第45話 血の海と機械の海
シャーロットと瀬名により、一晩の内に大量の人間が無残にも殺されることとなった。殺された人間の多くは、手足が切り離され、喉をつぶされ、死んだ後に心臓を一突きされていた。きれいな状態で残っている死体なんて非常にレアであり、場合によっては全身の皮だけを切り裂き、生肉が露出した状況で全身が血まみれになっているものもあった。死因は確実に失血死であるのにも関わらず、そんな死体にもしっかりと心臓を穿った跡が残っていた。
この死体の山が発見されて、処理される頃には既に腐敗が進み、死臭を漂わせている頃だったが、例え死体が腐敗する前に誰も死体を発見しなかったことは、この事件最大の利点だったのかもしれない。
でなければ、一斉放火を行うことすらできなかったのだから。二人が殺しつくし、遊びつくしたその人形たちは、きれいサッパリ焼かれることで処分されることになった。
その後、きれいな更地と化したそこには、多くのスラムの住民が暮らす場所となるのだった。
そんな、放火活動が行われるよりも少し前の話。シャーロットと瀬名が、血の海をスラム街に作成しているとき。アンもまた、城内で血の海を作り上げていた。
「それで?皆様で寄ってたかって、私になんのご入用だったのですか?ああ、今はもう一人しかいないんでしたね。………ねぇ、柴葉さん?」
「た、たのむっ!……いの、命だけはっ!!」
アンの足元には、片腕をなくした状態で土下座の姿勢を取り続ける若い男が一人いた。この男、数日前の会議でレナに対して真っ向から反抗していた男である。
あの場では強く反対して見せたが、その後レナの説得や脅しに屈しるものが多い中、一部の裕福なものたちは自分の資産を守るために、レナがさし伸ばしたその手を振り切っていた。
しかし、手を振り払ったことは良かったが今後のことを考えるとそのままというのはよろしくない。そこで、形だけの謝罪と賄賂を渡すためにアンの元を訪ねた一段だったのだが……。
「なぜ、なぜこのようなことをするっ!」
「なぜですって?」
もう死ぬことが、自分に生殺与奪の権利がないことを理解した男は、最後の力を振り絞って、自分の目の前に立つアンを見上げた。
この日、この男が最後に感じた感情は、自分の死への恐怖ではなかった。怯えでもなく、純然たる好奇心だった。
「なんっだと……」
「あら、そんなに興味深く見る必要ないのではなくて?」
そこにあったのは無。完全なる無であった。
無感情、無関心、アンが柴葉に向ける視線には一片の感情も、興味ですら含まれていない。
純然たる無を目の前に、言葉を失った柴葉だったが強い好奇心が生まれ、少しだけ。少しだけ、辛うじてつながっている腕を持ち上げようとしたところで……生き途絶えた。
「はぁ、なんで私のほうに手を伸ばすのかしらね?気持ち悪い。なんでこんなゴミが私のところには集まるのか、度し難いことだわ。それにしても、この血の量は片づけるのが結構面倒ね……」
アンが殺した人間の数は、瀬名やシャーロットに比べると圧倒的に少なかった。それでも、小さな公園の地面を一面血で染め上げて、自分自身も血の雨に長時間当たることになる程度には人間を殺してしまっている。
「はぁ、汚い血ね」
予め地面に埋めておいた袋から着替えを取り出すと、サッと着替える。髪の毛や体に付着した血痕を水で洗い流して、濡らしたタオルで拭きあげれば、そこには殺人鬼の姿などない。
どこにでもいる、超絶美女だった。
「それよりも、早くいかないと約束の時間に遅れてしまうわね」
自分が服などをまとめて袋に入れなおすと、火をつけてそのままゴミ箱へ。数分後、服が完全に燃えて情報が隠蔽されてから小さな爆発が起こるのだった。
それらは、日夜問わず進軍していた。与えられた命令はただ一つ。
目の前に現れる人間を殺すこと。人間を発見すれば、効率よく、しかし確実に殺していくだけ。
誰一人として例外はなく、黙々と殺し続けるのみ。
それが、与えられた使命であり至上命題であった。効率よく殺すために、銃の照準を合わせる速度が上がった。両サイドから、剣を出すことができるようになった。関節部は、守りようがないので軽量化のために捨てた。機動力でも、人間に劣らないように、命令系統を簡略化し、統一して、機体の動きもほとんどアルゴリズムで定められたものとなった。
その集団は、着実に進み続ける。大樹があろうと、湖があろうと、沼地で足を掬われていようとも。犠牲とも感じない仲間の屍を乗り越えて、ただひたすらに、レナたちのいる城塞都市めがけて、まっずぐに進軍した。
「もう、目視確認できる場所まで来ているのですね」
「ええ、予定通りですが。セタンタとの会議で決めた通りに動いてみましょうか。その後はそうですね、レナ様次第ですね」
「そうですか」
城壁の上で、双眼鏡を携えたレナはアンと二人で戦況を語り合う。アンに手渡した双眼鏡で確認したところ、機械兵の海というのが適切な表現とも感じるほどに、機械兵があふれかえっていた。
「あちら様も本気のようですね」
「ええ、だからやりやすいです」
レナは傍らに置かれたヘッドギアを着装する。頭部をすっぽりと覆うヘルメットのようなソレは、真っ黒になっており光を通すためのバイザーは一切存在しない。
「なるほど、それが統治層に生きるものにのみ許された抵抗権力ですか」
「ええ、これがデバイスです。私であれば、10機ならば同時に操り戦闘を行う事ができますが、今回は7機にしています。適時、指示出しも行いますから、ちゃんと連絡してくださいね?」
「それくらいは任せてくださいよ」
デバイスを装着して電源を入れた瞬間、アンの目の前には人間の形をした人形が7体整列して鎮座しているのだった。
「なるほど、これは心強いですね」
スラムの死神 ryuzu @ren_miura
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