要相談だ。
で、こうなった。
今俺はカボチャの上ですごい勢いで上へと上がっている。横目で見るビルの窓が2、3階層分が1秒かからずに下へと流れていったことを思えば
足元には唯々カボチャ、カボチャ、カボチャとカボチャが群れになって押し寄せているのが見える。
起点は広く、頂点は細く、俺を天高くへ持ち上げる為に集い重なり積み上がる。その姿はまるで……。不吉なものを想像したので慌てて打ち消す。まぁ確かに天に鎮座するモノに挑むのだから間違ってはいないのだけれども、結末が悪すぎる。そんな益体もない考えを打ち消す間もカボチャの塔は伸びる。
いったい何処まで来たのか、すでに地上で空を切り抜いていたビル群は遥か下にあり、けれど空のカボチャにはまだ遠く蒼い闇と砂のような光だけがここにある。
当初あの黒猫は想像した通り発射台の上に瓦礫を出現させるつもりでいたらしい。
生憎と人1人程度の大きさを移動させるのがが精々で、かつ切り口を閉じたからって間に挟まったものが切断されるなんて事もないのである程度の重さがある瓦礫をそもそも準備出来なかったと言うオチだ。
カボチャの大群を纏めて上から落とすなんて別案も出たが、五月雨式に吐き出したところで効果があるとは思えないのと十分な位置エネルギーが得られるだけの高さに放り出しても発射台に当てられるだけの精度が期待できない旨を伝えたら、黒猫に物凄く冷たい眼をされた。表情は一切動いてないのに目だけ極寒というね。いや、怖かったです。
次案と言うか、最終案としてこちらが提示したのは、俺自身が高所から発射台への落下によってカボチャを打ち上げること。
俺なら落下の途中で多少は方向も変えられるから軌道修正できるし、落下ダメージに関しても自分の体だけならタングステンは無理でも鋼くらいの強度には出来るだろうから、まぁある程度無視できる。
問題は十分な高さまで到ろうと思うと何度か夢の裏側を通らざる得なく、やり過ぎるとその時点で俺が使い物にならなくなる所だったのだけれど。
呆れの声色で黒猫が提案してきたのが、このカボチャの塔だった。
凄いよね、色々。多分高さがもう㎞を越えているから、一体どれだけカボチャがいたんだって話だし、これだけ高い場所に来たって言うのにニヤケカボチャはこれっぽっちも近づいたように見えない。
現実のようにもっと上の宇宙とでも言う場所にいるのかもしれないし、或いは『飛ぶ』事でしか到達できないのかもしれない。
黒猫含め多くのカボチャがそう信じているのならば恐らくいや必ずそうなのだろう。
だから、俺の役割は確実に目標に着弾する事だ。カボチャの蠢動が止まり、塔の伸長も止まる。風1つない何処までも蒼い空間で固まってしまった関節を伸ばす。
当初落下にはカボチャが1個同伴する話もあった。要するにそのカボチャを着座部に叩き付けろと言うことだったのだけれど、流石にただの鉄塊ならともかく、一応動いて言葉も話すとなると色々躊躇するので断った。手の中で砕け散るカボチャとか見たくない。何より俺1人の方が自由がきく。
さて行きますかと、飛び降りると足場にしていたカボチャと目があった。同伴する予定だったカボチャだ。何か敬礼された気がしたのでこちらも敬礼で返した。
靴裏に此方と一緒に移動する地面をイメージ、そして蹴り込むと同時に切り離す。大きすぎると負担があるし、小さいと加速出来ない。スキップでもするみたいに加速、加速を繰り返す。
あとは唯々真っ直ぐに落ちるだけ、の筈なのだけれど。
落下のガイドも兼ねていた塔が大きく揺れた。作戦終了後、ゆっくり解体の予定だったからこの状況は明らかにおかしい。原因はすぐに目視できた。塔に体当たりでもするように、そして此方の進路を塞ぐように、地上に乱立していたビル達がその高さを増していた。倍速映像顔負けの速度でビルがウネウネとカボチャ達をはね飛ばす。オレンジ色が飛沫のように広がる。それでもカボチャは集い、塔を維持する。それが彼らの役目で働きだ。
ビルが2本伸びてくる。丁度俺を挟んで潰す交差する軌道だ。いや、ハエでもコウモリでもないからね?
誰が邪魔をなんて、問うまでもない。空に浮かぶジャック・オ・ランタン。今だ諦めず上を向いている仲間がいるって言うのに見下ろして絶望した馬鹿野郎。
なによりも。
今までここまで何の手出しもしてこなかったのに、この期に及んでちょっかいを出して来やがるか!
で、この程度で止められると思っているのが、また腹が立つ。
足場を作り蹴って進路変更兼加速。こちらに向けて伸びてくるビルの壁面に鋭角に着地。そのままつかの間、壁面を抉る破砕音をさせながら踵で滑降する。かなりの距離を滑り降りたつもりだけれどビルの伸長する速度とほぼトントン。眼下に確認できる目標地点はまだまだ遠い。
故に、加速を重ねる。壁面を蹴り抜き前へ落下する。ただ前へ。全ての動作を前へ出る事に使用する。体は出来るだけ低く前へ倒し、足の接地は最小限に、踏み込みは爪先にかかるわずかな引っ掛かりを利用して少しでも前へと出る。
速度は既に落ちると言った方が正確で、最早方向転換など出来よう筈もない。
目の前にビルが生える。ビルの側面に垂直にビルが生えるって何なんだ! クレイジークライマーやってるんじゃないんだけど!
兎にも角にも何にしろ。
停止論外、転換不可、選ぶ手段は一直線。
左足で踏み込み体が窓の下枠と平行になるように跳躍。右肩からガラスに突っ込み何かを抱き込むように体を丸め背中でガラスをぶち破る。そのまま体を回し、遅れて追随してきた上着の裾で割れたガラスを叩き落とす。一瞬天井を眺めながら、体は再び床を向き右足で着地、滑りながら横を向いた体を前に戻し加速再開。
今度はビルの中にビルが生える。雨後の筍もかくやとばかりに壁や天井をぶち破ってそびえ立つ。今しがた窓をぶち抜いたからなのか窓という窓、出入り口という出入り口全てに、シャッターが、防火壁が降りている。さっきと同じ事は出来ない。
故にやることは1つ。
右の拳を握り締め打ち出す。
分厚い鉄板に鉄の玉を投げつけたような、重く腹に響く低い音が生じた。
音には力が宿る。込めた願いもそのままに拳を振り抜き、前方全てを薙ぎ払う。ビルもなにもかも吹き飛ばし、視線が地上にまで通った。
正直無茶をしすぎてしんどすぎてしんどい。ナニかが男を見つめる光景、憧憬、悔恨、憐憫、憤怒と色々な感情その他諸々が入り交じってグチャグチャに暴れまわっていて、しんどい。
自棄になっているならなっているで、大人しくしていてくれ。確かに世の中ってのは、どうして、嘆くことばかりだけれど、それでも、と足掻いている奴等だっている訳だ。
自分が絶望したからってそれを他人にまで強要していいなんて道理があるものか。まぁ、仮にあるのだとしてもそんなもの全力で押し通るのだけれど。
だから、気合いを入れ直す。
指を動かすのも億劫だけど、音の余韻が消え去れば邪魔が再び入り出す。チャンスは一瞬今この一度きり。
一歩踏み込み踏み出して、宙へ躍り出た。
弱まっていた風が吹きつける。足場を作り蹴って落下を加速。視界の先でビルが伸び始めた。速度が足りない。このままだと間に合わない。
もう一度足場を作り蹴ろうとして失敗。足が空を掻く。バランスを崩し体が不規則に回転し始める。視界が回り、意識も回る。
ああ、しくじった。
ぐっちゃぐちゃの感覚に溺れながら、浮かんだのは文華に怒られるかなとか、和戸素子ともお別れかとか、あいつに本気で笑われそうだなぁとか、考える。
今から俺がやろうとしている事は守屋夢人が今の今まで積み重ねてきたもの全てをひっくり返すようなもの。
だからまぁ、色々とお別れする必要もあるのだけれど、何とかしなきゃいけない訳だから仕方ないよなぁ。
目を閉じて、細く息を吸う。意識を体の外へ広げる前準備。耳元で痛い位に唸りをあげていた風切り音が遠退いていく。
準備は出来た。目を開けば人としての守屋夢人はいなくなる。それが現状での最善なのは分かっている。それでも。
「嫌だなぁ……」
ついそんな言葉が漏れてしまったのも本音な訳だ……。だから、そんな声が聞こえたのかもしれない。
「仕方ないですね。今回一回だけですよ」
ナニかに腕を引かれた。その場で大きく一回転。体に係る遠心力がそのままに速度に変わる。
要するにぶん投げられた訳だ。
これまでの倍以上の速度で完全に狭くなった視界の端に見覚えのある姿があったかどうかすら確認出来なかった。
音の壁を打ち破る一歩手前の轟音と共に落下する。最後の足掻きの様に生えたビルすら粉々にしながら俺は着弾した。
打ち上げ台の着座部が俺の体を受け止める。接地面が地面にめり込み即座にカボチャ達が固定した。反動で吹っ飛ぶかと思っていた俺の体もほぼそのままに落下。痛い。が、想像していたよりも、明らかに痛くない。確かに衝撃はあった。骨にヒビ位は入っているだろうなと思う程度には痛みはある。本来そんなものではすまない筈だ。いくら夢の中だからと言っても俺自身がいまいち現実の常識から抜け出せていない以上、もっと影響を受ける。そうでないのはきっと……。
悲鳴のような音をあげながら腕部が支点を中心にして山形に変形する。
事前に聞いていなければ失敗したと思っただろう。
けど違う。幾度も数えきれない程のカボチャを打ち上げたその板は、折れず曲がらずけれどよく撓り。俺が持っていた落下のエネルギーを物理法則諸々無視してそのままどころか寧ろ上回る勢いで余すことなく打ち上げのエネルギーへと変換した。
1つ。
板の軋みが止まる。
2つ。
反対側の着座部に置かれたカボチャが笑いだす。何処までも届けと、高く高く大音響を響かせる。その姿まさに呵呵大笑。
3つ。
しなりにしなった板が元の形に戻ろうと跳ね上がる。
最後。
圧縮された高笑いすらも置き去りにして月を穿つカボチャは打ち出された。
ここにカボチャ達の願いは果たされる。
故に狙い違わず過たず、弾丸となった歴戦のカボチャは空にて笑うニヤケカボチャに直撃した。
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